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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
38/320

38.囮の受難

 だいぶ時間がかかりましたが、ようやく現代でゾンビ登場です。


 陽介はすぐ逃げて助かりましたが、祠の前にはまだ人がいましたよね。しかも、事情を知らない若者と眠り込んだ猟師が。

 最初の犠牲者となるのは、果たして誰なのでしょうか。

 塚の前では、まだ田吾作と若者の言い争いが続いていた。態度を一変させて逆ギレした若者を田吾作は解放しようとしたが、今度は若者の方が食ってかかる。

「だから、その花束さえ持って帰ればもう帰れと言っとるじゃろ!」

「はあ?こっちは銃まで向けられて死ぬ思いしたんだ!

 何もなしで帰れるか!」

 若者は、訳も分からず銃を向けられたことにひどく怒っていた。

「あんたに撃つ気がなくても、もし何かの偶然で弾が飛び出したら俺死んでたかもしれないんですよ!?

 てゆーか、何の権限があって人に銃向けてるんですか?

 こっちが丸腰なのに銃とか、明らかにおかしいですよね?

 晒されて社会的に死にたくなければ、口止め料でも慰謝料でも払ってよ」

 若者は、自分の任務がこんなに危ないものだと思っていなかった。

 若者がひな菊に命じられたのは、ただ祠にこの花束を供え、祠の前の猟師たちが酔いつぶれていたらゴミ……空き缶を回収してくること。

 そしてもし猟師が潰れずに残っていたら、気を引いてもう一人が花を供えられるようにすること。

 白菊塚の禁忌や見張りなど、詳しい事は何も聞いていない。

 ただ勤め先のお嬢様が可愛く笑って頼むので、覚えがめでたくなるならと引き受けた。

 それでこんな身の縮み上がる思いをするとは思わなかった。

 それにさっき猟師の後ろからサインを出してくれたあの子、おそらくお嬢様がやろうとする事の本命はあっちだろう。

 自分は何も知らされずに囮にされて、何の報酬も約束されていない。銃を向けられてこれでは、割に合わない。

 だからせめてこのジジイから何か搾り取ってやろうと、若者は思っていた。

 一方、こんな風に責められると田吾作は弱い。

 昔は村の役場や警察が間に入ってくれたが、それはあくまで村の中で情報を留められた場合だ。現代のネット技術をもって全国に発信されたら、どうなるか分からない。

 それに他の人間に仲裁を頼むにしても、誰かがこの事態を知らせに行かねばならない。しかし今、田吾作以外の三人の猟師は全員眠りこけている。

 どうにもならず田吾作が若者の出す条件を飲もうかと思った時だった。

 鼻が、不穏な臭いを捉えたのは。


「……何だ、この臭いは?」

 さっきまで感じなかった不快な臭いに、田吾作は鼻をひくひくさせる。そのうち、若者もそれに気づいたのか鼻をつまんだ。

「うわ、くっさ!

 ジイさん、あんたまさか漏らしたのか?」

「漏らしとらんわ!これはそういう臭いじゃないだろう」

 何かが腐ったような、鼻を突き胸を悪くする臭い。さっきまで全く感じなかったこの臭いは、確実に濃くなってきている。

 若者は思わず口をつぐんで辺りを見回し、そして気づいた。

「ん?今日ってあんなに赤い月だったか?」

 今日は中秋の名月ということで、若者もここに来るまで何度も月を見上げたはずだ。その時の月は、いつもと変わらぬクリーム色だった。

 いつの間にこんなに色が変わったのだろうか。

「赤い、月だと……そんな、まさか……!」

 つられて空を見上げた田吾作の表情が、みるみる恐怖に染まっていく。

「そうか、この臭いは……あの時と同じ……!!」

 田吾作の中で、記憶が爆発した。


 幼い頃、安全な場所を求めてひたすら逃げ惑った。足の裏が破れても息がうまくできなくなっても、止まることを許されなかった。

 迫ってくるのは銃を持った敵の兵隊でも、爆撃機でもない。

 ただ丸腰で腐った臭いをまとい、呻き声を上げる人の形をした何かの群れ。

 捕まったらどうなるかは、目の前で見た。悲鳴を上げ裂かれた腹から血をまき散らす父を背に、必死で逃げた。

 まるで村全体が、地獄に放り込まれたようだった。

 そしてその夜、空にかかった月は血に染まったように赤かった。


「逃げるぞ、来い!」

 田吾作は反射的に、若者の手を掴んでいた。

 だが若者は、驚いてその手を振りほどこうとする。

「わっ何するんだあんた!?」

 それもそうだ、若者は事情を知らない。そのうえ自分に銃を向けた頭のおかしいジジイになど、ついて行けたものではない。

 そうこうしているうちに、若者はふと祠の方に目をやって呟く。

「お、何だあいつら?

 おーい、助けてくれ!」

 若者が呼びかけた方を見て、田吾作は愕然とした。


 祠の後ろから、大勢の人影がこちらに向かって歩いてくる。

 その歩みはのろく、足を引きずるようだった。皆が疲れたようによろめき、何かを求めるように前に手を伸ばしていた。

 不意に祠の方からそよ風が吹くと、吐き気を催すような悪臭がぐっと強くなる。

 呼びかけられているにも関わらず返事はなく、ただ低い呻き声ばかりを発していた。

 そのうえ人影は、後から後からたくさん出てくる。どこにこんなに隠れていたのかと思うほど、怖くなるほど湧いてくる。

 祠に設置された明かりの下に入ると、その奇妙な服装が見えた。

 まとっているものは、バラバラだった。割と普通の農作業服から戦争資料などで見られる国民服に、もはやいつのものだか分からないボロ布同然の着物もあった。

 ただ共通しているのは、皆が皆ひどく汚れていること。

 おまけに服のどこかがひどく破れて、その下まで破れているように見えた。


「え……あれ?」

 さすがの若者も、こいつらが自分を助けに来た訳ではないと悟ったようだ。目の前に出て来た人の群れは、明らかにまともな人間とは思えない。

 訳が分からず立ちすくんだ若者は、何もなければ真っ先に犠牲になっただろう。

 だが、その異常な者たちの目は今は若者を見ていなかった。

 なぜなら……もっと簡単にすぐ食べられる餌が、すぐ近くに転がっていたから。


 急にズダーンと至近距離で響いた銃声に、若者ははっと我に返った。見れば、田吾作が目を血走らせて異常な群れを撃っている。

「おいジイさん!いくら見た目が変だからって……」

 止めようとした若者は、気遣うように異常な群れを見て、そして気づいた。

 明らかに弾が当たっているのに、歩みを止める気配がない。手足どころか腹や胸から何かが飛び散っても、平然と向かってくる。

「え、あれ、何で……もしかして、ゴム弾とか?」

 若者はいぶかしそうに田吾作の銃を見るが、銃口からは紛れもなく煙が出ている。

 尋ねようにも、田吾作には若者の声など聞こえていないようだった。

「頼む起きろ!起きてくれ!!」

 田吾作は必死で叫び、銃声を響かせる。

 そこで若者は、田吾作の言葉が祠の前で寝転がっている三人に向けられていることに気づいた。そう言えば、あの三人はすぐ近くでこれだけの騒ぎがあっても不思議と起きない。

 そのうち、ボロボロの人影たちが三人の周りでかがみ込む。

 そして無造作に手足を持ち上げ……顔を近づけたのだ。


「え……?」

 若者は、目の前で何が起こったのか分からなかった。

 異常な群れが三人の体に取りつき、顔を押し付けてうごめいている。そのうち三人の体のあちこちから、何かの液体が噴き上がる。

 脈打つように噴出するそれからは、鉄の臭いが漂ってきた。

 三人の呼吸が、悲鳴を上げようとして失敗したようなヒュッヒュッという息漏れに変わる。さらにその体が、がくがくと痙攣する。

 それでも若者は、それが何を意味するか分からず立ち尽くしていた。


 と、いきなりその手を田吾作が引っ張った。

「来い!おまえもああなりたいか!?」

 今度ばかりは、若者も抵抗しなかった。何だかよく分からないが、起こっているのはとてつもなく恐ろしい事で、あれに関わるのはごめんだった。

 田吾作が走りながら、怒りを込めて呟く。

「貴様には生きてもらうぞ……あいつらを死なせて、さらに証人にまで死なれてはかなわん!」

 その瞬間、若者は自分がもう大変な事に巻き込まれているのだと理解した。

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