31.禁忌と面子
白菊の禁忌を知ったひな菊は、村の老人たちや咲夜たちの面子を潰す最高の方法を思いつきます。
やり方は、もう分かりますよね?
そして、その実行犯として、一人の男子が呼び出されます。
彼を禁断の行為に駆り立てる、家の事情とは……。
その夜、家に帰ったひな菊は考えた。
白菊塚の伝説を村の老人たちがどのくらい妄信しているかは、よく分かった。田吾作や農家の老人たちにとって、あの伝説は宗教と同じなのだ。
白菊姫の身勝手に対して、神が罰を下し死霊をあふれさせた。
それが彼らにとって現実だから、白菊姫は悪者で間違いないと彼らは思っている。
要は、そういう事だろう。
ひな菊は、呆れてため息をついた。
「は~、馬鹿らしい。呪いとか祟りとか、どこの世界の話よ!
しかもこんな頭沸いたような話を子供たちにも広めて語り継いでるって、時代遅れもいいとこでしょ。
あんなオカルトで脚色されて悪者にされたんじゃ、白菊姫もたまらないわね!」
それを演じるだけで笑われる自分は、もっとたまらない。
しかも、父も先生もやめる事を許してくれなかった。このまま学芸会の日が来てしまえば、自分の面子は丸つぶれだ。
だが、それを回避する方法ならある。
白菊塚を見に行って、思いついた。
(でもね、要するにその評価は死霊とか神とかいうバカ話への侵攻あってのものでしょ。
だったらそれが事実無根だって証明しちゃえば、もう白菊姫が悪者だって根拠がなくなるわよね?
そうしたら、逆に村のジジイ共や咲夜たちの面子が丸つぶれよ!)
方法は簡単だ。村の老人共が嘘話を本物に見せるために広めている禁忌を、破ってしまえばいい。
中秋の名月の夜に、白菊塚に白菊を供える。そして何事も起こらなければ、あの伝説が嘘だと証明できる。
そうなれば、村の老人や咲夜たちがほら吹きで、自分が真実を明かした勇者だ。
「ふふふ、見てらっしゃい!迷信まみれの老人共、バカな咲夜と浩太たちも!
パパだって……あたしはもう子供じゃないって、見せてあげるわ!」
ひな菊は傲慢に歪んだ笑みを浮かべ、電話に手をかけた。
三十分後、ひな菊の自室に一人の男子の姿があった。
もうだいぶ夜も更けて、本当なら子供が出歩いてはいけない時間だ。こんな時間に呼び出しをかけても、素直に来る子は少ないだろう。
だが、それでもその男子はやって来た。
ひな菊は、ニンマリと笑ってその男子に声をかけた。
「よく来たわね、陽介。
さすがに、あんたは役に立つわ!」
呼び出したのは、ひな菊の取り巻きの中でも荒事を得意とする福山陽介だ。気に入らない奴への暴力制裁や、いたずらにかこつけた嫌がらせを主に担当している。
ただし、頭はさほど良くなく空気を読めないところがあり、先日はクラスの大半が咲夜支持に回る中で咲夜に暴力を振るおうとしたため、ひな菊の足を引っ張ってしまった。
だから陽介は、今はひな菊の取り巻きたちの中で立場がなくなりかけている。
それをどうにか挽回しようと、夜遅くの呼び出しにも応じて駆けつけて来たのだ。ひな菊も、そんな陽介の状況を知っていて呼び出した。
ひな菊は、単刀直入に任務を告げる。
「あんたにやってほしい事は一つ……中秋の名月に、白菊塚に白菊を供えてきて!」
それを聞くと、陽介はびくりと身を固くした。
「それって、あのお化けが出るっていう?」
「何よ、あんたともあろう男がビビッてんの!?」
ひな菊に罵られて、陽介はしどろもどろと言った。
「いや、別にお化けが怖いとかそういうんじゃなくてさ……あそこは毎年、もっと怖いジイさんたちが猟銃持って見張ってんだよ。
白い菊を供えに来る奴がいないか、一晩中目を皿のようにして見張ってる。
さすがの俺もさあ、銃を持った大人が何人もいる所にゃ突っ込めねえよ。もし白い菊を持ってきて強引に供えようとする奴が出たら、ガチで容赦しないって話だぜ!」
「ふーん、そう……そこまでやってるんだ」
ひな菊はそれを聞いて、ますます白菊を供えてやりたくなった。
だってそこまでして守っているということは、相当破られたくないに違いない。厳重に守られている禁忌ほど、破られた者の面子は潰される。
これはもうやるしかない……ひな菊は、嗜虐的に笑って陽介に言った。
「誰が正面突破しろなんて言ったのよ。
仕掛けはあたしが準備するわ、あんたは言われた通りにやってくれればいいの」
それを聞いて、陽介の顔が少し緩む。
陽介は、自分の頭の悪さとひな菊の悪知恵をよく知っている。これまでだって手を下すのは自分だったが、自分が致命的なダメージを被らないようにひな菊はいつも手を回してくれていたのだ。
だから今回も、それなら何とかやれるかもしれない。
それでも、陽介の顔はまだだいぶこわばっていた。
その原因は、恐怖だ。陽介の家は農家ではないが、白菊塚の禁忌については幼い頃から耳にタコができるほど聞かされている。
絶対に供えてはいけないと、厳しく言い聞かされた。もし供えれば、どうやっても償えない罪を背負うと、おどろおどろしく脅された。
その恐怖は、簡単に拭いきれるほど軽くはない。
しかし、それを越えさせる力を持った一言を、ひな菊は発した。
「成功したら……あんたのパパが課長になれるように、パパに頼んであげる!
よかったら、お祝い金だってあげるわよ?」
「!!」
聞いた途端、陽介の目の色が変わった。
自分の功績で父を昇進させる、それは陽介の悲願だ。そのために、陽介は今までひな菊の命じるままに汚れ仕事をこなしてきたのだ。
(そうだ、親父が課長になれば給料が上がって……母ちゃんとも仲良く……)
陽介の頭の中に、バラ色の未来が広がる。
父親の給料が上がれば、母親も文句を言わなくなって家庭は円満になるはずだ。それに課長になって周りから尊敬されれば、きっと父親と周りのトラブルも減る。
陽介が家にいたくないくらい嫌な事が、万事解決するように思えた。
陽介は、意気込んでうなずいた。
「うっす、任せてください!」
そんな陽介に、ひな菊は満足そうに微笑んだ。
これで明後日の夜には、禁忌は破られ老人や咲夜たちの面子は丸つぶれになるだろう。その慌てふためく顔を想像し、ひな菊は楽しそうに月を見上げた。




