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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
33/320

33.孤独の巫女

 久しぶりですが、再開します。

 今回は、ひな菊の側近だったはずの聖子の話です。

 ひな菊が孤独になってしまった流れはこれまでお話ししましたが、聖子はなぜひな菊から離れてしまったのでしょうか。

 菊祭りの、前祭りの日がやって来た。

 その日はあいにく雨が降っていて、神社は閑散としていた。

 例年通り菊の展示と神楽は催されるものの、足を止めて見ていく人は少ない。菊は時々農家の人が来て談笑しながら見ていくが、神楽殿は誰も見ようとしなかった。

 咲夜と大樹も農家の一員としてお参りには来ていたが、気まずさと苛立ちでろくに菊も見ずにさっと帰ってしまった。

 世界は、咲夜が見ているのとさほど変わらぬ灰色だった。


 その灰色の世界を、一人の少女が神楽殿から眺めていた。

 黒くまっすぐな髪を腰の辺りまで伸ばした、色白で古風な美しさを持つ少女。白い着物と赤いはかまを身にまとい、金色に輝く冠をかぶっている。

 神楽殿には、色とりどりの菊で飾られた祭壇があった。

 笛と太鼓で奏でられるはやしが、雨音に混じって風雅に流れて行く。

 色を失った世界で、そこだけが色を許されたような特別な空間だった。


 しかし、その神聖な空間で神楽を踊る少女は、どこかうつろだった。

(ああ、つまらない……有り得ない……)

 少女は心ここにあらずといった感じで、ぼんやりと外を見つめている。神に捧げるための集中力なんてものはなく、動きも精彩を欠く。

 社務所の方から見ている老人たちは厳しい目をしているが、それすらどうでも良かった。

 少女の頭の中にあるのは、去年までのにぎやかな祭りの風景のみ。

 毎年、自分が躍る所をたくさんの友達が見に来てくれた。前祭りは屋台も出ないけれど、みんなが食べ物や飲み物を差し入れてくれたし、自分が退屈しないようにおしゃべりに付き合ってくれた。

 今日のような雨の日でも、いつもそうだったのに……。

 今日は、それがない。

 一人ぼっちの巫女……平坂聖子は、灰色の世界で黙々と務めを果たすしかなかった。

(どれもこれも、咲夜と浩太たちのせいだ!)

 聖域にふさわしくない恨みに身を焦がし、聖子は歯噛みする。その顔は、憔悴と憎しみで醜く歪んでいた。

 これまで当たり前だった心地よい立場を、自分はあいつらに奪われた。

 つい数日前まで、聖子は学校の友達関係の中でも一目置かれる存在だった。聖子にはいつも貢物が絶えなかったし、機嫌を損ねないよう皆が気を遣ってくれた。

 有力な神社の一人娘だから、というのも少しはある。

 が、それ以上に懇意にしていたひな菊による支持が大きかった。

 聖子とひな菊は、自分の立場と将来のために友達になった。

 ひな菊は聖子と仲良くすることで、白川鉄鋼を良く思わない農家や老人たちに対しても聖子の持つ威厳を借りられる。

 聖子はひな菊にすり寄ることで、農家や老人たちからもらえるより大きくてお洒落な恩恵を受けられる。

 この年頃の女の子には、おにぎりやせいべいより紅茶とクッキーとチョコレートの方がいいに決まっている。

 二人の利害は、しっかりと一致していた。

 それに、お互いの両親も将来を見据えてそれを後押しした。

 豊富な水と土地のあるこの田舎でもっと工場を大きくしたい白川竜也は、神社と親しくなるのを通じて村への影響力を高めたい。

 もっといい暮らしがしたい聖子の両親は、生産力が限られている菊農家より派手に稼げる工場を後押ししてもっと収入を上げたい。

 そんな訳で、聖子とひな菊はお互いに恩恵を与え合っていた。

 ひな菊は物や取り巻きたちの手を聖子に与え、聖子は神社の娘の立場でひな菊を正当化する発言を与える。

 こうして、聖子はひな菊の側近としていいものを分け与えられてきた。

 毎年、神楽を踊る時に見に来てくれる子と差し入れも、ひな菊からの贈り物だ。

 しかし、今年はそれがない。

 なぜなら、聖子はひな菊の信用を失って手を切られてしまったからだ。


 いきさつを思い出すと、理不尽で腸が煮えくり返りそうになる。

 きっかけは、浩太が白菊姫の物語を劇にしようと言い出し、ひな菊が白菊姫の役に飛びついたこと。

 決定打は、その白菊姫が悪役であり自分がはめられたのだとひな菊が気づいたこと。

「聖子、あんた知ってたでしょ!?

 何で初めに言ってくれなかったの!!」

 ひな菊は、怒り狂って聖子に詰め寄った。

 ひな菊から見れば、聖子はここの伝統ある神社の跡取りなのだから、白菊姫の物語を詳しく知っていて当然だった。

 そして自分がこうなるまで言ってくれなかったのは、明らかに裏切りだ。

 しかし、聖子にそんなつもりはなかった。

 聖子は、本当に白菊姫のことをよく知らなかったのだ。

 原因は、親が聖子にそれを語り継いでいなかったことにある。

 聖子もそうだが、母の清美もこの村の伝統や神職を、自分を縛るものとして疎んでいた。だから祖母が死んでから神事をまじめにやらなくなったし、律儀に語り継ぎもしなかった。

 聖子もそんな面倒なだけの荷物を早くに受け取りたくなかったので、自分から興味を持って聞くこともなかった。

 ただ、初めにひな菊に聞かれた日の夜は少し不安になって親に尋ねたのだが……

「ただのおとぎ話に、そんなまじめにやる必要ないだろ。

 学芸会の結果なんて将来にゃ何も影響しないし、仕事なんて全部知らなくてもとりあえず回してけりゃいいんだよ」

と父が答えたのでうやむやにしてしまった。

 その結果が、この手痛いしっぺ返しだ。

「ごめんなさい、私本当に知らなかったの!

 菊畑の開祖ってくらいしか、知らなくて……ただ昔の偉い人なんだなってくらいしか……。少しだけ知ってたから、うんって答えちゃって……!」

 聖子は必死で謝ったが、ひな菊は冷たかった。

「伝統ある立場で幅を利かせてるくせに、知らなかったはないでしょ!

 それとも、あんた本当は農家の回し者じゃないでしょうね?あんたの神社って、昔から菊農家に支えられてたっけ。

 どっちにもいい顔してここぞって時にあたしを裏切るなんて、もう友達じゃない!!」

 ひな菊は、聖子が裏切ったと決めつけて絶交を言い渡して去った。

 聖子は、自分の身に起こったことが信じられず立ち尽くすしかなかった。

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