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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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43.緊急避難(2)

 引き続き避難時の人間模様、浩太と陽介の家族サイドです。

 この二人は家族の仲があまりうまくいっていません。


 それぞれの思惑が絡み合って避難することになったものの、その行動は何をもたらすのでしょうか。

 一方、避難にさほど積極的でない層もいる。

 若い世代のみの家庭、特に農家でない家では、白菊塚の伝説をただの怪談としか思っていない者も多かった。

 そんな信仰心の薄い村人たちにとって、条例43条の発動は寝耳に水である。

 どうしていいか分からず、避難の必要性も分からず困惑する人も多かった。


 高木家では、戸惑う家族を前にして父も困惑していた。

「ねえ、避難って言われたけど……どうするの?」

「どうするって言われても、緊急事態が何なのかも分からないし。何で平坂神社なのかも……まさかあの伝説が現実ってこともないだろうしなぁ。

 ちょっと役場に電話して聞いてみるよ」

 しかし父は受話器を持ったまま、しばらくして首を振った。

「……ダメだ、話し中でつながらない。

 まああんな訳の分からん放送、他にも問い合わせる奴は大勢いるだろうからさ」

 父のその言葉に、母は心底困り果ててしまった。

 村の伝説のことは自分たちには関係ない話だと思っていたし、実際にあの条例が発動されるなんて思ってもみなかった。

 むしろなぜあの条例が現代になっても残り守られているのか、心底分からなかった。村が今でも前時代的な迷信に支配されているように思えて、恥ずかしくすらあった。

 村の外にある勤め先には言えないし、早く消えて欲しい村の暗部という認識だった。

 だからこの放送にも、従う気はしなかったのだが……。

「お母さん、僕は神社に行くよ」

 下の息子である浩太だけは、一人小さなリュックを背負って靴を履いた。

「ちょっと、こんな時間に何でよ?」

「さっきの放送、白菊塚の伝承に関係あるヤツだよ。だから僕は神社に行って、実際に避難して来た人に話を聞くんだ。

 そうしたら、伝承についてもっと詳しく分かるかも」

 浩太は、どこか寂しそうな笑顔で両親に言った。

「別に一緒に来なくてもいいよ、僕が行きたくて行くだけだから」

 浩太はそのまま出て行こうと、玄関の扉に手をかける。しかし両親は、不機嫌そうな顔をしながらも止める様子がなかった。

 本人がああ言っているんだから、勝手に行かせておこう……そんな感じだ。

 浩太は少しだけためらうように動きを止めたが、やがてガチャリと扉を押し開ける。その時口の動きだけで何かを呟いたが、両親には見えなかった。

 しかし、そのまま出て行こうとした浩太の手を掴む者がいた。

「一人じゃ危ないだろ、俺も一緒に行くよ」

 それは、浩太の兄である亮だった。

 途端に、両親が慌てだす。

「ちょっと、何言ってるのよ亮!浩太が勝手に行くって言ってるんだから、あんたまで行く必要はないじゃない。

 大会だって近いし、夜道で怪我でもしたら……!」

 血相を変えて、亮を止めようとする。

 そう、亮は両親から浩太よりはるかに大事にされているのだ。それを目の前で見せつけられて、浩太はギリッと唇を噛みしめる。

 この露骨な態度には、亮も眉間にしわを寄せて険しい顔で言う。

「夜道で怪我したら大変だって、それは浩太にも言えないか?

 それに、理由は俺らには分からなくても条例で避難を指示されてるんだぞ。だったら俺も俺の安全のために、避難する方を選ぶね。

 分からない事は危険がない事と同じじゃないんだ」

 そう言われると、両親も仕方なく靴に手をかける。

「うーん……まあ、亮がそう言うなら……」

 そんな両親を背に、浩太は家から出て恨めしそうに空を見上げる。

(兄さん、余計なことしやがって!

 こいつらが強く輝くキレイなもののためにしか動かないのは、もう分かってるだろ。多分これはずっと直らない、それを分かってて助けるフリしたのか?

 今さら何をしようと、兄さんは太陽で僕は月……周りが闇にならないと月は光れないんだよ!)

 あれだけ村を動かしても自分を見ようとしない両親に、浩太は愛想を尽かしていた。兄の亮は浩太を助けようとしているが、その気持ちは憎しみが邪魔をして浩太に届かない。

 真っ赤に怒りをたたえた爆弾のような月の下、家族の気持ちはすれ違ったままだった。


 福山家では、陽介の母が一人頭をかきむしっていた。

「あーもう、うちの男どもはこんな時に揃いも揃って!」

 母が苛立っているのも無理はない。緊急放送で家族ぐるみの避難を指示されたのに、今家には母一人しかいないからだ。

 父は白川鉄鋼で催されるお月見会でたらふく酒が飲めるからと、前々からそれに参加すると言っていた。

 別にそれは構わない。その分食費が浮くし、顔を合わせて嫌な思いをしなくていいから。

 しかし、息子の陽介については話は別だ。

(あのバカも、きっと白川鉄鋼ね……)

 母は外に出て、忌々し気に白川鉄鋼の方をにらむ。

 陽介がひな菊に取り入っていいように使われているのは、ずっと前からなので知っている。時々ひな菊に従って汚れ仕事をこなして、家にごほうびのお菓子や食材を持ち帰るから。

 そんな陽介に、母はずっと危惧を抱いていた。

(いくらその場で美味しいものをもらえたって、結局鉄砲玉として使われてるだけじゃない!今にかばいきれなくなったら、切り捨てられておしまいよ。

 ……それに、あの子はひな菊に信用されてるってすっかりいい気になってる。

 このまま気づかずに村の反感を買い続けたら、あの子もクソ野郎と同じ事に……そうしたら、私の将来はどうなるの!?)

 クソ野郎とは、他でもない夫のことだ。

 母は、腕っぷしと昔の舎弟関係に頼り切って威張り腐ってトラブルばかり起こす夫に心底幻滅していた。

 そして、将来自分を支えてくれる陽介がそうなることを何より恐れていた。

 だから苦しい家計の中から大量の問題集を買い与えて、口を酸っぱくして勉強しろと言い続けているのに……あの馬鹿息子は言う事を聞きやしない。

 そんな二人を恨みながら、母はしばし考える。

(白川鉄鋼に行けば、二人と合流できる。

 でも……あいつらには、ちょっと痛い目に遭ってもらった方がいいわね!)

 母は、軽やかに身を翻して平坂神社へと走り出した。

 夫も陽介も、条例に従わなかったことで村八分にでもなれば少しは考え直すだろう。そうすれば、家の中で自分が優位に立ってなじられることもなくなるはずだ。

 これが安全で明るい未来への道だと信じて、母は夫と息子に背を向けた。

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