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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
45/320

45.罪人模様

 平坂神社で、避難して来た人たちに田吾作から情報がもたらされます。

 神社で己の罪に怯えていた三人の女は、ひな菊が犯人らしいという情報と被害状況にどんな思いを抱くのでしょうか。

 緊急放送からものの数分で、平坂神社には避難して来た村人たちが集まってきた。

「社務所と待合室を解放します!

 手が空いている方は、お茶出し等を手伝ってください!」

 聖子と清美は声を張り上げて、村人たちの対応に当たる。達郎はべろべろに酔っていて、人前に出せる状態ではない。

 それでも、混乱は少なかった。

 避難といっても期間は明日日が昇るまでと限られており、季節的に外で過ごすのがきついような気温でもない。

 それでも少し肌寒いと感じる人は、老人や子供が優先的に屋内に入った。

 村人の中でも老人たちは前回同じように避難したことを覚えており、率先して戸惑う若者たちの誘導に当たってくれた。

「大丈夫だよう、ここにいる限り死霊は私たちに手を出せないから」

「ああそうだ。

 しかし、ここにすんなり避難できたおまえたちは幸せじゃぞ」

 訳が分からず不満そうな若者たちに、畑山タエと二郎が昔話を始める。

「前の時は戦争中でのう、この村でも威張り腐った軍人がのさばっとったんじゃ。白菊塚の禁忌を破ったのも、のぼせ上がったその娘でのう。

 この村が戦争の役に立たん菊を大事にするのをやめさせようとして、伝統を守る農家とそれから神社にも弾圧を加えたんじゃ。

 そして、条例が発動されても村人がここに来れんように手下の軍人で周りを固めよった」

「あの時はもう、八方塞がりでしたねえ。

 死霊から逃れようとここに来たら軍人さんたちに鉄砲で撃たれて、少しでも安全な場所を探して村中をかけずり回って……。

 私は、この人と二人で蔵の中で震えとりましたよ」

 二郎とタエは昔を懐かしむように、身を寄せて肩を抱き合った。

「でも、今はここに入るのを邪魔する者なんかおりゃあせん。

 いい時代になりましたねえ」

 しみじみとお互いを見つめ合う二人の目には、深い愛情がこもっていた。

 愛の始まりを語る老夫婦に、若者たちからも冷やかしの声や口笛がとぶ。本当かどうかは別として、暇を持て余す人々にはいい娯楽だった。

「ふーん、そんな事があったのか」

 家族と居づらい浩太も、その人の輪の中に入って一心にその話を書き記していた。


 続々と村人が集まる中、清美は情報収集に努めていた。

「今回の条例発動を指示したのは、どなたです?猟銃を持った守り手の皆さんは、一体どこにいるの?

 誰か、知っていたら教えて!」

 まず、本当に死霊が出たかを確認したかった。

 これが本当かどうか知っているのは、条例の発動を指示した本人だろう。それが信頼できるかどうか、場合によっては偵察を出さねばならない。

 ……もし誤報であれば、結界のことも自分たちの立場も何も問題はなくなる。

 それから、本当に死霊が出ていても猟銃で迎撃できればまだ勝機はある。将来のために数を減らすとか理由をつけて死霊が結界のラインを越える前に撃って倒してもらえば、結界の不備を隠し通せる。

 清美は自分と家族を守るために、必死で情報を求めていた。

 やがて、役場から放送を流した当直の職員がその情報をもたらした。

「今回初めに連絡を入れてきたのは、守り手の田吾作さんです。

 塚から死霊があふれてくるのを、この目で見たと……それから、背後からやられたせいで他の三人は既に食い殺されたと……。

 僕もできるだけ役場で問い合わせの電話対応をしとりましたが、死霊らしき奴が近くに迫ってきたので諦めてここに来ました」

「そんな……!!」

 清美の顔が、血色を失っていく。

 田吾作が情報源ならば、話はおそらく本当だろう。田吾作は頑なで厄介なジジイだが、仕事や村の重大事でふざけるような男ではない。

 それだけに村の農家たちから絶大な信用があって、伝統を疎んじる清美とは犬猿の仲だが、信用できる情報源だ。

 これでは、死霊が出たというのはほぼ間違いないだろう。

 そのうえ、田吾作はその口でさらに何を言ったか……。

(猟銃を持った四人のうち三人が既にやられた……?

 何で、いきなりそんな事に!)

 想定をはるかに超える悪い事態にうろたえる清美の前で、村人たちにどよめきが走った。

「田吾作さんが来たぞ!」


 もはやこの村で唯一の猟銃使いとなった最後の狩人は、大勢の村人たちに迎えられて神社に到着した。

「田吾作さん、他の仲間は……?」

「あんたが見張っていながら、一体何が……?」

 雨のように降り注ぐ質問に何も答えることなく、田吾作は血走った目で村人たちをにらみつけて黙らせる。

 そして、社務所に集まっていた清美と村の有力者たちの下へと向かった。

「……とんでもない事になった。

 まず、おまえたちだけに話しておきたい」

 田吾作は扉を閉めて他の村人たちが入ってこられないようにすると、自分たちの身に起こったことを早口で話し始めた。

 慰労を装って置かれていた、薬物入りのノンアルコールビール。それを飲んでしまった三人は昏睡し、悲鳴も上げられずに死霊に食われてしまった。

 そして三人が倒れた後にいきなり現れた、確実に白川鉄鋼の息がかかっているであろう白菊の花束を持った青年。

 ただし、こいつは死霊を解き放った犯人ではない。

 こいつを囮にして、他の誰かが手を下したはずだ。

 それから、こいつは自分一人で罪を背負いたくないと白川鉄鋼に逃げて行った。だから禁忌を破らせた黒幕は、十中八九白川鉄鋼にいるだろう。

 それを聞くと、村の有力者たちは怒りを爆発させた。

「あの小娘、何ちゅうことを!!」

「もう子供の遊びじゃ済まされんぞ!!」

 これまでさんざん馬鹿にされて圧力をかけられていただけでは飽き足らず、ついに同法の命を奪われてしまったのだ。

 今や、村中の恨みはひな菊に向いていた。


 そんな中、部屋の隅でホッと胸を撫で下ろす二人の少女がいた。

(良かった、悪いのはひな菊で私じゃない。このまま菊の出所がうちじゃないって分かってくれたら、私は助かる……!)

 他にもっと罪の重い者を見つけて安心する咲夜から少し離れた所で、聖子もしてやったりと歪んだ笑みを浮かべていた。

(ざまあみろ、私を切り捨てた罰よ!

 死霊を呼び起こして人殺しになる友達なんて、こっちから願い下げだわ!)

 ひな菊が最悪の罪人となったことで、二人は安心する。

 しかし、こうなる原因の一端を担ってしまった彼女らが無事でいられるかは神のみぞ知るところであった。

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