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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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36.決行

 祠を守る邪魔者を排除して、陽介のターンです。

 家族のために失敗できない陽介は、残っている田吾作に手をこまねいて任務を遂行できずにいました。

 しかし、絶対に禁忌を破りたいひな菊がそれで済ますはずがありません。


 満月の夜、一夜の惨劇の、幕が上がります。

 ゆっくりと姿を現した月の下、二人の男が祠の側に立っていた。

 一人は塚の見張りで唯一まだ動ける猟師の田吾作、そしてもう一人はその様子を物陰から伺う陽介だ。

 倒れて地面に散らばる男たちを見て、陽介は胆を冷やした。

(うわぁ……ここまでやるのかよ!

 ひな菊さん本気すぎだろ……)

 何をしたのか陽介にはよく分からないが、もはや子供のいたずらでは済まされないであろうことは結果だけで分かった。

 もっとも狡猾なひな菊のことだから、自分が追及されない手は考えてあるのかもしれないが……それにしても過激だ。

 と同時に、ひな菊がこのいたずらにかける執念をひしひしと感じた。

(これも、俺が白菊を供えられるようにするためだよな。

 ……ヤベーな、これで失敗したらただじゃ済まないぞ。

 いや、だからこそうまくやればビッグなごほうびが……)

 自分の任務に掛けられた期待の大きさに、陽介は身震いする。

 きっとこれは、人生のちょっとした分岐点だ。成功すれば父が課長になって家族全員が幸せになり、失敗すればひな菊に切り捨てられて底辺に落ちる。

 つまり、絶対に失敗してはいけない超重要任務だ。

 栄光はすぐそこ……しかしここで下手に突撃してはいけないと、陽介も分かっていた。

(しっかし、田吾作さんが残ってんじゃねえか。

 今kの状況で突撃したら、顔を見られるし下手したらとっ捕まっちまう。考えたくねえけど、銃で撃たれたら冗談じゃねえ。

 ……本当は、三人倒れてる攻撃で全滅するはずだったのか?

 いや、ひな菊さんのことだから、他にも手があるかもしれない)

 あの執念深く用意周到なひな菊が、一つの失敗でダメになる作戦を立てるはずがない。それにもしこれで陽介が任務を果たせなくても、陽介の責任ではないだろう。

 それに任務は今夜中に果たせばいい、時間はたっぷりあるのだ。もし状況が変わらなければ、後でひな菊に指示を仰げばいい。

 とにかくもう少し様子を見ようと、陽介は物陰に腰を下ろした。


 それから少し時間が経つと、道の向こうから何者かが歩いてきた。

 そいつの持ち物に、陽介は目を見張った。

 やって来た若者が抱えているのは、それはそれは立派な白菊の花束だ。純白の花弁が満月の光を浴びて、闇に浮かび上がっている。

 田吾作も、それに気づいてぎょっとした。

 目にも留まらぬ速さで猟銃を構え、老人とは思えぬ大声で怒鳴りつける。

「止まれ!!そんなものを持って、何しに来た!?」

「ひいぃっ!!」

 若者は雷に打たれたように花束を落とし、反射的に両手を上げた。いきなり銃を向けられたら、当然の反応だろう。

 田吾作は油断なく銃を構えたまま、若者に歩み寄る。

「どこのモンだ、顔を見せろ!

 今日この塚に白菊を供えたらどうなるか、知らんとは言わせんぞ!!」

 田吾作に襟首を掴まれて、若者が街灯の光の下に引きずり出される。その顔は、村では見覚えがないものだった。

 若者は半泣きになりながら、弁明しようとする。

「知らんのかって……知りませんよ!だって白菊塚でしょ?白菊をお供えするとご利益があるとかじゃないの!?

 てゆーか、銃はやめてください!それ本物!?」

「誰に頼まれた!?花はどこで買った!?」

「頼まれてなんか……は、花は、原台市のウチの近くで……」

 どうやらこの若者は、本当に事情を知らないようだ。それに原台市といえばここ菊原村の二つ隣であり、そこなら普通に白菊が売っていてもおかしくない。

(あーあ、知らないで供えに来ちゃったか。

 ん、、でもこんなタイミングで……もしかしてこれ……)

 陽介はふと思いついた。

 白川鉄鋼には、村の外から働きに来ている者がそれなりにいる。そういう者に声をかければ、こうしてうまく使うことが可能ではないか。

 そして、陽介は気づいた。

(あれ、これって……俺が行くチャンスじゃね?)


 祠を守る老人は、もう田吾作しか残っていない。その最後の一人である田吾作は、若者に銃を向けてものすごい剣幕で尋問中だ。

 今、陽介に目を向けられる者はいない。

 思えば若者の行動も不可解だ。この平和な現代日本で実際に撃たれるなどとは、事情を知らなければ思わないだろう。

 本当に知らない者なら、白菊を放り出して一目散に逃げてもおかしくない。

 それでも若者は、逃げずに尋問に付き合っている。

 まるで、時間を稼ごうとでもするように……。

 陽介は、即座に判断した。

(分かりましたぜ、ひな菊さん。ここまでやってもらって、無駄にゃしません!)

 陽介はたった一輪の白菊を握りしめ、獲物に飛びかかる猫のように飛び出した。


 道路から祠につながる通路に、陽介は風のように走り込む。頭は悪いが運動神経ではクラスで1、2を争う陽介の足は伊達ではない。

 しかし、その先から祠までは防犯砂利が敷き詰められている。一歩でも足を下せば、音で田吾作に気づかれるだろう。

 陽介は一瞬の判断で、靴を脱ぎ捨て裸足になった。

 そして祠を囲むように立っている柵の上を走る。

 柵は石の柱をつなぐように一本の鉄棒が渡されたものだが、陽介は器用に石柱と鉄棒の上を走っていく。

 かつて県で一番の新体操選手ともてはやされた、母から受け継いだバランス感覚のなせる業だ。

(俺はこの才能で、家族みんなを幸せにするんだ!)

 固い決意で恐怖を振り払って、進む。

 狙うは祠ではなく、その裏にある冥府への穴だ。祠の前に置いてもすぐ片付けられてしまうかもしれないが、そこなら朝まで気づかれないだろう。

 柵を下りて、足に刺さる小石をものともせずに穴に向かう。

(これで、決まりだぁ!!)

 手にした白菊をダーツのように構え、穴を塞ぐ鉄格子の間から投げ入れる。

 希望をまとったように白く浮かんだ花が、音もなく鉄格子の向こうに落ちた。

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