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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
35/320

35.破られた壁

 惨劇に向けてのカウントダウンが進んでいきます。

 平坂神社で職務放棄が起こっていた頃、白菊塚でも事件が起こっていました。猟銃を持って塚を見張る老人たちを襲ったのは、道を開くための罠でした。

 山の稜線に、日が落ちていく。

 村は夕焼けの光を受けて、赤く染まる。

 白菊塚の石碑も、沈みゆく日の光を浴びて、長い影を地面に落としていた。その影を踏み越えるように、数人の人影が祠の方へと向かっていった。


「さあ、今日は寝ずの番だぞ!」

 猟銃を持った年配の男たちが、どかどかと祠の近くに腰を下ろす。

 今日は一晩中ここで待機して、白菊塚を見張るのだ。中秋の名月に白菊塚に白菊を供えてはならない、その禁忌を守るために。

「あーあ、可愛いネエちゃんがいる訳でもねえのに、朝帰りかよ」

 五十代くらいと思しき、やさぐれた男がぼやく。

 それを、もう少し年上の男がなだめる。

「しょうがねえよ、猟銃使える仲間もずいぶん減っちまったからな。数年前までは、交代で見張れたんだが……」

 年上の男は、そう言って寂しそうに仲間の顔ぶれを眺めた。

 この村にも少子高齢化の波は確実に押し寄せ、猟銃を手にここを見張る猟師仲間たちも皆年寄りになっている。

 新しい若いハンターは増えず、老人の負担ばかりが増していく。

 数年前は交代で見張れる人数がいたが、寄る年波に勝てず歯が抜けるように人が減っていった。

 今はもう、ここにいる四人が全てだ。

「でもよお、だからって全員が一晩中いなくてもいいじゃねえか。

 どうせ見張るだけなんだから、一人とか二人とかにして交代すりゃいいでしょ?」

 うんざりしたように文句を言うやさぐれた男を、リーダーの沢村田吾作が叱る。

「ならん!一人や二人で、何か起こった時に村を守れるか!ここは村を災厄から守る、最後の砦なのだ。

 一人に何かあっても、一人を残して一人が連絡に走れるようにしとかにゃならん。三人以上で守る、これが鉄則だ」

「そうよなァ、しかも皆じいさんになっちまって、いつ誰に何があるか分からんからな」

 先ほどやさぐれた男をなだめた男も、苦笑して言う。

 しかし、やさぐれた男と同じく五十代の男は不満顔のままだった。


(116)

「鉄則ねえ……そいつは、いつから始まったんでしょうね?」

 やさぐれた男が、ぶっきらぼうに問う。

「伝統を変えたくないのは、分かりますよ。でもねえ、営みってモンは時代に合わせて変えていくモンなんです。

 沢村さんももうキツい年でしょうに、わざわざ無理しなくても……」

「ならん、守れる間は守れるだけ守らにゃならんのだ!!」

 田吾作が、目をいからせて声を上げる。

「変えてはいかん事も、世の中にはあるのだ!

 いつから始まったかなんぞ、この白菊塚が出来た翌年からに決まっとる。それからずっと、この村では決まっておることなのだ。

 確かに、それが変わった事はあった。

 だが必ず元に戻った。その理由は……」

 田吾作は、腹の底に響くような低い声で続けた。

「見張りを甘くしておくと、必ず災厄が起こったからだ」

 その言葉に、六十代くらいのなだめた男はぞっと寒気を覚えて身をすくめる。しかし五十代の男二人は、またかと言うように眉を顰めるばかりだった。

 田吾作はそれを見て、ぎりっと唇を噛みしめる。

 今こうして塚を守っている猟師たちの中にも、世代間の壁は存在する。災厄に実際に見舞われた、もしくはそれで直接家族が被害を受けた世代と、そうでない世代だ。

 田吾作たち六十代より上の世代は前者、それより下は後者だ。

 災厄を直接知っている自分たちはこの役目の重さも掟の大切さも知っている。しかし災厄を知らない世代はそうではない。

 それが、田吾作には歯がゆくてたまらなかった。

 どんなに止めようとしても時代は流れ、災厄を知る人間が減っていく。災厄を知らない人間の意見が、幅を利かすようになる。

 長きに渡り災厄が防がれているからこその、緩みだ。

 これからも自分たちが守り続けて災厄を遠ざけている限り、この流れは続くだろう。

 それでもせめて自分の目の黒いうちは守ってみせると、田吾作は白菊塚をにらみつけた。


(117)

 と、五十代の男の一人が近くに置かれていたビニール袋に気づいた。

「お、こりゃ差し入れか?」

 袋には、お疲れ様ですと書いたメモと、缶ビールが人数分入っていた。それを見て、今日は飲めないと思っていた五十代の男二人は目を輝かせる。

「こいつはありがてえ!

 ささ、沢村さんも一杯やりやしょう!ずっと気を張ったままじゃ、もちませんぜ」

「何を言う、大事な見張りの最中に酒なぞ……!」

 やさぐれた男がこれでごまかしてしまえとばかりにビールを勧めるが、田吾作は頑として受け取らず逆に怒りを増してしまう。

 しかしそのまま喧嘩になるかと思われた時、六十代の男が間の抜けた声で言った。

「あ、大丈夫ですわコレ。

 アルコール0%って書いてありますもん」

「酒じゃないのかよ!?」

「まあ気分的な飲みモンじゃろ。でも沢村さん、これならいいんじゃないですか?」

 さすがの田吾作も、そこまで禁止する理由はなかった。しぶしぶうなずく田吾作の前で、他の三人は一気にそれを飲んでしまう。

「んだ、いつも飲んどるビールと違うな」

「ビールじゃないで、仕方ないだろ」

 楽しそうにしている三人の前で、田吾作だけは頑なにそれに手を出さなかった。


 それから三十分後、差し入れのノンアルコールビールを飲んだ三人はだらしなく横になりいびきをかいていた。

 急に呂律が回らなくなり、眠りに落ちて何をしても起きないのだ。

 耳元で猟銃を撃っても彼らが起きないのに気づいた時、田吾作は愕然とした。

 はっとして空の缶を手に取ると、缶の底に小さな穴が開けられて塞がれていた。アルコールではない別の何かが、盛られていたのだ。

「ほら見ろ……こんな夜は、何が起こるか分からんのだ!」

 ぞっと背筋を凍らせた田吾作の後ろで、満月がのっそりと顔を出した。

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