310.飛び立つ時
共に村を守ろうと誓った仲間でも、まだ子供であるがゆえに別れる時はやってくる。
それぞれの将来の役割と、目指すものが違えば当然。そのための学ぶ場所は、一緒にいたくても一緒にはならなくて……。
浩太の家のその後が明らかになります。
歪な一家は、災厄を経て幸せになれるのか。
「……で、いいのかい大樹君は。このままで。
浩太にはあーしがいるけど、君はまだ決めてないんだろ?」
一緒にいると、輝夜は下世話な話を振ってくる。それも、見せつけるように浩太と腕を組んでべったりくっついて。
「べ、別に俺はそんな……」
大樹が恥ずかしくなってそっぽを向くと、輝夜は声だけは真面目に言う。
「今はこれでいいかもしれない。
でも、いつまでもこうしていられる訳じゃないよ。あーしらが並んでいられなくなるまでに、あと半年もないんだ。
そうなる前に、きちんと考えなきゃ!」
確かな現実を突きつける言葉に、大樹は思わず押し黙った。
そうだ、分かっている。いつまでも、いつも一緒にはいられない。
五人がそれぞれの未来、それぞれの役目のために別々の道を行く日は、日一日と迫っている。
中学を出たら、大樹と咲夜は違う高校に進む。
大樹はいずれ役場の上の地位につくために、普通科の高校へ。咲夜は菊づくりを継ぐために、農業高校へ。
もちろんその先の大学も別だろう。
最終的には二人とも村に戻って来て、また村を盛り立てるために力を合わせることになるが、しばらくは時々しか会えなくなる。
お互い自分の意志で選んだから、多分後悔はしない。
けれど、今ほど簡単に顔を合わせることはできなくなる。
その前に、伝えたいことはきちんと伝えて、築きたい関係の基礎を固めておけと、輝夜は言っているのだ。
ふと咲夜の方を見ると、咲夜は少し顔を赤らめて俯いている。
わざわざはっきり言わなくても、基礎はできていると信じたいが……。
それに、今固めてしまうことで咲夜の自由な心を縛りたくはなかった。だから大樹は、いくら一緒に居ても言い出せずにいた。
「本当にいいの?
今なら僕がフォローしてあげられるけど……次の春には、それもしばらくできなくなる」
浩太が、生意気にも先輩面でささやいてくる。
だが、本当にそっち方面では先輩になったので言い返せない。それに、この頼もしい友が離れてしまうのは事実だ。
浩太は、学校だけでなく住処も離れてしまう。
浩太はこれから民俗学を研究できる大学を目指し、それと同時に神主になるべく修行を積まねばならない。
平坂の婿になるのもそうだが、浩太には目標があった。
「僕はね、いろんな地方の伝承や信仰を研究して……最終的には、この村の呪いを解くか封印する方法を見つけたい。
そして、囚われた魂を解放してやりたい。
ひな菊は、僕が家族への憂さを晴らすために陥れてしまったようなものだ。巻き込まれて黄泉に囚われた人たちも……何とか、助けられたら」
浩太は、自分の八つ当たりが多くの人を巻き込んでしまったことを後悔していた。
それに、家族の事情もあった。
浩太は春になったら、家族ぐるみで都市の近くに移り住む。家族が、それを必要としているから。
片足を失った兄の亮は、失った足に義足をつけて陸上を続けている。障害がある者のスポーツは競技人口そのものが少ないため、元が優れていた亮にはパラリンピックの強化選手として声がかかった。
「良かったね、兄さん。今度こそ、思いっきり走って」
戸惑う両親より先に、浩太は兄を祝福した。
きちんと認めてもらえて自分を支えられるようになった浩太は、自分と違う兄の躍進を素直に喜べるようになった。
むしろ、将来の稼ぎを考えて今度は自分の方に入れ込みがちになった両親を、兄の方も向かせたかった。
都会で同じようなアスリートの親や家族まで見てくれるコーチと付き合えば、両親もちょうどいい具合を掴むだろう。
そういうもろもろの事情があって、浩太はしばらく村を離れる。
「フフッあーしは力を使えば浩太のことなんか、ここにいてもいくらでも分かるけどさ……咲夜ちゃんはそうじゃないでしょ」
輝夜が、いたずらっぽくささやいて笑う。
「ちょ、輝夜……さすがに重い!
けど、そんな所が頼もしくて好きだよ」
輝夜のさらっとした監視宣言に浩太はちょっとぼやいたが、顔はまんざらでもなさそうだ。それだけ信頼しているのだろう。
咲夜と大樹だって、信頼はし合っている。
だが、それは村の未来を考えた、そういう意味で結ばれなくても成立してしまう関係だ。だから二人の淡い想いまで、このままで保証されるかと言われれば……。
「ね、咲夜ちゃんさ、このままだと学校一緒になるのは陽介じゃん。
その間にこっちと仲が深まっちゃったりとか、考えない訳?」
そう、咲夜と陽介は一緒に農業高校に進学する予定だ。
咲夜は菊づくりについてもっと本格的に学び、農家をまとめる立場につくために。陽介は、猟銃を使えるようになるために。
だから高校になったら、咲夜一人で陽介に勉強を教えたりすることも増える。課外活動も、一緒にするかもしれない。
そんな咲夜を、今の陽介はとても尊敬し頼りにしている。
そして陽介も、咲夜にとって、頼れるたくましい男に成長した。
この二人が大樹の見ていないところで、大人へと変わっていく青春の時を共にするのだから……。
しかし、どぎまぎする大樹の側で、陽介はあっけらかんと言った。
「安心しろよ、俺は咲夜に手を出したりしねえ。そんなことする資格は、俺なんかにゃないって分かってる。
それに俺には、クルミさんがいるからな!」
その一言に、全員の顔が引きつった。
輝夜が、悲しい笑みで呟く。
「まあ、支え合う人ができたこと自体は悪くないよ。黄泉との交流も、行きすぎなければ、まあ……本来人がやることじゃないけどね」




