316.幸せに
咲夜の演技の後、それに目を奪われた自分の思わぬ不手際に愕然とする大樹。
しかし、周りの大人たちはそれを責めず、背中を押してくれます。
しのぶれど色に出でにけり、とはこのこと。
そうまでなったものは無理に我慢するよりも……。
「おーい大樹君、撮れたの?」
不意にかけられた声で、大樹ははっと我に返った。
そして、ようやくカメラをのぞいていないことに気づいた。
「あ……しまった、すみません!!」
思わぬ不手際に、大樹はぎゅっと唇をかんだ。
あれほど魅了されまいと心に決めて、自分にそうならにように役割まで課したのに、何だこの体たらくは。
結局、目を奪われて役割を果たせなかったじゃないか。
(だめだ、こんなんじゃ……村を守れない!
もっともっと、心を強く持たないと……俺は……!!)
しかし、愕然として己を責める大樹に、スタッフが優しく言った。
「大丈夫だよ、そんな顔しなくても。ビデオならちゃんと、あと二人撮ってる人がいるから、それで何とでもなるさ」
「はい……ありがとうございます」
安堵しながらも、大樹は情けないやら不甲斐ないやら。
自分から引き受けた役割なのに、他の人頼みになってしまって。これが有事で代わりのいない事だったら、どうなっていたか。
だが、必死に歯を食いしばって己を責める大樹の肩に、ポンと優しい手が置かれた。
「そんな顔しなくていいって。
誰か一人が全部背負わなくてもさ……」
「すみません、こんなんじゃ任せられませんね!
もっともっと集中できるように……きちんと、自分を鍛えてきます!」
「違うよ……そういう意味じゃない。
君、咲夜ちゃんのこと気になるんだろ?だったらきちんとそっちに向き合って、君の中で答えを見つけた方がいいよ。
こんなに何も手につかない状態で無理しても、いいことにならないよ!」
他人だと思っていた人に図星を突かれて、大樹はゆでダコのように真っ赤になった。
気が付けば、周りの大人たちが心配そうに大樹を見ている。みんな、大樹の心中を知っていた見ていたというのか。
大樹は焦りながら、頭を下げた。
「ごめんなさい、心配をおかけして!
すぐ、一緒にはならないって伝えますから……」
「だからね、違うって!」
いつの間にか側に来ていた森川が、大樹の顔を覗き込んで言った。
「あのねえ、背負いこんで自分を犠牲にするなって言ってんの。
はっきり言うけど、今の君と咲夜ちゃん、周りから見ててすごく痛いんだよ。自分の気持ちを必死で押し殺そうとしてて、無理に使命に没頭しようとしててさ。
こんなに見てすぐ分かるほど出ちゃってるのに、ダメだよこんなの。
もっと自分に正直になって幸せにならないと、他人や村なんて守れない!」
他の大人たちも、うんうんとうなずく。
大樹と咲夜がギクシャクしながらそれぞれの使命に向かおうとする姿に、大人たちは皆気をもんでいた。
このままでは、それこそ村の守りに歪みが生じかねないと。
森川は、チラッと舞台の方を見てささやく。
「咲夜ちゃんが何で焼却炉の鍵かけなかったか、知ってるでしょ。
ひな菊にできることが自分にはできない、自分はこんなに真面目にやってるのにって……嫉妬と不公平感が爆発しちゃったんだよ。
だからね、自分を犠牲にして我慢し続けるとそうなるの。心が狭くなるの。
君と咲夜ちゃんが両方そうなったら、目も当てられないよ!」
その指摘に、大樹はぎくりとした。
確かに最近、思い当たることがある。
学校で堂々と恋愛をしている他の子を見るとモヤモヤして、自分とは違うと思い込もうとしても消化しきれず、必要以上に厳しくしていたかもしれない。
それで陰で悪く言われたと知っても、自分には立場があるんだからと鉄板のように胸を張ってさらに正論を展開していた。
おまえらはこんなに幸せなんだから、もっと我慢しろよとばかりに。
これで人を率いられるかと言われたら……説明するまでもない。
青くなって黙り込んだ大樹に、森川は温かく声をかけた。
「だからね……君たちはまず、幸せになりなさい。
思う存分語り合って想いを伝えて、心の底までさらけ出せて何があっても信じ合って支え合える関係になりなさい。
そういう人がいてこそ、人は正しく歩めるものだよ」
そこで、森川の眉がまた悲しそうに下がった。
「そういう人がいないまま使命や理想に向かって突き進むと、それこそ白菊姫や白川元社長みたいになっちゃうだろ。
ていうか、これまでの大罪人はみんなそんな感じだよ。
才能は間違いなくあるし、元は幸せを求めてたんだけどね……」
瞬間、大樹は雷に打たれたようだった。
さっき、自分も同じことを考えたじゃないか。
白菊姫と咲夜の運命を分けたのは、心を許せてどんな時も見捨てない、本当にその人を思う仲間がいたかどうかだと。
大樹は、あの災厄では自分がそうなれて本当に良かったと思った。
なのに今、なぜ自分と咲夜はわざわざ心を許せない関係でいようとしているのか。
これでは、自分も咲夜も白菊姫と同じになろうとしているようなものだ。
自分の大切なものを大切にできない人が、他人を大切にできる訳がない。自分を許せない人は、他人も許せない。
咲夜も自分もそうなってしまったら、村を守るどころか自分たちが次に災厄の火種になってもおかしくない。
そうなった時、自分はこんなに我慢したんだと言っても通用しないのだ。
大樹は、自分がどんな馬鹿な事をしていたか気が付いた。
気づいたら、目の前に一気に道が開けた。
「ありがとうございました、行ってきます!」
結ばれた方が全てのためにいいなら、もう迷うことなど何もない。大樹は大切な人に向かって、弾丸のように駆けていった。




