318.幸せな世界
花開いた世界で、たくさんの絆を再確認する咲夜と大樹。
二人と村を支えてくれるのは、村の人だけではない。
村の外から巻き込まれた人たちのその後も。
そして、若い二人の陰で、静かにかつての痛みを乗り越えて分かり合う家族もある。皆が幸せになれる、皆で助け合える村。
咲夜と大樹は、手を繋いで外に出た。
正常な菊の香りをまとった風が、爽やかに流れていく。少し肌寒さを感じて、二人は自然と身を寄せ合った。
「村……すごくきれいだね」
「ああ、きれいだ……」
二人は、夢を見ているように呟く。
実際、二人の目に映る景色は夢のように美しかった。この村に咲き誇る色とりどりの菊が、みんな自分たちを祝福しているように思える。
さっきまでは自分のことも村のことも、悪いことばかり目について気が重かったのに、今は全てを受け入れられる気がする。
自分たちの気持ち次第でこんなに変わるのかと、手品を見ている気分だった。
そんな二人に、方々から声がかかる。
「おめでとう!」
「よくやった!」
同級生ばかりか大人たちまで、二人に祝福の声と拍手を浴びせる。自分たちの恋心はこんなに多くの人にバレバレだったのかと思うと、二人とも夕日のように照れた。
「ご、ごめんなさい……変な意地張って、いっぱい心配させてしまって……」
しどろもどろと言う咲夜に、浩太と手をつないだ輝夜がドヤ顔で言う。
「いーんだよ、もっと浮かれて、恋人しか見えなくなっても。
たった二人がそうなって崩れるほど、村の守りはやわじゃねーし!」
浩太も、力強くうなずいた。
「そうさ、君たちだけで守る訳じゃない。僕と輝夜がいる、陽介と淳さんたちもいる、君たちの親だってまだまだ働ける。
村は、みんなで守るものだ。補い合って力を合わせて、それが一番。
むしろ今君たちが何もしなくなってくれたら、僕たちが穴を塞ぐ手を考えられる。だから、背負いこまなくていい」
そう言われて、咲夜たちは気づいた。
今こうして自分たちを祝福してくれる、自分たちに気をもんでくれた全員が、村の守りを分かち合い補い合える人なのだと。
こんなにたくさんの仲間が見えていなかった自分たちが、恥ずかしいばかりだった。
そこに、あからさまにオタクな一団もかけつけてきた。
「我々も、いつでも手を貸すでござるよ!」
「こんな生身の彼女がいるのにリア充生活を放棄するなど、許されん!亡き同志康樹殿の分まで、幸せになるであります!」
康樹と……そして大樹に手を貸してくれた、白菊姫キャラ化の同志たちだ。
さらに、杖を突いた穏やかなおじさんも。
「そうだぞ、こんな村だからこそ、今手に入る幸せを全力で味わえ!
誰がそうなっても機能する防災体制を、私も一緒に考えてやるぞ」
それは、隣町の救命士だった石田だ。足をやられた後遺症で一線を退いたものの、今は防災の専門家として活動しているらしい。
「根津も、今は会社の情報を集める探偵みたいなことをしとるらしい。
頼めば、二人の幸せから村まで守る力になってくれるさ!」
村を支えてくれる人は、村の外にもたくさんいる。あの災厄で、いろいろな人が縁を結ばれ使命に目覚めた。
それらを束ねれば、村はさらに盤石になる。
それこそ、二人が気を張っていなくても逆に守ってもらえるくらいに。
「そーんな幸せが分からん奴は、こうしてやるでござる!」
いきなり、オタクの一人が咲夜の頭にカチューシャをつけた。さらに他のオタクが、そこに菊の花をブスブスと挿す。
「ひゃああ!?な、何……?」
「いいねえ、ついでに着物もいっちゃえ!」
戸惑う咲夜を大樹からひっぺがし、輝夜が着物を羽織らせる。たちまち、咲夜は簡単な姫姿になった。
「弟君には、これでござるよ!」
大樹の方にもオタクが群がり、ぶ厚いレンズの眼鏡をかけさせ、バンダナを巻いてネルシャツを羽織らせる。
「じゃーん、リアル・白菊姫とキクハラくん!」
「末永く爆発しやがれよ!!」
オタクたちと輝夜がカメラを取り出し、バシバシと撮り始める。真っ赤になって顔を覆う二人の悲鳴は、どこか嬉しそうだった。
その喧騒を遠く聞く公民館の一室で、淳は元妻と向き合っていた。
「あー……そういう訳でな、この村にゃマジでヤベえもんが眠ってるんだ。悪い事は言わん、命が惜しけりゃ隣の原台市にしとけ。
あと、金は送るが、再婚はできねえぞ。
俺は、もし次があったら命張る条件でここに住んでるんだ」
元妻は信じられない顔でたった一言、呟いた。
「……安い訳だわ」
元妻にとっては、何もかも信じがたい話だった。
この村にゾンビが出る呪いがあることも、あの事件が本当はそれによるものだということも、そこで元夫が途中から村の勝利の鍵になったことも。
……元夫が、自分たちのために汚れ仕事に就き、また自分たちを思って反社を裏切ったことも。
しかし、信じるしかない。元夫に救われて心から感謝する人たちが、こんなにいる。ゾンビの写真や動画が残っていて、死体が残らなかった犠牲者がたくさんいる。
真実はおぞましく、そして優しかった。
けれども、全て信じて受け入れるには、かつて夫に受けた仕打ちはあまりに苛烈で。
そんな母の側で、子が呟いた。
「その、父さんが脚切って助けた子の親ってさ……まんま昔の父さんじゃん。
父さん、本当に分かってくれたんだね」
その言葉に、高木夫妻は恥ずかしそうに目を伏せた。
そうだ、淳はかつての自分と同じ毒親と対決し、子を救った。淳はもう、かつての自分と決別したのだ。
そのうえで、元からあった元妻子への愛は揺るぎない。
「もう、あなた……別れたのに……こんな無茶して!」
元妻の目から、温かい涙が流れる。
「見捨てられる訳ないじゃない、こんな人……!
私たちは、あなたなしじゃ生きられなかったのよ。あなたが私たちのためにあんな事をしたなら、私だって……村に償わなきゃ!」
「では僕たちを助けると思って、しばらく僕たちの家に住んで管理してもらえませんか?」
高木俊樹の差し出したハンカチを、元妻は受け取った。
すぐ傷が癒える訳ではないけれど、受け取れるものはある。高木家に向かって歩きながら菊の花畑に囲まれて、再会した家族は再び切なくも笑みを交わした。




