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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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46.魔女狩り

 平坂神社には、様々な村人が避難してきています。当然、その中には白川鉄鋼で働いている者の家族たちもいます。

 そこに白川鉄鋼が原因ではないかという話が流れ込んだ時、何が起こるでしょうか。

 手を取り合うべき村人たちの間に、亀裂が広がっていきます。

 田吾作の話は、あっという間に村人たちに伝わった。

「おい、塚に白菊を供えたのは白川鉄鋼とつながりのある奴らしいぞ!」

「それに、守り手たちに薬を盛った奴がおる!

 今ここに避難しとる奴の中にも、白川鉄鋼に勤めとる奴や家族がいるはずだ。もしかすると、その中に犯人がいるかもしれん。

 夜が明けるまでこの神社から、特に白川鉄鋼と関わりのある奴は絶対に出すな!!」

 村の自治会の男たちが、避難して来た村人たちを一か所にまとめて監視を始める。

 話が伝わるにつれ白川鉄鋼の関係者たちは不安を見せ始めたが、強硬に神社の外に出ようとする者はいなかった。

 避難してきた村人たちは当然のように外が危険だと判断したから来たのであり、わざわざ自分の命を危険に晒そうとは思わない。

 それに、そんな事をすれば自分が犯行に関わっていると叫ぶようなものだ。

 そうなれば自治会だけでなくこの条例発動で苛立っている他の村人からも袋叩きにされるだろうし、最悪猟銃で撃たれる恐れすらある。

 白川鉄鋼の関係者たちは他の村人たちの視線に怯えながら、そして白川鉄鋼の関与が嘘であることを祈りながら身を縮めているしかなかった。


 しかしそんな中、唯一の猟銃持ちである田吾作は神社前の参道に連れて来られていた。

「死霊って確か、頭を撃てば倒れるのよね?

 だったらあなたはここで見張って、死霊が来たら見つけ次第撃って」

 平坂神社の現当主である清美が下したのは、不可解な指令だった。

 当然、田吾作はいぶかしむ。

「なぜそんな事をする必要がある?神社には結界があるのだから、ここにいる限り村人が襲われることはないじゃろう」

「それは、今回の発生でここに来られた人だけよ。

 ここに避難してきてない人もそこそこいるし、そういう人が生き残る確率を上げるには死霊の数を減らすしかないわ。

 それに、次はもっと守りが薄い状態で同じことが起こるでしょ!猟銃を使えるのはあなただけになったし、あなたもいつまで生きてることか。

 だから安全に撃てる今、積極的に少しでも数を減らすべきだわ!」

 清美がこんな事を言うのは珍しいが、間違ってはいない。

 田吾作は腑に落ちぬものを感じながら、参道に腰を下ろして銃をとった。


 その頃、村人たちの間では白川鉄鋼の関係者への尋問が始まっていた。

 今夜、ここに避難して来ていた白川鉄鋼関係者の中には、家族が揃っていない者も多かった。白川鉄鋼で働いていた者が、そのままひな菊主催のお月見会に参加しているせいだ。

 それを聞くと、他の村人たちは口々にこう言った。

「そりゃ、そこがきっと作戦本部だべ」

「だな、あの小娘が主催っちゅう時点でそういうこった。

 参加しとる奴は、何かの形で関わっとる可能性が高い。おまえら、働きに行っとる奴に何か頼まれとらんか?」

 疑念を露わに聞かれて、家族たちは必死で否定する。

「そ、そんな……私たちは何も聞いてない!」

「何か聞いていたら……怪しいと思ったら、こんな風になる前に止めてたわよ!だいたい、その禁忌破りを知らなかったせいであの人はここに逃げ込めてないのよ!!」

 自分には身に覚えがないこと、しかもこんな重い疑いをかけられてはたまらない。

 それに、家族がここに揃っていないということは、彼らの大切な人は安全地帯に入れていない。今無事でいるかどうか、気が気でない。

 そのせいで、白川鉄鋼関係者の家族たちは混乱し押し潰されそうになっていた。

 その中には、まさに実行犯である陽介の母も含まれていた。

 母はこのことを知らないが、彼女に向けられる疑いの目は他より重い。なぜなら彼女は夫だけでなく、息子の陽介もここにいない。

 工場で働いている夫がいないのはともかく、小学生の陽介がこんな時間にいないのはおかしい。そのうえ陽介がひな菊の忠実な手下である事は、村の皆が知っている。

 周りからの冷たく重い視線に、陽介の母はますます夫と息子への怒りを募らせる。

「こんな事になって、これじゃこの先村でまともな生活ができないじゃない……。

 村から出ても、結局あいつが続けられる働き口なんて……何であんな奴と結婚したのかしら、何であの子を生んだのかしら……」

 何もかも思い通りにならず追い詰められて、陽介の母は冷めた声でぼやいた。

「……もしこれが本当にあいつらの仕業なら、離婚ね。

 どう考えても、もう一緒にいる価値なんてないわ」

 他の村人たちだって、彼女と家族を不幸にしたい訳ではない。だが犯人を見つけて真実を知りたい切なる思いが、村人たちの間に亀裂を生んでいた。

 当の陽介が知らぬ間に、大切な母の心は氷のように冷え切っていた。


 その重苦しい尋問を見ながら、咲夜は父の宗平に問いかける。

「ねえお父さん、ひな菊と仲間を放っといたせいで人が死んじゃったよ?

 お父さん、私にはこれ以上ひな菊を叩くのをやめろって言ってたよね。でも私がもっとひな菊をこてんぱんにして手足をもいでれば、こんな事にならなかったんじゃない?

 ねえ、お父さんって村の自治会の中で力を持ってるんだよね?

 悪い奴を放置してこうなった事、どうお考えですか~!」

 なじるような咲夜の口調に、宗平は口をつぐむ。

 昨夜の言う事は分からないでもない。むしろ今はここにいる村人の大半が、咲夜と同じ気持ちだろう。

 だが、だからこそ自分は冷静でいなければならない。

 それに、ひな菊が暴走を起こしたそもそもの原因が咲夜の叩きすぎではないか。あんな風にだまし討ちで公衆の面前で辱められたら、突飛な反撃を考えるのは自然な事だ。

 しかし、今それを咲夜に言っても火に油を注ぐ結果になることは明らかだ。

 妻の美香もそれを察して、非常に渋い顔をしている。

 何も言えない父母を見て勝ったと思い、咲夜はフンと鼻を鳴らした。

「ほーらね、やっぱりお父さんとお母さんが間違ってたのよ!

 悪い奴とその仲間は、どんな手を使っても何とかしなきゃいけない。それを怠ったから、こういう事になった。

 あーあ、ひな菊に協力させられて片棒を担いじゃった人、かわいそうにね。

 死人まで出ちゃったらさ、もう村で生きていく資格ないよねー」

 咲夜は、自分が正義の味方になったように高揚していた。

 父と母はあんな報復は良くないと言ったが、ひな菊は実際に死刑に値することをやらかしたではないか。

 ならば、自分は間違っていなかった。正しいのは自分だ。

 後はこの死の一夜が終わったら、ひな菊たちを吊し上げて制裁を下すだけだ。あいつらが犯人なんだから、いくら責めても許される。

 昨夜の心は、魔女を処刑する司祭のようになっていた。

 自分が焼却炉の鍵をかけなかった事など、もうきれいさっぱり頭から消し飛んでいた。

 自分がここまで言っておいて、もし自分が関わっていたらもうどうなっても言い逃れできない……そんな考えは浮かぶはずもなかった。

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