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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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41.消える手駒

 若者が田吾作から逃げ出した頃、ひな菊と陽介はまだ異変に気づいていませんでした。

 田吾作が残っていると陽介から聞いたひな菊は、白菊塚に向けてさらに手駒を放ってしまいます。


 異変も村の伝承も知らない無防備な人間が今塚に向かったら……どうなるか、分かりますよね?

「あっ待ておまえ!」

 田吾作の呼び止める声を聞きながら、若者は必死で走る。行き先は、自分をこんな事に巻き込んだ元凶の居場所、白川鉄鋼だ。

 思った通り、猟銃を持っていても田吾作がここで撃つことはない。

 若者はこの災厄の発端について重要な証人なのだから、殺してしまったらまずい。足を鈍らせるだけでも、死霊に捕まって食われてしまうかもしれない。

 それに、さっきの放送で村人の避難が始まっている。この状況で下手に発砲すれば、不意に出てきた村人を誤射するかもしれない。

 手を出せない田吾作の前で、若者は若さゆえの瞬発力を生かしどんどん離れて行く。

「おい、この村に平坂神社以外に安全な場所など……」

「うるせえ、たった一人で生き残ってたまるか!

 俺だけで背負わされるとか、冗談じゃねえ!!」

 吐き捨てるようにぶつけられた言葉に、田吾作は理解した。

 この若者には、守りたい者がいるのだ。この災厄を引き起こしてしまった責任を、自分一人に押し付けられないために。

 つまり、この若者に白菊を供えさせようとした黒幕がいる。

 そいつに死なれると若者は生き残っても地獄を見るため、守ろうとしているのだ。自分がかぶる罪を相応に軽くするために。

 それが分かると、田吾作は声を限りに叫んだ。

「噛まれた者は側に置くな、死と飢えは伝染する!

 死者の巫女が現れたらすぐ逃げろ!あいつは罪人をどこまでも追い詰める!」

 若者は一瞬、チラリと田吾作の方を見る。

 一応声は届いたようだと、田吾作は少しだけ肩の力を抜いた。

 いつ死霊が追いついてくるか分からない状況で、この老いた体で、あの若者を再び捕まえようとするのは得策ではない。

 ならば若者に少しでも生き残るための知恵を与え、黒幕もろとも平坂神社に逃げてくる可能性を作った方がいい。

 その黒幕も、もう予想はついているが。

(あの方向は、白川鉄鋼か……あの小娘、やってくれたな!

 しかし、今夜のこの村に逃げ場は神社しかない。気長に待ってみるとするか)

 田吾作はさっきより少し足を速めて、再び平坂神社へと駆け出した。


 その少し前、陽介は無事に白川鉄鋼に辿り着いていた。自慢の俊足で風のように村を駆け抜け、息も整わぬままひな菊に任務の成功を報告する。

「きっちり……ハァ……供えてきましたぜ!

 あの花が見つかれば……ゼェ……きっと咲夜の責任に……!」

 それを聞くと、ひな菊は満開の白菊のような晴れやかな笑顔になった。

「うふふふふ……よくやったわぁ!!

 これで明日には、死霊の呪いとかいう馬鹿げた迷信は終わる。農家や老人共の信仰の大元を、叩き折れるのよ!

 そうしたらもう、白菊姫は悪者じゃないって堂々と言える!」

 そうなれば、来週の学芸会で自分が白菊姫を演じても辱めではなくなる。呪いは嘘で、神の力で下された罰もなかったと知れるのだから。

 ひな菊は、上機嫌で窓の外の月を見上げて呟いた。

「ああ、今日の月はなんてきれいなのかしら!

 見てよ、いつもと違って真っ赤な満月だわ。

 きっとあれは血の色、今まであたしをいじめようとしてた奴らが明日かかるギロチンの色よ。さーて、どんな風に晒し首にしてやろうかしら?」

 甘美な報復の妄想に酔いしれるひな菊に、陽介は報告を続ける。

「いや、まだ完全に終わった訳じゃないぜ。

 祠の前で猟銃持ったジイさんたちが倒れてたの、あれはひな菊さんがやったんだよな?ところがさ、一番頑固で厄介な田吾作さんが残ってんだよ。

 別の人が来て気を引いてくれたけど、今頃捕まって大変な目に遭ってねえかな?」

 それを聞くと、ひな菊は渋い顔をした。

 見張りが一人でも残っていると、せっかく供えた白菊を朝までに片づけられてなかったことにされるかもしれない。

 それに、猟師たちに薬物を盛った証拠の空き缶は現場に残ったままだ。あれを作る作業も分担させて辿られる危険を少なくしているとはいえ、あれを回収できないとさすがにまずい。

「……分かった、追加で二人回収によこすわ。

 使える手駒なら、まだまだいるんだから」

 ひな菊はそう言って電話を取り、内線の番号を押した。


 程なくして、工場の作業服をまとった女性と上司らしき髪の薄い男が出てきた。

「全く、せっかく気持ち良く飲んでたっていうのに……」

「まあまあ、今日はお月見ですから。きれいな月を見ながらお散歩だと思えば、そんなに怒ることでもないですよ。

 あ、ほら、何か月が珍しいことになってますし。レアですよね~」

 赤い月の下を歩く上司の顔は、光のせいではなく紅潮している。二人はひな菊が主催してくれたお月見会のため工場に残っていたところを、電話で仕事を命じられたのだ。

 しかも、行ってくれたら年末にお歳暮をプレゼントという条件で。

思わぬ棚から牡丹餅に、女性はわくわくしながら言う。

「ひな菊さんって、太っ腹でいい人ですよね~。

 折り合いが悪い人たちにも差し入れをして、しかもゴミを回収しに行くあたしたちにもお歳暮くれるなんて。

 ああ~、何もらえるのかな~?希望とか聞いてくれるのかな~?」

「さあな、俺は酒がいい」

 軽口を叩きながら、二人は白菊塚に向かう。

 途中、村の広報塔から聞いたこともない放送が流れて、二人は思わず立ち止まった。

「え、緊急事態で、避難ですって~!?どうしましょう!?」

 二人は少し前に囮にされた若者と同じく、村の外から働きに来ている人間だ。そのため、白菊塚について事情を知らない。

「うーん、緊急事態っつっても火の手もないし変な音も聞こえない。

 白菊塚はすぐそこだし、ゴミ回収にそんなに時間かからんだろう。行こう」

「ですね~、変な臭いならちょっとしますけどね~」

 不意に鼻をかすめた腐臭に少し顔をしかめながら、二人は白菊塚の方に向き直った。

 すると、塚の方から大勢の人影が歩いて来るのが見えた。避難する村人かもしれないと思ったが、それにしては動きがゆっくりでしかも唸り声を上げている。

 それでもすり抜けて間を通ろうとした上司の体を、何人もが掴んだ。

「え、ちょっと何してるんですか!?」

 慌てて駆け寄った女性も、囲まれて体中を掴まれた。その手はむっとするような腐臭を放っていて、ひどく冷たかった。

 数秒後、二人の絶叫が暗い空に響いた。

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