エピローグ~あるいは、ゾンビハンター・デスメープル
本編は日本だった……が、こういう呪いがあるのは日本だけじゃないんだよなあ。
そして日本からかの地に渡った、ゾンビ経験のある貴重な女ギャングの物語。
先住民の禁じられた土地、悪人が安く買い叩き、下手に封印を解いたら……ワオッまるでアメリカンホラーのテンプレだ!
一人で強く生きようとする母と、必ず会うと誓う子。
二人の硝煙にまみれた明日は、いつ交わるのか。
アメリカの華やかな歓楽街で、数人の男が路地を走っていた。
「ハァッ……ハァッ……!」
全員が筋骨隆々で刺々しいデザインのタトゥーまでした、一見怖いもの知らずの男たち。腰のホルスターには、銃まで収まっている。
だが、彼らは何かに追われるように怯えていた。
曲がり角から出てきたモヤシのような浮浪者にちょっとかすっただけで、情けない悲鳴を上げて大げさに飛びのく。
むしろ、そんな反応をされた浮浪者が目をぱちくりするほどに。
「大丈夫……大丈夫だ、ここはもう安全なんだ!」
自分に言い聞かせるようにブツブツと呟き、しかし血走った目をせわしなく暗がりに走らせる。
慣れた街を迷宮のように恐れて走り抜け、男たちはとあるナイトクラブの裏口に飛び込んだ。
ナイトクラブの中では、際どい露出の若い女たちがポールダンスの練習に励んでいた。それを厳しい目で見つめる、小柄なコーチ。
「そこ、もっとしっかり身体を支える!
握力だけじゃない、体幹を意識して!」
コーチの英語は若干聞き取りづらいが、若い女たちは大人しく従った。
このコーチは年の割に若く見えるが実年齢はかなりおばさんで、踊っている女たちよりずっと小柄で、おまけに黄色い肌をしている。
しかし、逆らっても勝ち目はないと皆知っていた。
この女はボスのお気に入りの一人である以上に、喧嘩の実力が飛びぬけている。
何の変哲もない丈夫なだけの棒を武器に、マッチョな男たちが殴り合う抗争に平気で飛び込んで、機敏に急所を突いて戦功を立てている。
それに、この女はポールダンスのコーチとして確かに優秀だ。
ちょっと英語で細かいニュアンスを伝えづらいところはあるが、昔新体操をやっていたらしく、体の使い方鍛え方をしっかり教えてくれる。
それが分かった今、来たばかりの頃のようになめて突っかかる奴はいなかった。
そんな女の園に、いきなり数人の男が転がり込んできた。
「何事だい!?今はそういう時じゃないよ!」
コーチが棒を手にしてすごむと、男たちはようやく少し落ち着いた。女たちの冷ややかな視線に囲まれて、むしろ安心しているように見える。
「す、すんません……ボスに至急報告が!」
「ふーん、ついておいで」
男たちの様子を見て、コーチはその必要ありとしてボスの下に案内した。
「おう、デスメープルじゃねえか!どうした?」
酒とタバコと男女の蒸れた臭いが充満する部屋で、ボスは機嫌よくコーチを招き入れた。それだけ、この小柄な女に目をかけているということだ。
それを見て、部下の男たちは小声で噂する。
「オバサンのくせに、ずいぶん気に入られてやがるな」
「若く見えるし、物珍しいんだろ……日本人だし」
「けど本当に使えるよ、こいつが来てから若いだけのアバズレ共の踊りが良くなった。
しかも強ぇ……あそこの中華マフィアのカンフーババアと互角にやり合えるって話だろ。胆も据わってるし……日本人のくせに、一体何があったんだろうな?」
このポールダンスのコーチ、デスメープルと名乗る女は、正体を明かしたがらない。
ある日突然、配下の一人がボスへの手土産として連れて来たのだ。何でも、昔新体操のために留学して、その配下と知り合いになっていた日本人らしい。
小柄で、しかし意志が強く、決して男に心を許そうとしない。
日本人なので平和ボケしているかと思ったら、全然そんなことはなかった。実力での成り上がりと身を切るような抗争の世界を、楽しんでいるようにすら見える。
かといって、地位や富にがっつく訳でも、ボスの寵愛を求める訳でもない。最初のほうびに求めたのは避妊手術だったし、いろいろ強い男に言い寄られても子供や家庭はこりごりだと断り続けている。
そんな執着のなさと都合の良さが、逆にボスに気に入られているのだ。
そんな訳で、今やこの女はこのギャングに欠かせぬ一員となった。
「それで、何があったよ?」
「じ、実は……例の先住民から買い叩いた土地で……」
男たちの黒いビジネスの話が始まっても、デスメープルは側に控えて聞いている。追い出されたベッド用の女よりは、よほど信頼されているのだ。
そのうち、ボスが勢いよく拳をサイドボードに叩きつけた。
「いい加減なこと言うんじゃねえ!!動く死体だぁ!?」
「でもボス、本当に……チャーリーもそれでやられたんだ!!」
部下が半泣きになって説明する。
詐欺同然に安く買い叩いた先住民の禁足地で、問題が起こった。誰のものかはっきりさせるために先住民の残した目印を破壊し、開発のための調査に奥へ踏み込んだところ……信じがたいものに襲われたというのだ。
「ゾンビだ……間違いねえ!
弾が空になるまで撃っても、平気で来やがるんだ!」
しかし、ボスは信じずご機嫌斜めだ。
「ふざけんな、さっさと調査を済ませてこい!そんなモンいる訳……」
「待ちな、ボス」
そこで、唐突にデスメープルが口を挟んだ。思わず黙った男たちに、デスメープルは研ぎ澄まされた眼差しで言った。
「ゾンビは、いるんだよ。
あたしも、調査に加えちゃくれないかい。そして、もしうまくやって生き残ったら……あたしを必ず警察から守っておくれよ」
この女の過去に何があったかは、知れない。
だが、最近警察がこの女のことを嗅ぎまわっているのは事実だ。もっとも、犯罪者を捕まえるというより保護目的らしいが。
何でも、ここまで来る路銀に売った金細工のかんざしが昔の名工のもので、そこから辿られて探されているとか。
だが、彼女はどうあっても戻りたくない。
ボスも、こんな使える女を手放す気はない。特に、こんな訳の分からない事態に、見聞きしてきたような顔をする女は。
昼でも薄暗い森を、ギャングたちは進んでいく。
油断なく多方面に銃口を向けながら、人はおろか動物の気配さえしない深い森を踏み分けて進む。
すると、前方からガサガサと音がして……人影が現れた。
「何だ、チャーリー、生きて……」
「待ちな!!」
思わず銃を下ろそうとした男を押しのけ、デスメープルがヤマネコのように飛びかかる。鋭い棒の一撃で首の付け根を突き、相手を倒れさせた。
「よく見な」
デスメープルが懐中電灯で照らした相手の姿に、男たちは絶句した。
そいつは確かにチャーリーだが……手足は骨が見えるほど肉を削がれ、破れた服の下からちぎれた腸がはみ出し、それでも白く濁った眼をカッと開いて起き上がろうとしている。
デスメープルは、悔しそうに呟いた。
「黄泉との縁は切れないって訳かい……いいよ、絶対に振り切ってやる!
黄泉の手だろうが、人の手だろうがねえ!!」
何もかも断ち切ろうとするように、女は死にぞこないの顔に銃口を向け、引き金を引いた。
ズダーン……
白い硝煙が、空気に溶けるように流れていく。その臭いと、手の中の重い感触を、陽介は己の心に刻み付けた。
「見ろ、狙いがブレとるぞ!
次はいつ起こるか分からん。免許を取れる頃には、確実に当てるようにしておけ!」
「押忍!」
陽介は、この日初めて猟銃を撃った。
もっとも、まだ免許を取れる年ではないが……人目につかない山奥で、田吾作の監督の下、練習を始めた。
村を守る銃。死霊を一撃で眠りに返す銃。そして……母が手にし、父を殺した銃。
銃声とともに、父の絶望の顔と母の突き放す言葉を思い出して、辛くなる。
しかし、陽介にはどうしても必要な銃。自分が生き村を守るにはもちろんのこと、おそらくアメリカで母を探すためにも。
……母はどうやら、アメリカで元気にしているらしい。
母があの夜、喜久代の頭からむしっていったかんざし……あれがアメリカの工芸品マニアの手に渡り、村に残った喜久代の資料と突き合わせて、それと分かった。
が、母はかなり治安の悪い地域にいるらしく、警察もそこまで手を割いてくれない。
(いいぜ、俺が迎えにいくよ。
銃社会で、何があっても母ちゃんを連れて帰れるように……いっぱい練習するからさ!)
治安の悪い地域にいるということは、母も危険な生活をしているのかもしれない。それでも、母のことだからそう簡単には死なないと、陽介は信じている。
白い煙が、空に昇って溶けていく。黄泉を孕んだ地面とは逆の、生きとし生けるもの全てをつなぐ空へ。
林床に咲く野菊の花が、静かにそれを見つめていた。
完結するまでこれも長くかかりましたが、ここまでお読みいただいてありがとうございました!
書きたかったものが完結できて、自分も達成感でいっぱいです。
さて、次回作はゾンビではなく流行りのファンタジーざまぁものにしようかと思っています。
清らかな乙女の物語なので、聖夜辺りを目標に投稿を始めようと思っております。
方向性はだいぶ変わりますが、興味がありましたらどうぞ!
そしてよろしければ、大罪人の中で一番気に入った娘(約一名は人妻)を教えてください!
みなさんはどんな痛い娘が好きですか?次回作の敵の参考にするかも。




