319.新たな道
平和になって開かれた村、しかし安息がいつまでも続くとは限らない。
開かれたからこそ、新たな火種が入って来ることもある訳で……。
戦いは終わらない、しかし戦い方を変えることはできる。
できるだけ恨みを増幅しない、お互いを幸せにする考え方で、新たな戦いの行方は今を生きる者たち次第。
時は、平和に流れていく。
大樹と咲夜は、残された時間を惜しむように二人で過ごすことが増えた。幸せで満たされて、しかし別の道に進む時は確かに迫ってくる。
それでも、前のように不安にさいなまれることはなかった。
自分たちは心からつながっていると、信じられるから。
自分たちと村を守り支えてくれる人が、周りにたくさんいるから。
それにあの菊祭りから、村は活気づいている。村そのものがありのままを受け入れ、吹っ切れて踏み出したように。
災厄を恐れるばかりで閉じこもるよりも、備えたうえで門戸を開こうと。
菊祭りをきっかけに、村への移住を促す動きが始まった。特に、農業をやりたい人や企業が興味を持ってくれている。
その中で、白川鉄鋼跡地の広い空き地を買いたいという企業が現れた。
「いやあ、ここはいい村ですな。
水路や川は細いですが、水量が安定していて干ばつでも涸れにくいのが素晴らしい!わが社の小規模水力発電にはうってつけだ!
ぜひここを、環境モデル村としたい!」
祭りの後、再生可能エネルギー会社の社長が、宗平の下にあいさつにやって来た。
「頭城グリーンの、頭城久朗と申します。
おや、年の近い子がいるじゃないか。久美子、おまえもあいさつしなさい」
「頭城久美子と申します、よろしく」
礼儀正しいがどこか意識の高さが鼻につく娘が、咲夜にあいさつをした。両者父親に促され、握手を交わす。
「これから、この村を起点に持続可能な社会を作っていくんだよ。
農業はその基盤だ、仲良くしなさい」
「そう言ってもらえて嬉しい限りです。
ぜひ手を取り合って進めていきましょう!」
どうやらこの会社は、白川鉄鋼と違って農家を邪魔者と思っていないらしい。これならきっと、前のようなことは起こらないだろう。
咲夜はホッとして、久美子の指先をきゅっと握った。
……というのは表の話である。
この都合がよすぎる来訪者に、既に平坂神社は死霊を使った監視を始めている。
「小規模水力発電をいっぱい作って、菊づくりのビニールハウスの電源に充てる……それだけで終わりゃ、万々歳なんだよ。
でもさぁ……どーもそこが終着点じゃないんだよね」
輝夜の母は社長の話を、輝夜は久美子の愚痴を死霊を使って聞いている。
「やったぞ、村は我々を受け入れてくれる!これで第一段階はクリアだ。
後は村の産業をわが社の発電装置に依存させ、それがなければ成り立たなくなったところで、用途で縛って値を吊り上げるのだ。
そうすれば、農家は環境に悪い農業を転換せざるを得なくなる!
これで私の理想、世界のモデルとなるエネルギーを無駄にしない村が出来上がるのだ!!」
頭城社長は、使命感と正義感に目をギラギラさせて熱く語っていた。
「私はこんなにいいことをしようとしているのに、どこへ行っても、採算が取れんとか現実を知らんとか反対しやがって……だが今に見ていろよ!
この土地が豊かな村なら、電照菊などやらんでも生きていけるんだ!
やれるとこからだ……ここからモデルを作って、世の中を動かしてやる。まずはこの村から無駄な産業を除き、私の力と正しさを見せてやるぞ!!」
久美子は簡素なベッドで、プリザーブドフラワーを眺めて爪を噛んでいた。
「キイイィ気に食わない!
わたくしは環境第一な父と母のせいで、楽しい事がなーんにもできないのに!
あの娘はビニールハウスに管理システムを入れて、旅行?楽しませるしか能のない生花のために、バイオ技術の勉強?
ふざけるな、農家のくせに楽して無駄を貪るだけの豚が!気安く触るなぁ!!」
久美子は父親の荒い鼻息とは違う、地獄の釜の蒸気のような鼻息を噴いた。
「こんなに我慢していいことをしているわたくしより、あの女のがいい生活?有り得ない許せない世の中間違ってる!!
絶対、分からせてやる。
貧苦のどん底で後悔して、悔い改めるがいいわァ!!」
この親子の様子に、平坂親子と浩太はため息をつく。
「あー……うん。社長さんの方は、すっごく昔暴走した文明開化臭がするな。こういう自分が一番正しい人って、本当どの時代にもいるね」
「何か、浩太の親父とおかんみたいな間違った熱気も感じるな。
あと娘の方はさー……ああいう嫉妬、すっげー見たことあるわ。うん、まさに祭りの前の大樹がああなりかけてたね」
このグリーン会社の親子は、父親は過激な環境思想のために、娘は普通の生活への嫉妬のために、自然に逆らう菊づくりを潰そうとしている。
水ではなく、自然に逆らうための電気を締め付けることで。
決して、菊の全てを否定する訳ではない。
食べ物や水といった、生きるのに絶対必要なものは奪わない。
そう考えると、白菊姫よりマシかもしれないが……。
「ダメだな。ああいう奴は一つ削るのに成功すると、もっと他に削れるところはないか考えて、次々強要してくるタイプだ。
それこそ、村の皆が人間らしい生活を送れなくなるレベルに。
結局そうやって他人の幸せを奪うなら、これまでの大罪人共と同じだ!」
輝夜の母が、ばっさりと言いきる。
白川鉄鋼とやり方は違うが、放置すれば良くないのは火を見るより明らかだ。もっとも、それを最初から悟らせない分、厄介なのだが。
だが、今回はそうなるまで放っておく気はない。
平坂神社は、既に異能を積極的に使って様子を伺っている。敵と癒着していたうえサボり気味だった先代とは、違うのだ。
事が起きる前に……できるだけ前でその流れを断つ。
平坂親子と浩太は、即座にその方法を考え始めていた。
そのためのやり方も、これまでと同じではない。敵視して正面から戦おうとしても、敵をさらに怒り狂わせるだけだ。
これまでの災厄は、いつもそうだった。
ならば、これからやることは……。
「ふむ、社長と夫人は厄介だな。以前の浩太の親と同じ、自分の幸せをそこに固定しているから、よほどのことがない限り考えを変えんだろう。
だが、娘の方ならやりようはある!」
平坂親子と浩太は、自分たちのこれまでの経験から敵の隙を暴いていく。
「そうだね。あの娘は自分がひもじいから嫉妬してるんだ。
ならやり方は簡単……僕たちが、欲しいものを与えて満たせばいい。そうするだけで、彼女はその供給源を守る方に回る。
愛し合う幸せを噛みしめて自分にも周りにも優しくなった、あの二人みたいに」
それを聞いて、輝夜が何かを思い出したようにニヤリと笑った。
周りが当たり前にできることができなくて、嫉妬とガチガチの義務感で要らぬ心の壁を作る……そのパターンは最近経験済だ。
敵に同じようなのがいるなら、やり方は分かる。
そうして敵の一部を切り崩し、味方につける。元より社長の構想は時間がかかるものだから、それをさらに引き延ばしつつ、味方にした娘に引き継ぐまで耐えれば衝突は起こらない。
「輝夜ぁ……あの娘、三年でこっちのスパイに堕とせるかぁ?」
母親の剣呑な問いに、輝夜はギラリと牙をむく。
「三年もいらねー、一年で尻尾振らせてやんよ!
あーしの力を使えば、親の目をごまかして与えるなんざ簡単だ。知らなかった蜜の味、骨の髄まで覚え込ませてやる。
ギャルの手管なめんなよ!」
「じゃあまずは、咲夜んちのビニールハウスに招いて夜のゲームパーティーかな」
大罪人だって、きっかけがあれば死んでからでも改心できた。
なら、生きている人間だってできる。
反発して排斥するのではなく、お互いが幸せになる方向で引き込んで手を取り合う。それが、新しい戦い方だ。
そのための人脈は、豊富にある。
これがうまくいけば、恨みの応酬はなくなり、菊を愛する二人の遺したものが他人を傷つけなくて済む。
今を生きる者たちの新たな戦いは、たった今始まったばかりだ。
これまでの大罪人は、みな名前の中に「しらぎく(ちょっと読み替え、分断はあり)」を入れています。
司良木クルミ
司良木クメ
間白喜久代
白川ひな菊
さて、頭城久朗と久美子は……。




