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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
32/320

32.罪の花

 中秋の名月が近づく中、陽介は作戦に使う白菊の花を入手します。

 例年ではそれは難しいことでしたが、今年は生産する家の問題ですんなり手に入りました。


 そして、禁忌破りに手を染めようとする陽介の事情も明らかになります。

 中秋の名月に向かって、事件は加速していきます。

 いよいよ中秋の名月が明日に迫り、村では神社に奉納する自慢の菊を各農家が準備していた。

 かつて菊祭りは9月9日の重陽の節句に合わせて行われていたが、現在は暦がずれてしまったためその時期に路地の菊は咲かない。

 だから白菊姫ゆかりの中秋の名月に前祭り、路地の菊が本格的に咲く10月下旬から11月に本祭りをするようになった。

 だが、今年は中秋の名月も9月であるため、路地の菊は少ない。

 そのため奉納される菊は、多くがビニールハウスの中で摘まれるのを待っていた。


 咲夜の家でも、ハウス菊の収穫作業が行われていた。

 咲夜の家も他の多くの農家と同じく菊のビニールハウスを何件も持っており、その中ではいろとりどりの菊が咲き乱れている。

 父の宗平と母の美香は、赤や黄色の色鮮やかな菊を奉納用に選んでいた。

 そこから少し離れた所で、咲夜は白い菊の余分なつぼみを取り除いている。

 チャキチャキと鋏を鳴らし、まるで敵の首でも取るように荒っぽい所作で不要なつぼみや枝を切り落とす。そして心の中の苛立ちをぶつけるように、つぼみを踏みつぶし枝を折る。

 それを見かねて、宗平が声をかける。

「おーい、あんまり乱暴にやると商品が傷つくぞ~」

 咲夜は、振り向きもせず答える。

「大丈夫~、傷つけてるのはいらない子だけだもーん!」

 その刺刺しい返事に、宗平と美香は顔を見合わせた。

 ひな菊への仕返しをたしなめられてから、咲夜はずっとこんな風に荒れている。両親もひな菊を甘やかして自分ばかり拘束して働かせるのだと、ふてくされている。

「いいのよ私なんて、こうやってずっとずっと働いてれば。

 ひな菊と違ってさ、生まれる所を間違えちゃったもんね」

 ぶつくさとそう言いながら、形の崩れた白菊の花を八つ当たりのように切り刻む。宗平は咲夜に働かなくてもいいよと言ったが、咲夜は見せつけるように働き続けている。

 そんな咲夜に、宗平と美香は内心ため息をついていた。

 自分たちはただ、馬鹿にされたからといって相手を陥れるようなやり方は良くないと諭したかっただけなのだ。

 だが、あれ以来親子の仲はこじれてしまった。

 一度反感を抱いてしまった思春期の子供は、本当に難しい。宗平と美香は、咲夜がこれ以上何か起こさないことを祈りながら、どうやって娘の心を解きほぐそうかと思案していた。


 作業が終わると、咲夜は摘み取った菊の不要部分を焼却炉に捨てに行く。

 普通に燃えるゴミに出してもいいのだが、この村の菊農家はだいたい自宅に焼却炉を持っていた。しかも、鍵付きの。

 理由は表向きは盗難防止だが、本当は中秋の名月の夜に不測の事態を防ぐためだ。

 暦の都合上、中秋の名月に露地の菊は少ない。しかもこの村ではその時期に咲く白菊を作らないため、畑で白菊を探しても見つかることはほぼない。

 だが、ビニールハウスの中にはある。

 そして、そのビニールハウスから出るごみの中にも。

 その白菊が心無い者の手に渡って白菊塚に供えられないよう、ビニールハウスとごみはしっかり管理されているのだ。

 禁忌を破られないためには、元を断ってしまえ……それは毎年、うまくいっていた。


 だが、今日は鍵を持つ咲夜の機嫌がすこぶる悪かった。

 咲夜はごみを片手に、もう一方の手で持った鍵を苛立ちを発散させるように振り回し……そして、どこかに飛ばしてしまった。

「あっ!」

 しまったと思った時には、もう遅かった。

 鍵は焼却炉の周りの闇に飲まれ、どこに落ちたか分からなくなってしまった。

 咲夜は少しの間途方に暮れ、そしてこう思い直した。

(こんなに暗いんだし、ごみは全部私が持ってきたから……明日の朝探しても、多分分からないわよね。

 父さんだって働かなくていいって言ってたし、だったらどこまで仕事をこなすかは自由だし。

 わざわざ私を縛るもののために、今探してやる義理なんてないし!)

 それは、親に対する八つ当たりのような怠惰な判断だった。

 まじめにやってもひな菊には馬鹿にされ、親はそれを容認したあげく自分を拘束する。それならもう、こんな仕事放棄してしまえと。

 咲夜はごみを焼却炉に入れると、鍵をかけずに立ち去ってしまった。


 そうして咲夜が注意散漫なまま行ってしまった後、何者かが焼却炉をあさっていた。


 住宅地にある小さな戸建ての家には、夜遅いというのにまだ明かりがついていた。

 陽介はできるだけ音を立てないように、玄関の戸を開けて中に入る。その手には、白く仲が見えないビニール袋が握られていた。

 音に気づいて母親が少しだけ顔を出し、吐き捨てるように言う。

「こんな時間まで、どこほっつき歩いてたの?

 そんな時間あるなら、もっと勉強しなさいよ」

 低く責めたててくる母親から逃げるように、陽介は自分の寝室に駆け込む。そして、白い袋の中身をそっと取り出す。

「へへへ、手に入れてやったぜぇ……!」

 それは、花の三分の一ほどがつぼみのまま開いていないような、ぶかっこうな白菊の花だった。

 咲夜がビニールハウスで、売り物にならないと判断して切り捨てた廃棄物だ。それを陽介は、焼却炉からあさってきたのだ。

「こいつを明日、白菊塚に放り込めば……!」

 咲夜の家の菊を使えば、疑いの目は咲夜に向くだろう。

 そうすれば自分が罪を免れるし、ひな菊からもボーナスをはずんでもらえるはずだ。

 そんな卑怯な考えで、陽介は咲夜の家の焼却炉を狙ったのだ。

 もっとも、例年……いや今年でも他の日なら、焼却炉の鍵がそれを阻んでいただろう。ただ今夜だけは、それができてしまう状況が整っていた。

 咲夜のミスにより、陽介はやすやすと白菊を手に入れてしまったのである。

 ひな菊もここまでうまくいくとは考えていなかったが……白菊の入手はできるだけ陽介がやれと命じていた。

 理由は簡単、白菊を供えた張本人には何らかの制裁が及ぶ可能性があるからだ。

 たとえ禁忌が嘘だと分かっても、ひな菊自身にそれで被害が及ぶのは嫌だ。それに、失敗して下手人が捕まることも考えられる。

 だが、白菊の入手から陽介にやらせておけば、いざとなれば陽介だけ切り捨てることもできる。

 陽介も、そんな思惑は何となく分かっていた。

 しかし、それでも陽介は譲れない願いのために、その身を尽くす気でいた。


 階下から、また不機嫌な母親の声が響いてくる。

「ちょっとあなた、いつまで飲んでんの!?

 家計だって苦しいんだから、飲むならまず給料上げてきてよ!!」

 父親の怒鳴り声が、言い返す。

「ああ!?おまえだって、誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ!?そういう事言うなら、おまえが働けばいいだろ、この怠け者!」

 陽介が物心ついてからほぼ毎日のように繰り返される、夫婦喧嘩。

 陽介の父と母は、仲が悪かった。母は父がなかなか出世せず稼ぎが悪いのをなじり、父はそれでも働きに出ようとしない母をなじる。

 二人とも、こんなはずじゃなかったと、文句ばかり言っている。

 父は、かつて村で空手が強くて有名だった。学生時代は多くの舎弟を率いて村の子供たちに幅を利かす、ガキ大将のような存在だった。

 しかし、大人になってもそれが続けられる訳ではない。

 父はスポーツが得意な反面頭が悪く、仕事が長続きしなかった。かつての仲間に頼み込んで白川鉄鋼に勤めてからも、出世できずに後輩に先を越されてばかりだった。

 そんな現実が嫌でますます過去にしがみつき、昔従えていた仲間を強引に飲みに誘っておごらせようとしたりするせいで、人間関係でも問題を抱えてしまっていた。

 一方、母もスポーツが得意だった。なかなかの美人で新体操の選手だったので、村では高嶺の花と言われていた。

 彼女は親の期待を背負い、アメリカへ留学していった。

 そしてそこで壁につぶかり、村に戻ってきた。

 自分は村でちやほやされていた、だから誰か力の強い男と結婚してアメリカンホームドラマのような生活をすればいい……そう考えて。

 そんな二人がくっついたのだから、うまくいく訳がない。

 しかし、将来を考え直そうと思い始めた時には陽介が生まれてしまっていた。

 陽介は両親に似て、運動神経が良く頭が単純な子だった。

 それでも両親は、陽介に未来を期待するしかなかった。

 結果、父は手っ取り早く稼ぎが上がるように、陽介にひな菊への口利きを頼んだ。母はそれではだめだと言い、陽介に勉強しろと言い続けている。

 このうち陽介が選んだのが、ひな菊のために腕を振るう方だった。

 それで父親の地位が上がり収入が上がれば全ての問題は解決すると信じ込んで……陽介は大事な白菊の花をコップに活けた。

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