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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
304/320

304.四年後

 一気に時間が飛びます。


 あの災厄が過去になりつつある村で、咲夜たちは何を思うのか。

 少なくない犠牲を出した村は、あれからどうなったのか。

 未来につなぐための、エピローグ開始。

 赤く染まる夕日が、山の端に近づいていく。

 のどかな夕暮れの中、三人の男女が石碑に近づいた。

 セーラー服の腰にジャージを巻き付けた少女が、学生鞄を開けると、そこには白く可憐なひな菊の花がのぞいた。

 少女はその花束を石碑の前に供え、手を合わせて深く頭を垂れた。

 それに続くように、後ろの少年もしんみりと手を合わせる。

 しばらくの黙とうの後、顔を上げた少女はしみじみと呟いた。

「あれから、もう四年も経つんだね……」

 涼しくなり始めた風も夕日の色も、全部あの頃と同じ。こうして幼馴染の三人で、塚に花を供えることも。

 だが、供える相手は、四年前はこの世にいた。

 少女は、懐かしそうに石碑に向かって告げる。

「ひな菊……あんたの遺した着物、私が着ることになったよ。

 白菊姫のこともあんたのことも、やっぱり蓋をして忘れちゃだめなんだ。今年の菊祭りで、私が演じることになったから」

 咲夜は、今は亡き同級生に語り掛けた。


 今日は、かつて火花を散らした同級生の命日だ。

 それ以外にも、あの恐怖と悲劇の夜に亡くなった多くの人の命日だ。咲夜たちは今日、学校であった慰霊祭の帰りだ。

 体育館の舞台に、たくさん並べられた遺影。

 その中に、あの日から変わっていない……変わることのない、ひな菊の写真もあった。

 いつも気取っていて、金と権力で多くの取り巻きを従えて、自分の思い通りにならないとすぐかんしゃくを起こすお嬢様……だけどいなくなると、胸にぽっかり穴が開いたように寂しくなるものだ。

 学校も村も、だいぶ平和になった。

 それでもその時の記憶と傷は、今もあせることなく人々の中に残っている。


 村に死が解き放たれたあの災厄から、もう四年の月日が流れていた。


 思い返せば、あの日夜が明けてからは、目が回るほど忙しかった。

 村人たちの安否確認と、やって来た警察と消防対応。それに、白川鉄鋼に報復に向かおうとする人々の制止。

 やらなければならないことが、山ほどあった。

 森川は役場の人間を、宗平は消防団(元は自警団)を招集し、総出で事態の把握と収集に当たった。

 咲夜たちも、ほとんど眠っていない身で、できる限りの手伝いをした。

 幸いと言うか、さすがに備えられていたというべきか、外からは怪異による事件に対応する専門組織がかけつけてきた。

 こういう実害のある禁忌がある土地は、ここだけではないらしい。

 昔と比べると頻度は減ったが、ひとたび発生すると昔よりずっと大変な事になるそれらに、対応する機関はちゃんとある。

 ただし、今回の災厄はあまりに危険すぎるうえ簡単に祓えるものではないため、発動中は封鎖するしかなかったが。

 警察や消防も仕事はしたが、驚くほど事情を聴かなかった。

 きっと、下手に漏らしてはいけないからだろう。


 犠牲者の葬送も、難航した。

 なにしろ、死霊になったり呪いを受けたりした人は、葬ろうにも死体がないのだ。代わりに、頭を破壊されたずっと昔の人の死体がゴロゴロ転がっている。

 この状況には、警察も尻尾を巻くしかなかった。

 だが、幸いとは言えないが、この状況には前例があった。

 戦時中の、喜久代が起こした災厄……それで出た犠牲者という名目でその時残った死体をまとめて葬った塚が、平坂神社にあったのだ。

 それにならい、今回の犠牲者も身元がはっきりしない者、弔う者がいない者はまとめて新しい塚に葬られることになった。

 それからしばらく、村や近隣の火葬場からは煙が絶えなかった。

 大樹も、兄の遺影を抱いて立ち昇る煙を見つめていた。


 最初の処理が終わると、今度は壊されたものの復旧と補償の問題が出た。

 たくさんの人が死んで多くのものが壊されたが、もちろん黄泉に補償を求めることはできない。

 そうなると必然的に……補償に充てるため、平坂神社と白川鉄鋼の財産が差し押さえられた。平坂神社にはもう直系の後継者がいないし、白川鉄鋼に言い逃れの余地はなかった。

 そうしてかき集めた財源を、できるだけ文句が出ないように分けたものの……死人の数が三桁に達するため、十分だったとは言い難い。

 それでも、それ以上出そうとすると他の人の生活が立ち行かなくなる。

 できる範囲でやって、前を向くしかないのだ。


 そんな村の呪いが嫌になって、村を出る人もいた。

 だが、それはほとんどが、白川鉄鋼で働くために住み着いた人々だ。元々、この村にしがらみがない者だ。

 昔からこの村にいた、特に農業を営んでいる人々は、ほぼ村に留まった。

 その理由は、老人たちが教えてくれた。

「この土地は黄泉の神さんの力強いから、土の力が強いんよ。

 菊に限らず、他の作物も他の土地よりずっとよく実るべ」

「朽ちる力が強いから、埋めたモンがすぐにええ堆肥になるで。味噌や醤油も、そんな時間かけずに熟成したいい味が出るだ。

 だからこの村に慣れちまうと、他の土地で畑なんかやってられんだよ」

 戦時中の災厄後も、一度村を出てもそういう理由で戻ってきた人が多いらしい。逆に、戦後は移住希望者が殺到したという。

 そんな訳で、村が一気に過疎化するようなことはなかった。

 そもそもこの村は元から黄泉による恩恵があって普段は暮らしやすいため、呪いが発生しても現代まで続いてきたのだ。

 黄泉は、災厄をもたらすだけではなかった。

 そこに余計な災厄を呼び込んだのは、あくまで人。

 いつでもいくらでもスーパーで食べ物が買える現代では、その恩恵が分かりづらかっただけ。それを知った人々は、これからもこの村で呪いとうまく付き合っていこうと決めた。

 そして、はっきりと公言はできないけれど、教訓を語り継ぐことにした。

 そのために今年から演じられる白菊姫の物語。その主役たる白菊姫を、咲夜がひな菊の着るはずだった着物で、演じるのだ。

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