305.あれから~白川親子
災厄で生き残った人がどうなったか、白川竜也編。
最愛の娘を失った竜也に、もはや生きる意味はありませんでした。
しかし、償いと罰は絶えることなく竜也を苛みます。
人の世の罰も辛いけれど、何より辛いのは戻らぬもの。そしてひな菊は、竜也ではない望む愛をくれる人と……どこまでも因果応報。
風に揺れるひな菊の花を見ながら、咲夜は呟く。
「ねえ、ひな菊は……私を恨んでるかな。
私が折れて反抗しなければ、ああはならなかったって」
咲夜は、あの日からずっと自問し続けている。
もし自分がもう少し心を広く持って、ひな菊を許しつつ共同作業を重ねていたら、ひな菊は今でも自分の側で笑っていただろうかと。
ひな菊が悪いことをしたのは、確かだ。
しかし自分も、もう少しやりようがあったのではないかと。
沈む咲夜に、浩太が淡々と言う。
「多少恨んでるとは思うけど、あれは仕方ないよ。咲夜にもひな菊にもいろいろやり切れないものがあって、他にもいろんなものが絡んだ結果だから。
それにぶっちゃけ、ひな菊を一番苦しめてたのは咲夜じゃない。
今はそっちに行くので忙しいみたいだから、咲夜は安心していいよ」
その言い方に、大樹は苦笑した。
「ああ……親父さん、ゆっくり寝かせてもらえないみたいだな」
ひな菊はもう死んでしまったが、父親の竜也はまだ生きている。彼があれからどうなったかは、この村のほぼ誰もが知っていた。
夜が明けてすぐ、村に急行してきた警察によって、竜也は確保された。
犯罪者を逃がさないためと、そして私刑に走ろうとする村人たちから保護するため。
警察が発見した時すでに、竜也はガムテープで縛られて怒れる社員たちに囲まれていた。しかしその目には力がなく、抵抗もしなかった。
そこで社員たちが警察に話した、竜也の悪事の数々。さらに詰めかけて来た村人たちによる、山のような証言。
工場を、村を、そして役場やそこに残された車を調べると……とんでもない証拠が出るわ出るわ。
竜也にも、もうそれを隠す余裕はなかった。
かくして、竜也と一味の罪は丸裸にされた。
竜也は、小山たち生き残った実行犯とともに逮捕され、連行されていった。
竜也に対する人の裁きは、滞りなく進んでいる。
しかし、それが悪にはまだまだ長い時間がかかりそうだ。竜也には、この村での罪だけでなく、多くの余罪があった。
反社とのつながりや、これまでやった違法な商売敵潰しや地上げ……そうした罪が、一気に明るみに出た。
竜也は意外にも、それらを隠そうとしなかった。
むしろ、神に懺悔でもするように自らあらいざらい吐いた。
そして、憔悴しきった顔でこう言うのだ。
「なあ……悪かったなら謝るから、償うから。もう二度と間違えないように、言うことを聞くから……。
お願いだ、ひな菊を返してくれ……」
ひな菊を亡くしたことで、竜也は一気に張り合いをなくしたらしい。
自分の将来も財産も、どうでもいい。望むのはただ一つ、ひな菊をもう一度この手に抱きたい。ただ、それだけ。
そのために、自殺しようとしたこともあるらしい。
しかし、なぜかことごとく失敗する。
いきなり走り出して道に飛び出しても、車にはねられてもかすり傷。階段から飛び降りようとしても、必ず足がひっかかってその場で転ぶだけ。食事を拒むようになっても、翌日には泣きじゃくって食べ始める。
死のうとしても、死ねない。
まるで、死神に拒まれているように。
なので竜也は、生き続ける。生き続ける限り、罪への裁きと責めは止まらない。受け続けて苦しみ続けるしかない。
竜也はようやく己のしてきたことを間違いと認めたが……だからといって、もうひな菊も妻も戻っては来ないのだ。
竜也に残ったのは、悲しみと後悔と人からのとてつもない恨みのみ。
大切なものを取り戻すことも、やり直すこともできない。
竜也は、まさに生き地獄の日々を過ごしていた。
しかし本当に恐ろしいのは、黄泉からの責めだ。
竜也は、野菊があれ程近くにいながら呪われず殺されなかった。しかしそれが許しではないと、竜也はすぐ思い知ることになる。
竜也が眠りにつくと、死霊の姿になったひな菊がいつも迫って来る。
「パパぁ~……苦じいよ、お腹すいだよ……たずけでよぉ~!!」
恨めしい声を上げながら、白い目でこちらをにらみつけ、手を伸ばしてくる。
竜也が抱きしめようとすると、ひな菊はその手を噛む。少女とは思えない力で肉を裂き骨を折り、獣のように貪り食う。
「ぎゃあああっ!!痛い!!頼む、やめてくれええぇ!!」
夢の中なのに、痛みは現実のように生々しい。
せめてもう片方の手で抱き寄せようとするも、別の死霊がその手を掴んでひねり上げ、指を食いちぎる。
「ダメダメぇ~、あなたは……この子の餌なんだから!
あなたが望むことしか、この子を認めなかったんでしょ。この子の愛も欲求も、受け入れてあげなかったんでしょ。
だったら、この子の望むことしかしちゃダメ!」
意地悪くそう言って邪魔をするのは、喜久代。ひな菊に呪いを与え黄泉に引き込んだ女が、竜也がひな菊を求めるのを阻む。
二人で両手両足を貪り、だるまのようになった竜也の腹を裂いて内臓を引きずり出す。
「はいこれ、ひなちゃんにあげるわ」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん、優しいね!」
喜久代は竜也の臓物を食べやすいように一口大にちぎり、ひな菊に与える。ひな菊は鳥のひなのようにそれを口で受け取り、とても幸せそうに頬張る。
そして、竜也にも見せたことがない甘えた笑顔で喜久代にすり寄る。
「えへへ……お姉ちゃん、大好き!
パパなんかより、ずーっと優しい!お姉ちゃんがいれば、寂しくないよ」
「うん、あたしもひなちゃん大好き!いっぱい甘えていいのよ~、よしよし」
ひな菊は、喜久代と本当の姉妹のように仲良くなっていた。お互いの寂しさを埋めるように抱き合い、竜也が育てていた頃よりもずっと満たされた顔をしていた。
竜也は眠るたびに、してほしくもないことを娘に押し付けられながら、娘の心を奪われたことを突きつけられ続けていた。




