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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
311/320

311.あれから~黄泉

 輝夜と陽介が絡む、災厄後に始まった黄泉との交わり。

 災厄でけじめをつけられなかったとある大罪人の願いと、変化した行動。


 そして、現世での変化も相まって陽介が心の彼女にしたのは……陽介の真ヒロインはひな菊なんかじゃなかったんだ!

 黄泉との交流……それは、あの災厄の後にできるようになったことだ。

 平坂の巫女は代々、死霊の声を聞いてきた。しかしこれまでは、それはあくまで地上にいる死霊に限られていた。

 しかし、災厄の後、黄泉にいる野菊たちと少しの時間なら直接話せるようになった。

 詳しいやり方は平坂を継いだ母子にしか分からないが、野菊が黄泉で大罪人に伝える力をあれこれいじってみた副産物らしい。

「これで、いつでも家のことや村のことを話せるわね。

 正直、今まですごく悔しい思いをしてきたのよ。……村がどんなに間違った方向に進んでも、見ていることしかできなくて。

 それに、こうして直接話せるようになれば、清美みたいに存在そのものを否定することはできないでしょう」

 いわば、黄泉とのホットラインというべきものだ。

 これまでのただの死霊の声と違い、野菊直々のお告げが聞けるとあらば、村に与える影響はけた違いだ。

 野菊にとっても平坂家にとっても、ありがたい。

 実際これで平坂母子は、よそ者にも関わらず早々に村からの信頼を得た。

 清美と聖子の一件は、村人たちの平坂神社への信頼を半壊させた。これで新しい当主が信頼を得る前にまた災厄が起こったら、目も当てられないことになったかもしれない。

 それを防ぐために、新たな平坂親子は本来人が踏み込む領域ではないと知りながら、野菊の呼びかけに応じて交信を始めた。

 そしてそれは今のところ、うまくいっている。


 ……それにしても、野菊だけなら良かったと輝夜は時々思う。

 その身に一時宿らせて話をするにしても、元が巫女ならきちんとわきまえてくれる。黄泉と現世、生者と死者の境を侵そうとすることはない。

 だが、それ以外は……それでも野菊が許した以上、大罪人の中では改心して分別がついている方なのだが。

 それでも輝夜は、もう一人を下ろして陽介と話すのは気が重かった。


 そのもう一人というのが、司良木クルミだ。

 野菊曰く、クルミは黄泉に帰ってから、野菊が意識を戻してやるたびに、地上にいる間に村人に謝れなかったことを悔いていたという。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、やるって言っておいて!

 これじゃ、四代目のあの子に申し訳が立たない!あの子にばっかりやれって言っておいて、私がこんなんじゃ……。

 お願いです、どうか私に、村の人たちに謝らせてください!!

 私も白菊姫のように、自分から生じた因縁にけじめをつけたいんです!!」

 これだけの年月が過ぎておいて今さら感はあるが、本人が謝りたいと言っているのだからつないでやるべきだと平坂の当主は判断した。

 何より、陽介と楓を巡る因縁はまだ終わっていない。

 将来に向けてそれを少しでも軽くできるなら、クルミが罪を認めることで陽介への村での当たりがましになるなら、やるべきだ。

 当初の目的は、それだったのだ。

 そうして多くの村人たちが集まる中、クルミは輝夜の体を借りて謝罪した。自分と母クメの独り善がりを反省し、その災厄の罪は自分にあると認めた。

 さらに、大昔の自分との関係で不幸になってしまった楓と陽介にも謝り、どうかこれ以上苦しめないでと涙ながらに訴えた。

 そんなクルミに、陽介も謝った。

「ごめんな……おまえ、本当に俺のことこんなに思ってくれてたのに!

 おまえのこと信じて言う通りにしたら、母ちゃんといられたかもしれないのに!

 俺、おまえのこと敵としか見てなくて……ひどいこと言って、おまえが助けようとするの無駄にして、本っ当にごめん!!」

「ううん、信じてもらえなかったのは私がしてきたことのせいだから。

 お母さんのこと……帰ってきたら、今度こそ大切にしてあげて!」

 陽介はクルミと心から通じ合い、お互いのしたことを詫びて抱き合った。

 クルミは陽介のことを心から応援していると伝え、体はなくても心は側にいるから頑張ってと激励した。

 この感動的な光景に、もらい泣きする村人が続出した。

 クルミの謝罪は確かに、見今度通りの効果があった。

 ……ここまでですっぱり終われば、何の問題もなかったのだ。


 誤算だったのは、陽介がそれから思った以上にクルミに惚れ込んでしまったことだ。

 だが、陽介の周りの状況を考えれば当然かもしれない。

 陽介には、気兼ねなく本音をさらけ出して支え合える年の近い味方がいない。咲夜たちには、迷惑をかけまくったうえ世話になりっ放しなのでとても対等には付き合えない。

 そのうえ陽介はこれまで、こんなに女の子に親身にされたことがない。

 陽介が本人も意識せず抱いていた心の隙間……仲良くする女の子がほしい、罪を犯してもやり直せる手本や同志が欲しいという望みに……クルミがすっぽりはまってしまった。

 それから陽介は、クルミのことを知りたがるようになった。

 咲夜たち一家が禁忌のことで東京に行くことになった時は、一緒について行ってクルミのいた学校を見てみたいと言い出した。

 そこには、生きていた頃のクルミが写った白黒写真が残っていた。

 女子教育の歴史を今に伝え、先人たちの足跡を称える記念館の中に。

 そこで陽介は、クルミの生きていた頃の状況を知った。勉強ができるのは当たり前ではなく特権のようなものだったこと、それでも世界について行くために高い学費を払ってさせるとても尊い投資だったこと。

 勉強は大切だと言っていた、あの夜のクルミの言葉が陽介の胸に染みわたった。

 折しも沢村家で勉強の大切さに気付き始めていた陽介は、クルミのすごさを思い知って己を恥じた。

 この時から陽介の中で、クルミは理想の女の子になった。

 勉強ができて文武両道で、悪いことをしたと分かったらきちんと潔く謝れる。おまけに罪人として、自分と同じ悩みを分かち合い応援してくれる。

 陽介にとって、これほどいい女が他にいようか。

 災厄の夜に戦う力を認められ結婚してもいいと言われたドキドキも相まって、陽介はクルミにどっぷり惚れてしまった。

 どうせ生きている女でこういう仲になれそうな奴はいないから、死んでいたって構わない。生と死の境を隔てた、遠距離恋愛みたいなものだ。

 それに、輝夜に頼めば時々会うことはできる。

 そんな訳で、陽介は幸か不幸か、思春期になっても他の女に手を出さなくなっていた。


 この陽介とクルミの関係を、咲夜たちも輝夜も内心心配している。

 生者と死者は、本来こんなに深く交わるべきではない。このままでは、陽介が心まで黄泉に引きずり込まれてしまいそうな……。

 しかし輝夜の母は、今はこの方がいいとして続けさせている。

「いいか、母親がいないってのは、わがままな女にとっていい条件だ。あいつの寂しさと性欲をフリーにしておいたら、あいつは悪い女にコロッと落とされてしまうかもしれん。

 そうしたら、あいつは悪い女のせいで母親を迎えられなくなる。おまけに、その女に金と信用を搾り取られたあげくまた悪い道に引き込まれるかもしれん。

 クルミがそれを防いでくれるなら……あいつにも村にも、その方がいい」

 しっかり将来のことを考えた、大人の意見である。

 不安定な次代の守り手を安定させるためには、死霊でも使えとばかりに。

 村の大人たちも、黙認している。これで自分の可愛い娘が陽介とそういう仲にならずに済むと、内心安堵して。

 歪んではいるが、都合がよくもあるのだ。


 それに、この関係でいい方に向かっていることも確実にある。

 陽介とクルミは、お互いに支え合いつつ母との関係を諦めないと決めた。

「あなたがお母さんを探すように、私もお母さんとやり直せるように話してみる。私はお母さんの分身じゃないって、分かってもらったうえでまた仲良くなってみせる。

 私が幸せになるためにこれじゃだめだって、きっと分かってもらう。

 そうしたらきっと、お母さんも謝ってけじめをつけられると思う」

 クルミは災厄の中で母の本性に触れたことで、今までの自分の育てられ方と母との関係を省みるようになった。

 他ならぬ最愛の娘が向き合えば、クメの頑なな心も解かせるかもしれない。

「どっちが先に、お母さんと幸せになれるかしら?うふふ」

 クルミもまた陽介に支えてもらって、さらなる贖罪にぶつかっていく。

 それで大罪人が己の罪と向き合い、因縁にけじめをつけていくことは、野菊の切なる願いでもあった。

 いつか呪い自体を解きたい浩太や咲夜たちにとっても、助けになるだろう。

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