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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
308/320

308.次代の戦士たち

 陽介と、そして共に村を力で守る最前線の戦士たち。

 災厄で壊滅した猟師たちの穴は、誰が埋めることになったのか。


 田吾作が次代のために引き入れた、陽介の先輩となる即戦力たち。

 償いたい者、自分が失わせてしまったものを取り戻したい者……災厄で結ばれた縁の、後日譚。

「陽介……おまえ、本っ当たくましくなったな」

 大樹が、若干押され気味に言う。

 陽介は、もう自分で罠を使って獣を獲れるようになった。ある意味咲夜や大樹たちより、ずっと生きる力をつけてたくましくなっている。

 もっともそれは、他人より早く自力で生きていけるようにならねばならない、必要に迫られての面もあるのだが。

 田吾作やタエが、あとどれくらい陽介の側にいられるか……そう長いことはないだろう。

 陽介は、少し切ない顔で呟いた。

「ああ、父さんと母さんも、最近ちょっと肩の荷が下りたような顔するんだよ。

 ……父さんは、最近俺が一緒に行かねえとデカい獲物を運ぶのがつらくなってきてる。だから、もっと俺がしっかりしねえと」

 陽介が内面までしっかりしてきているのは、残りの時間を陽介自身が実感してきているせいもある。

 そして、そうならなければ受け入れてもらえない立場も。

「けど、時々……俺がマッチョになってくの見て、怖がったり嫌がったりする人はいる。その……死んだ父ちゃんに似てきたって」

 陽介がたくましくなるにつれ、それを不安に思う人も増えている。

 かつての猛を思わせる強靭な肉体と、自力で生きていける力と、村に欠かせぬ立場……陽介がそれらをかさに着て横暴にならないか心配しているのだ。

 だから陽介は、父とは違うということを周りに見せねばならない。

「そっか……だったらこの鹿も、そういう人たちのところに……」

 咲夜が言うと、陽介は神妙にうなずいた。

「ああ、これから獲れるヤツはできるだけそうするつもりだ。それで少しでもかけてきた迷惑を償って、父ちゃんとは違うって分かってもらえるなら。

 ……けど、そういう意味じゃ、咲夜に真っ先にお返ししてえからさ。

 いろいろ教えてくれたり取りなしてくれたり、ありがとよ!」

 陽介は、災厄の前からは考えられない深い感謝を咲夜に向けていた。


 実際、咲夜たちは陽介のためにいろいろ手を貸してやった。

 まず、学校でいじめられないように守ったこと。ひな菊のグループは工場で犠牲になったり転校したりで瓦解してしまったため、咲夜たちが守らないと陽介がどうなるかは分からなかった。

 それから、陽介に勉強を教えてやったこと。陽介がそれが必要だと気づいても、もう自力で取り戻せる遅れ具合ではなかったのだ。

 生きていくためにある程度の学力は必要だと気づいた陽介は、かつては目の敵にしていた咲夜たちに頭を下げて頼みに来た。

「頼む、勉強教えてくれ!

 これ全部やって、いつか帰ってきた母ちゃんに見せてやりてえんだ!!」

 陽介の手には、いなくなった母が置いて行ったたくさんの白紙のドリルがあった。低学年のころから、買ってもらってもやらずに溜まっていたものだ。

 新しい家庭で社会の仕組みを教えてもらって、陽介はようやく勉強は必要なんだと気づいた。

 そして、いなくなった母のやろうとしていたことは正しかったんだと分かった。楽な方に流れて母を裏切り続けた自分が、どれほど間違っていたかも。

 そんな陽介に、咲夜たちは勉強を教えてやった。

 それで災厄後の休みがだいぶ潰れるくらいには。

 おかげで、陽介は中学でもそれなりに勉強についていけている。全部やりきったドリルは、宝物のようにしまってある。

 咲夜たちは今や、陽介の人生の恩人だった。


「陽介……本当に、変わったね。

 今のあんたになら、安心して背中を預けられるよ」

 咲夜は、しみじみと呟いた。

 陽介は、きちんと次世代の戦士として育っている。あの災厄を心に刻み、新しい親の下で己を省みて、自分を支えてくれる者への感謝を胸に生きている。

 これならもう、前のように非常時に目先に囚われて判断を誤ることはないだろう。

 もし次の災厄があったら……あってほしくはないが……陽介は咲夜たちの頼もしい味方となってくれるだろう。

 前の災厄でなぎ倒された戦士の穴には、立派に若木が育ちつつあった。


 咲夜に頼りにされて、陽介は照れたようにはにかんだ。

「よせよ、俺なんかまだ半人前にもなってねえ!

 それに俺も、一人じゃねえから背負えるんだ。

 淳兄ぃとシンおじさん、もうすぐ村に帰って来るからさ……あの人らに比べたら、俺なんてまだまだ」

「そりゃ、まあ……あの人らはもう大人だからなあ」

 陽介の先輩になった二人を思い浮かべて、大樹は苦笑する。

 陽介には、老いた新しい親だけでなく、共に肩を並べる先輩がいる。次代の守り手として共に戦う、頼もしい仲間が。

 時代の戦士は、決して孤独ではないのだ。

「ああ、淳さんか……村に来て、僕も村に戻ったら、恩返ししなきゃ」

 浩太は感慨深げに、西日が染める山の向こうを見つめた。


 淳兄ぃとは、陽介と同じく田吾作の養子となり、この村に戦士として骨を埋めることに決めた……元白川鉄鋼荒事部隊、小山(旧姓)淳だ。

 淳は高木亮の足を切って助けたことで刑期が短くなったものの、刑務所から出た後に行く当てはなかった。

 だが、死霊と戦った実績と力とやり直す心はあった。

 刑務所に入ってからも時々高木家が面会に行き、縁もできた。

 そこで田吾作が声をかけ、次代の戦士として村に迎えることになった。

「分かったよ、こんな俺でも必要なら、住ませてくれ。

 それに俺も……きちんとした働き口が必要だ。今度こそあいつらに、きれいな金を送れる職に就かねえと」

 淳の方も、別れた妻子に送金するための仕事を欲していた。

 ただし、淳の仕事は猟師ではない。重犯罪に加担してしまった淳は、もう猟銃を持つことができない。

 代わりに淳は、牛刀を得物とした。猟師たちの獲物や家畜を屠殺して肉にする、食肉処理の仕事に就くことになった。

 今は、その免許を取るために別の街で学んでいる。

 いずれ、陽介の獲った獣を淳がさばくようになるだろう。


 もう一人のシンおじさんは、災厄の後に引っ越してきた独り身の男だ。

 災厄の夜明け後に陽介との縁ができて、この村に来た。

 このシンおじさんというのが、楓の逃走に手を貸してしまったのだ。

 災厄の夜明けの少しあと、シンおじさんは山中の道路でボロボロになった女を拾った。村を脱出し、徒歩で最寄りの道路にたどり着いた楓だ。

 シンおじさんは警察に連れて行こうとしたが、楓が嫌がるのと行くあてがあるというので、近くの鉄道の駅まで送った。

 ……結果、楓はその日のうちにアメリカへ飛び立ち、行方をくらましてしまった。

 後日、警察が情報提供を呼び掛けたのに応えて村を訪れたシンおじさんは、残された陽介の前で泣き崩れた。

「ごめん!ごめんよ坊ちゃん!!

 僕がきちんと警察に連れて行ってれば、こんな事には……!

 でも、君のお母さんはボロボロで爪まではがれてて、どんなひどい暴力を受けたのかと……人助けのつもりだったんだ!!」

 元々トラック運転手で一人暮らしだったシンおじさんは、陽介に助力を願い出た。

 そこに田吾作が声をかけ、村に住み猟師になることを条件に真実を明かし、空き家になっていた畑山家を格安で売ってやった。

 この情にもろい男は楓のひどい境遇を知るとまた大泣きし、陽介と再び会えるよう手を貸して支えると誓った。

 そして、今は真っ先に猟銃使いになるべく近隣の猟友会で修行中だ。

 この男が来てくれたおかげで、村はどうにか銃持ちを絶やさずに済みそうだ。


 災厄は、多大な犠牲を出した。

 だが同時に、多くの縁も結んだ。

 その縁は村に新たな戦士をもたらし、誓いを背負う陽介にたくましい仲間を、衰えていく田吾作に後を託せる弟子を与えた。

 あの災厄で壊滅した最前線の守りは、再び補強されつつある。

 もっとも、それが命懸けで機能する時は、来ないのが一番なのだが。

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