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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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37.開かれた扉

 禁忌の地に白菊が供えられ、惨劇が始まります。

 しかしすぐ化け物が現れるのも緊迫しますが、少しタイムラグがあるのも面白いですよね。


 そして地の底から這い上がってくるものを導くのは、やっぱりあの人です。

 次回から、本格的にゾンビの登場です。

 むき出しの地面の上に、ぱさりと白菊の花が横たわる。

 何が起こるかと身構えていた陽介は、きょろきょろと辺りを見回した。が、特に変わった様子はない。

 陽介は安堵して穴に背を向け……そして突然悪寒を覚えた。

「……っ、何だこれ……!」

 周囲の温度が急に下がったような、いきなり視界が暗くなったような感覚。体中の神経が騒いで、震えがくる。

 思わず後ろを振り返ると、そこにはさっきまでと同じように真っ暗な口を開けた穴があるだけだった。

 少し落ち着いた陽介の耳に、田吾作と若者の言い争う声が聞こえてくる。

(そうだ、任務は無事に引き上げるまでだな)

 陽介は来た時と同じように祠の前の道路まで戻り、田吾作の背中ごしに若者にガッツポーズを見せた。

 そして、自分は田吾作に見つからないように素早く物陰に駆け込む。

 すると、今まで弱気だった若者がいきなり態度を豹変させた。

「あーもう、下手に出てりゃつけ上がりやがって!

 先に銃向けてきたのはそっちだろ、頭おかしいぞあんた!

 そっちがあくまで因縁つけようって言うならな、こっちだって訴えてやる。警察だって暴力の相談窓口だってあるし、ネットにも晒してやるぞ!」

 時間稼ぎはもう終わり、ということだろう。

 やはり、ひな菊の息がかかっていたようだ。

 陽介は陽動役の若者に感謝しながら、白川鉄鋼への道をひた走った。後はひな菊に成功を報告すれば、任務は完了だ。

 これで父は課長になれるし、家計を助けて母を喜ばせる祝い金だってもらえる。陽介はほくほく顔で、暗い道を駆けて行った。

 途中、ふと顔を上げて首をかしげる。

「あれ……月、あんなに赤かったっけ?」

 空に浮かぶ月は不気味に赤く染まり、静かに村を照らしていた。


 ちょうどその頃、平坂神社ではちょっとした異変が起きていた。

「きゃあああ!!!」

 突然、聖子と清美が耳を押さえて悲鳴を上げたのだ。額に脂汗を浮かべて息を荒くし、夢中でヘッドホンを掴んで音量を上げようとする。

 音漏れはみるみる大きくなり、近くで見ている達郎ですらうるさいと感じるほどになる。

「お、おい、一体どうしたんだ!?」

 音量は既に最大となり、二人の耳には鼓膜が破れる程の轟音が流れ込んでいるはずだ。なのに二人は、必死でヘッドホンを押さえて離そうとしない。

 ずっと二人を見てきた達郎も、さすがに不安を覚えた。

 そのうち、聖子の口から押し殺しきれない呟きが漏れる。

「やめてよ……何なの!?もう私たちに関わらないで!!

 私たちが一体何をしたって言うのよおぉ!!」

 その言葉から、今二人を苛んでいるのは二人にしか聞こえない声なのだと分かった。達郎は、ぞっとして少し罪悪感を覚えた。

(やっぱりあの酒、飲んだらまずかったか?)

 思い当たるのは、結界の儀式とやらに使う酒を飲んで水にすり替えてしまったこと。それで二人にのみ感知できる何かを怒らせてしまったのか。

 達郎は、思わず二人から例の罵声が来るのを覚悟した。


 だが、程なくして二人の苦悶は治まった。

 聖子と清美は勝ったような晴れやかな顔で、音量を下げてヘッドホンを外す。

「はあ……はあ……あいつらの声が、消えた」

 驚いたことに、これまでずっと聞こえていた声が全く聞こえなくなったという。こんな事は、二人にとって初めてだった。

 だが、何はともあれ自分たちは解放されたのだ。

 聖子と清美はそれを心から喜び、会心の笑みを浮かべた。

 そのこれまでにない事態がどんな原因で引き起こされたかなど、二人にとってはどうでもいい事だった。


 誰もいなくなった穴の奥で、異変は静かに起きていた。

 穴は見た目上いつもと変わらず、真っ暗で奥が見えない口を開けている。だがその先は、もはや岩壁ではなくなっていた。

 どこまで続くのか分からない、地の底へと下りていく暗い道。

 その奥から、低くざわざわした声のようなものが反響してきた。

 一点の光もない暗黒の奥から、大勢の何かが這い上がってくる。

 方向すら分からぬ闇の中から、何かに導かれるように向かってくる。地上にいる者に届けようとするかのように、怨嗟をまき散らしながら。

 その中には、確かに導く者がいた。

 血と泥で汚れた、白かったであろう着物と赤いはかま。そして頭上には、金箔のはげ落ちた冠。

 痩せこけて枯れ木のようになった体は、それでもなお女の名残を漂わせていた。

 ボサボサに振り乱した長い髪をかき上げ、その女は手にした宝剣を振るう。

 それが鉄格子に触れた途端、鉄格子を一瞬で暗い炎のようなものが伝う。それが消えると、鉄格子は錆の塊になって崩れてしまった。

 それから女は、足下に落ちていた一輪の花を拾った。

 花の三分の一ほどがつぼみのまま開いていない、ぶかっこうな白菊の花。

「……また、不届き者が出たのね。

 それにしても、変わった形の花だこと」

 女は、物珍しそうに花弁をなぞる。その花は花弁の一枚一枚が巻いてストローのようになっていた。

 女はその花を手に、穴の外に出る。


 血に濡れたように赤い月が、その禍々しい光景を照らしていた。

 今宵、惨劇の扉は開かれた。

 子供たちの意地悪の応酬は村中を悪意の波に飲み込み、ついに禁じられた冥府への扉を開いてしまった。

 今宵、村は冥府へと変わる。

 しかしそこに暮らす誰もが、まだその禁忌が破られたことに気づいていなかった。

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