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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
42/320

42.緊急避難(1)

 緊急放送を受けて避難する村人たちの模様、咲夜と大樹サイド。

 条例43条の詳細と、大樹の家族模様です。


 大樹と咲夜は白菊塚に直接手を下してはいませんが、二人にも後ろ暗いところがありました。

 そして、出現する敵の詳細も。

 村は、緊急放送で大騒ぎになっていた。

 村の中でも、特に老人と同居している家や農家はすぐさま避難を始めた。この緊急放送が意味するところを、知っていたからだ。


 菊農家である咲夜の家も、その一つだった。

「条例43条って……もしかして、ヨミ条例!?」

 放送を聞くや否や、咲夜は気づいて震えあがった。

 夏休み中、白菊姫伝説について調べる中で、咲夜たちはその詳細を知った。白菊塚にまつわる災厄に対応するための条例……43条のことを。

 それは、明治時代からある古い条例だった。

 江戸時代から伝統として定められていたことが、明治維新に伴って明文化されたらしい。開かれた世の中になるにつれて増える、外から来た人間を守るために。

 罰則はないが、新たに村に住む人間はこの条例に従う事と白菊塚の禁忌を犯さないことを村の自治会に約束させられる。

 破れば破った本人だけでなく、他の人を犠牲にする可能性が高いのだから当然だ。

 この条例は、村では通称ヨミ条例と呼ばれている。43条と、黄泉の災いを読み方でかけてこう呼ばれるのだ。

 この条例の目的は、言うまでもなく災厄が起こった時に人命を守る事。

 従って発動されるのは、白菊塚に白菊が供えられた時。

 そして禁忌が破られた時に、村を襲う災いが確認された時。

 その災いが何であるかは周りから奇異な目で見られないように秘匿されているが、条例を発動させる側は知っている。

 すなわち、黄泉から湧き出す死霊だ。

 さすがの咲夜も、にわかには信じられなかった。しかし確かに明文化されて存在するこの条例は、疑念を上回る不気味さを漂わせていた。

 よもやこの条例が発動される日が来るなど、夢にも思っていなかった。


(138)

 放送が流れるとすぐ、ドタドタと慌てた足音がして母親の美香が二階に上がってきた。

「咲夜、すぐ家を出なさい。避難するわよ!」

「あ、うん……」

 咲夜は動揺が収まらないまま、母について玄関に向かう。玄関では、既に父の宗平が運動靴を出して待っていた。

 その片手には、大きめのハンマーが握られている。

「お父さん、それ……」

「ああ、ヨミ条例で非難する時は武器を持つのが望ましいって言われてるんだ。人を殴り倒せるくらいの武器をね」

 これも条文にはなっていないが、村人は伝統的に語り継いでいる。

 災いで湧き出てくる死霊には肉体があるので、物理攻撃がある程度効く。避難中に死霊に出くわして逃げられなくなった時に、最終手段として戦うためだ。

 慣れない道具を手に、宗平は苦笑してぼやく。

「本当は、使わないのが一番なんだがな」

「そうね、そもそもヨミ条例が発動されないのが一番よ」

 美香も、渋面で呟く。

「だからこれが発動されることがないように、みんな白い菊はしっかり管理するようにしてるのに。

 ビニールハウスだって簡単に侵入されない作りにして、焼却炉にも鍵をつけて……みんなけっこう金かけてるのよ。

 でも、こうなっちゃその苦労も報われないわね」

 その言葉に、咲夜はぎくりとした。

(焼却炉の、鍵……私のせいじゃないわよね?)

 みんなが対策を怠らなかったから、これまで災厄は起きなかった。しかし今年は、一人だけそれを怠った者がいた。

 他でもない、咲夜自身だ。

 昨日の夜、咲夜はムシャクシャして焼却炉の鍵を落としてしまい、一晩鍵をかけていない。翌朝には見つけて鍵をかけたが、焼却炉の中までは確認していない。

 もしその間に、中の白菊が盗まれていたら……。思えば咲夜は白菊姫のことで村を引っ掻き回して恨みを買っているため、そうする者がいても不思議はないのだ。

 咲夜は不安を覚えたが、今はまだ親に告げずにぐっと飲み込んだ。

 まだ自分が原因と決まった訳ではないし、要は被害が出なければいいのだ。ヨミ条例がきちんと機能すれば、人命は守られるのだ。

 咲夜は腹の底に重いものを飲み込んだまま、両親と共に平坂神社に向かった。


(139)

 大樹の家でも、慌ただしく避難を始めていた。

「こら康樹、ゲームなんてやってないですぐ来なさい!」

 母親が半ギレ状態でゲームの電源を切り、ゲームに熱中していた大樹の兄、康樹はあっけにとられたように口をあんぐりと開ける。

「今、大事なところだったのに……好感度が……」

「いやいや、ゲームの女の子と自分の命とどっちが大事かって話だよ兄貴」

 弟の大樹に正論を浴びせられて、康樹はがっくりと頭を垂れる。

 そんな兄の姿に、大樹もうんざりしたようにため息をつく。

 康樹は高校生だが、いわゆる美少女オタクだ。美少女アニメやギャルゲーにどっぷりとはまっており、大事なことを差し置いてそちらに熱中してしまうのはもはや日常茶飯事だ。

 大樹はそんな兄を反面教師として育ったため、現実で女の子と関わるように努力している。その結果咲夜と親しくなったと言っても、過言ではない。

(そう言や……これって、俺たちの作戦と関係あったりしないよな?)

 現実での女の子たちを思って、大樹はふと思った。

 今年は咲夜と浩太と自分たちの作戦が元で、村の中にこれまでにない嵐が吹き荒れている。

 そして、これまで発動された事のないヨミ条例が発動された。

 発動される条件は、大樹も知っている。中秋の明月の夜に、白菊塚に白菊を供えること……以前自分もいたずら半分でやろうとして、畑山タエにひどく怒られた。

「死霊が出る、か……条例まであるってことは、本当にいるのかな?」

 玄関で家族と靴を履きながら、大樹は一人ごちる。

 すると、父が真剣な顔で返した。

「いるらしいぞ……少なくとも、前回発動された時に生きてたお年寄りはみんなそう言う。うちのバアさんも亡くなる時、死霊にだけは気を付けろって言ってたな。

 死霊は人を食う、食われて死んだ者も死霊になる。死霊になってしまったら朝には白菊塚に引き込まれるから、安らかに墓にも入れんと。

 本当かは保証しかねるが……心配してくれたバアさんのためにも、早く神社に行こう」


(140)

 しかし、そう言って戸を開けた父を康樹が止めた。

「待ってください、そういう敵ならむしろ家で籠城した方がいいのでは?」

 康樹はドヤ顔で、自らのオタク知識を披露する。

「話を聞くに、塚から出てくる死霊はいわゆるゾンビに近いもののようですな。呪いを感染させて仲間を増やす、生ける死者ですな。

 だったら、対策は籠城これに尽きるはず。今時の家は昔の家ほど脆くないし、しかも出現するのが一夜なら十分耐えられるでしょう!

 わざわざ危険を冒して外を出歩く必要など皆無!」

 そう言ってゲームに戻ろうとする康樹を、父と母が問答無用で引きずり出す。

 母はうんざりしたように、それがダメな理由を告げる。

「ま、普通の死霊だけならそれでも大丈夫かもね。でも残念ながら、黄泉から湧き出てくるのはただのゾンビだけじゃないのよ。

 禁忌を破ったことに罪のある者を追い詰める、死霊の巫女……あいつから逃れるには神社の結界じゃなきゃダメなのよ。

 その巫女は相手がどこに閉じこもろうと、神通力で障害を朽ちさせて追ってくるって」

 それを聞くと、康樹は少し目を細めた。

「もしや、その死霊の巫女とは野菊のことで?」

「兄貴も知ってんのか」

「当たり前だ、この村の少年が初めて知る美少女の物語といえば白菊姫だろう。野菊との悲劇の友情も、もちろん知っているさ」

 どうも、康樹は白菊姫伝説にも美少女ものとして萌えを感じているらしい。動機としては不純だが、知っていれば話は早い。

 康樹は素直に抵抗を止め、神社へと足を速めた。

「ふむ、そういう存在がいるなら籠城では安全が保証できない。

 禁忌を破ったことに罪のある者を狙うとなると……自分がそうだと思っていなくても、どこかで片棒を担がされていたり原因の種をまいていたら終了だからな。

 美少女サスペンスものでもよくある展開だ」

 それを聞いて、大樹の背中に冷たいものが走った。

(原因の種をまいていたら……俺も、それに当てはまったりするのかな?)

 自分はひな菊に馬鹿にされる咲夜を助けたくて手を貸したが、それが原因で黄泉から呼び出される側からすれば冗談では済まない。

 もしかしたら危ないかもしれない自分を守るために、大樹は神社という安全地帯へひた走った。

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