表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
40/320

40.被疑者

 ゾンビの第一発見者は、だいたいひどい目に遭います。

 状況からあらぬ疑いをかけられたり逃げられなくなったり。


 ただし、災いが福となる場合もあります。今回も避難先がどうなっているかを考えると、若者の選択はどうだったのでしょうか。

 若者は頭の中で、これまでの事を整理する。

 自分は鉄工所のお嬢様に言われて、白菊塚に白菊の花束を持ってきた。そうしたらこの猟銃を持ったジジイに銃を向けられた。

 今思えば、こんな恐ろしい事になると知っていたなら、ジジイが銃を使ったのも納得だ。

 しかし自分は、何一つ事情を知らなかったのだ。

 いきなり銃口を向けられて心臓が縮み上がる思いをしながら、お嬢様に言われた通りもう一人が現れるのを待つしかなかった。

 そのもう一人も、自分を助けてくれる訳ではなかった。

 ジジイの背中ごしにガッツポーズを見せた男の子は、そのままどこかへ去ってしまった。

 後はもう、自分が解放されてあわよくばお駄賃をもらおうとジジイに口で反撃して。そうしている間に、あの異様な群れが現れた。


 そこで、若者は一つ思い出す。

 白菊塚に供えるつもりで持ってきたあの花束を、自分は一体どうした?

 ふと気が付いたら、今は持っていない。両手が空いている。

 なぜなら自分はあの時、ジジイに食ってかかって喧嘩腰になっていた時に、苛立ち紛れに花束を地面に叩きつけたから。


 そして事情を知っている猟師のジジイは言った。

 腐った臭いをまき散らして人を食うというあの化け物が現れたのは、「中秋の名月に、塚に白菊を供えたから」だと。


 これが何を意味するか。


 気づくや否や、若者は震え出した。

(お、俺が……供えたからだっていうのか!?)

 確証はない。しかし、自分がそうした後にあの異様な群れは突如として現れた。傍から見れば、自分が犯人だととられてもおかしくない。

 いつの間にか自分が陥っていた状況に、若者はぞっとした。


(ち、違う、俺じゃない!

 そもそも俺は祠の敷地に入ってすらいないし……!)

 かけられた重すぎる疑いから逃れようと、若者は必死で否定する要素を探す。

 そして気づいた。自分がこのジジイを引きつけている間に後ろでこっそり何かをして、ガッツポーズをして立ち去ったガキがいたじゃないか。

 きっと、そいつが犯人だ。

「あ、あの、ジイさん!

 俺のせいじゃありません、きっと犯人は他に……!」

 大慌てで訴える若者に、田吾作はうなずいた。

「分かっとる、おまえの落とした花束は供えたっちゅうには遠すぎる。あの祠の敷地は、死霊を呼び起こす範囲より余裕を持って作られとる。

 昔から何度も起こった災厄の時に検証されとるから、間違いない。

 だからわしらは、白菊を敷地に入れんように見張るんだ」

 直接の犯人ではないと分かってもらえて、若者はひとまず胸を撫で下ろした。

 それに、向こうにも落ち度があったのを思い出した。見張るとか言っておいて、猟師の仲間たちは酔いつぶれて寝ていたじゃないか。

「そ、そうですよ、俺は花を供えてない!

 それにあんたの仲間だって、真面目に見張ってなかったでしょ?こんな重大な見張りなのに、酔いつぶれてまあ……」

 だが、その時田吾作の視線が急に険しくなった。

「それは、誰に吹きこまれた?」

「え?」

「わしの仲間が酔いつぶれていると、どうして分かった?ただ寝てしまった、ではないのか?おまえはどうしてそう思った?」

 思わぬ問いに固まる若者に、田吾作は告げた。

「塚を見張るわしらの側に、差出人の分からんノンアルコールビールが置かれていた。それを一缶飲んだだけで、三人は何をやっても起きない眠りに落ちた。

 缶の底には穴が開いていて、接着剤みたいなモンで塞がれとった。

 ……分かるな?」

 若者の背筋に、冷たいものが走った。

 つまりあの倒れていた猟師たちは、何者かに何かを盛られて昏倒していたというのか。確かに、普通に眠ったり泥酔したくらいではあんなに深く眠らないだろう。あの猟師たちは銃声にも反応せず、体に噛みつかれても悲鳴すら上げられず殺されてしまった。

 明らかに、普通の眠りではない。

 対して自分はどうして酔いつぶれていると思ったのか。

 他でもない、自分に花を持っていくよう頼んできた白川のお嬢様がそう言ったからだ。全員酔いつぶれていたら、空き缶を回収してこいと。

 何かを盛るために細工をされた、その証拠となる空き缶を。

 そこから導き出された答えに、若者は心の中で絶叫した。

(お嬢様……あんた一体、何してくれたんだ!!)

 間違いなく、あのお嬢様が事の中心にいる。そして自分は事情を知らないまま、いつでも切れる末端の一人として利用されたのだ。

 そんな若者に、田吾作はすさまじい怨念のこもった視線を向ける。

「おまえがどこまで知っとるかは分からん。

 だが、何にせよおまえだけでも確保できて良かった。関わったモンが全員死霊に食い殺されてしもうたら、誰が犯人か分からんからな。

 それじゃ、さっき食い殺された三人に申し訳が立たん!」

 そうだ、もう解き放たれた化け物のせいで三人も死人が出ているじゃないか。

 犠牲が出なければ謝れば許してもらえたかもしれないが、もうそれでは済まない。人殺しの仲間と罵られ、必ず何らかの償いを求められるだろう。

 最悪、関わった人間の中で自分だけが生き残ってしまったら……村人たちからの憎悪と賠償が自分一人に集中するかもしれない。

(冗談じゃない……それじゃ、生き残っても生き地獄だ!)

 そう思うと、急に怒りが湧いてきた。

(クソッ、俺は知らないでやったのに、割に合わないにも程があるだろ!!

 やった奴は俺じゃないんだから、責められるのはそっちだ!

 お嬢とあのガキには、生きててもらわないと困る。あいつらが吊られるにしろもみ消してくれるにしろ、あいつらが生きてれば俺は助かる!)

 こんなとんでもない事の責任を、自分一人に負わされてたまるか。

 若者は渾身の力で田吾作の手を振り払い、平坂神社とは別の方向へ駆けだしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ