312.あれから~幻の恋人
死者との恋つながりで、大樹と亡くなってしまった兄回。
同じ死者への恋でも、大樹の兄の結末は陽介とは真逆のものだった。
大樹が恋に死んだ兄のために、そして村のために作り上げたものとは。
昨今、歴史ある人物はだいたいゆるキャラ化していると思う。
「大丈夫だ、陽介は生きて自分の未来に向かってる。
死人と恋人になったって、それができてればいい」
大樹は、遠い目をして呟いた。
死者への恋という話で、つい思い出して胸の奥が痛くなった。
伝説の中の白菊姫に恋をし、危険も将来も頭から吹っ飛んで助けようとし、食い殺されてしまった兄のことを。
兄の康樹は常々、白菊姫に会いたいと鼻の下を伸ばしていたけれど……あんな終わり方で満たされたとは思えない。
会えはしたけれど、結局一緒にはなれなかった。
康樹がすぐに介錯されて、呪いから解放されたから。
何より相手の白菊姫も、こんなの望んでいなかった。康樹を食ってしまった自分に愕然とし、心を痛め涙していた。
康樹だって、愛しい白菊姫のあんなところは見たくないだろうに。あんなに悲しませたくは、なかっただろうに。
二人共の、望まぬ結果になってしまった。
いや、二人だけではない。周りの誰も望まなかった。
家族はもちろん、康樹に生きていてほしかった。たとえ二次元の美少女に溺れていても生きてほしいから、家に残したのだ。
それが、あんな風に裏目に出るとは。
運命とは、時にとことん残酷なのだ。
あの時のことは家族の皆が納得できなくて、何度もああだったらこうしたらと話し合った。それでも、納得できる答えは出なかった。
出る訳がないのだ。やり直せないのだから。
残された者にこんなひどい思いをさせて、自分だけときめいた末無責任に逝って、あれほど罪な恋はないと思う。
だが、顔をしかめる大樹に、浩太は言った。
「……でも、夢の中だけでも叶えてあげたいんだろ?
次の菊祭りで、デビューさせるらしいね」
大樹は唇を噛みしめながら、うなずいた。
正直、あれを世に出すかどうかは悩みに悩んだ。家族にも正気かと怒られたし、自分でも泣きたくなることがあった。
それでも大樹は完成させた……白菊姫と共にあり続ける、兄の分身を。
白菊姫は、ゆるキャラのようなものになると決まった。
善の一面でも悪の一面でも語れない、忘れてはならない教訓の人。まともに語ると重いから、手軽なキャラクターにした。
看板やグッズのイラストは、康樹の遺したデザインが元だ。
康樹は元々、白菊姫の漫画かアニメを作りたかったらしい。そのために、オタクの掲示板にオリキャラとしてよくイラストを貼っていた。
大樹は兄の生きた証として、その夢を一部叶えてやることにした。
兄のネット上のオタク友達の力も借りて、遺されたイラストを一人のキャラクターにした。
村の伝統の語り手にして、案内人。菊をこよなく愛し、その魅力を広めるために黄泉から脱走してきた、菊に一途な女の子。
康樹が望んだままの、白菊姫の設定だ。
その傍らに、現代の案内人として男のキャラクターがつく。
眼鏡をかけてあからさまにオタクな服装の、白菊姫が大好きな男。
菊が好きすぎて暴走する白菊姫にツッコんで、皆と仲良く菊づくりをする方法を教えてあげたりする面倒見のいい兄貴。
名前はさすがに村名の『キクハラくん』となっているが……。
これが、大樹が生まれ変わらせた兄の姿だ。
村ある限り、菊祭りある限り、村の紹介に使われていつまでも白菊姫に寄り添っていられるように。
しんみりした空気を払うように、輝夜が茶化して言う。
「いいじゃん、黄泉まで公認だよ……キクハラくんも含めてさ!
野菊様も白菊姫も、歓迎するってさ」
咲夜も、切ない顔でうなずく。
「うん、菊の魅力を伝えるのは、元々白菊姫のやりたかったことだから。きっと大樹に感謝してるよ。
災いを忘れないことも……野菊の心からの望みだから。
大樹はもう、立派に村のために働いてる」
普通なら、思い出すのも嫌になるできごとだろう。身内を手にかけた化け物を憎み、誰があんな奴のためにとそっぽを向いてもおかしくない。
だが、大樹はそれを乗り越え、未来のために残す方を選んだ。
これだけでも、とても大きな決断だ。
大樹はふーっと長い吐息とともに言う
「俺と兄貴のいろんなものが報われてほしいって……それだけだ。
俺らだけなら、蓋をした方が楽かもしれない。けど、そうやって忘れようとしてまた同じことが起こったら……俺は、その時こそ耐えられないと思う。
それに、兄貴が白菊姫を好きになったことも……無駄じゃなく、したいんだ」
本当は、白菊姫一人の方がキャラとしては使いやすいだろう。美少女キャラなんだから、側に男などいない方が売れるかもしれない。
だが、あくまでセットで出すようにしてある。
純粋で周りが見えなくなりがちな白菊姫には、ツッコミ役が必要だ。決して、甘やかして好き勝手させてはならない。
その結果、村には今でも呪いが残り続けているのだから。
今後少しでもそういう者が出ないようにという、教訓なのだから。
白菊姫に本当の罪を教えたのは、他でもない康樹だ。だからこの役目には、康樹の分身がふさわしい。
その身をもって、その優しさをもって、白菊姫に人の苦しみを教えた康樹が。
そして康樹もまた、キクハラくんの元ネタとして村に語り継がれ、教訓を与え続けるだろう。
恋をするのはいいが、浮かれて現実が見えなくなってはいけないと。
菊しか見えなかった白菊姫と、白菊姫しか見えなかった康樹……ある意味似た者同士だなと、大樹は苦笑した。




