303.終焉
一夜の災厄、ついに終結。
死がはびこる村に、終わりの朝日が昇る。
それで解放される者、奪われる者……大罪人と守り手たち、それぞれの結末。
そして野菊は、最後まで新しい事を試していた。タイムリミットを迎えた死霊たちは、どうなるのか……囚われた者に、希望はあったのか。
「ぐっ……お、おのれ……!」
竜也はせめてもの仇を討たんと、拳銃を野菊に向けた。
しかしその瞬間、まばゆい光が竜也の目を射た。
夜明けだ。
野菊の肩の向こうの山から、眩しく輝く朝日が昇る。暗く陰鬱な空気を塗り替えるように、村を光で覆っていく。
死の夜が終わり、生者の日々が戻ってくる。
途端に、周りにいた死霊たちがぴたりと動きを止めた。立ったまま、ぞろぞろと一方向に向き直る。
その先に何があるのか、野菊には分かっていた。
「ああ、黄泉の神様たちが呼んでいるのね」
死霊たちが向いている先は、白菊塚。この世と黄泉を結ぶ口。
たちまち、死霊たちがそちらに向かって歩き始めた。その歩みはだんだん速く、引きずられるようになり、最後には塚に向かって吸い込まれるように吹っ飛んでいった。
野菊は車に刺した宝剣を支えに耐えながら、それを見送っていた。
「ふーん、こうなるんだ……日の光を浴びても、消えられる訳じゃないのね。
ま、分かっただけでも結構」
今の野菊は隙だらけだが、竜也は撃つどころではなかった。
「ひ、ひなっ行くな……おまえだけは!!」
竜也は、見えない力に引っ張られる娘の体を必死に抱きしめていた。
死霊化したひな菊もまた、塚に向かって引っ張られていた。シートベルトがひとりでに外れ、鍵をかけたはずの車のドアが開き、ひな菊を連れ去ろうとする。
その力はどんどん強くなり、ついにひな菊は竜也の手からもぎとられた。
「ひいいぃなああぁ!!!」
竜也の絶叫とともに、ひな菊は引きずられていく。
それを見届けると、野菊もまた宝剣を車から抜き、見えない力に身を任せた。
「じゃあね、せいぜい後悔して生きなさい」
死と呪いが全て去った後には、死人のような顔の竜也だけがぽつんと残されていた。
日の出とともに、村の各所で同じことが起こっていた。
生者を食おうと徘徊していた、もしくはまさに家の戸や窓を叩いていた死霊も、全てが黄泉の口に吸い込まれていった。
ついでに、噛まれてまだ死んでいなかった人も引きずられていった。
どうも呪いが体内に入った時点で、そうなった者は黄泉のものになるらしい。
あと少しで大切な人は助かると必死で介抱していた人たちは、いきなり奪われた未来に愕然として、竜也とひな菊にあらん限りの呪いを吐いた。
後には、頭を潰されて黄泉から解放された死体だけが残されていた。
その様を、咲夜たちは役場の屋上から見ていた。
「すごい……これが、黄泉の力……!」
ここから塚の方を眺めていると、村中からものすごい勢いで人の形をしたものが集まり、穴に吸い込まれていくのが見える。
その中に一体、どれだけ昨日まで生きていた人が含まれるのだろう。
そう思うと、胸が締め付けられるようだった。
ぐっと唇を噛みしめる咲夜の横で、浩太がぼそりと言った。
「もしかしたら野菊様は、試したかったのかもしれない……日の光を浴びたら、普通の死霊は解放できるかどうかを。
……自分たちも、解放されるかどうかを。
分かってないことはやってみて、結果が僕たちにも分かるようにしてくれたんだ」
その指摘に、宗平たちは深い感謝を覚えた。
野菊はこの夜、今までやったことがない行動をいろいろ試し、いろいろ明らかにしていた。それは野菊自身のためであり、村人たちのためでもある。
不確定な部分があれば、人はそれにすがろうとする。結果、助かるはずの人が助からなくなることもある。
野菊は、その余地をできるだけ削ってくれたのだろう。
「ありがとうございます……そのお志を無駄にせぬよう、これからも守って参ります」
宗平はそう呟き、昨夜と共に塚に向かって手を合わせた。
その頃、もう一人の大罪人も逃れられぬ別れを迎えていた。
陽介の後を追った、司良木クルミである。
クルミは陽介を追い、必死で呼びかけた。村人たちに謝り、母を引き留めるようにと。陽介自身の、少しでも良い未来のために。
だが陽介はもはや聞く耳持たず、全力で逃げ、抵抗した。倉庫の天井に吊られた器具によじ登り、上から物を落として攻撃してきた。
それに身を打たれながらも、クルミはひたむきに呼びかけたのだが……。
「ああ……もう、ダメ……!」
クルミは、抗えぬ力が自分を捕らえたのを感じた。
夜が明け、自分がここにいられる時間は終わった。これから陽介がどうなろうと、もう自分には手を出せない。
「ひっ……ひぐっ……ごめんナサ……!」
泣き出すクルミに、陽介は辛辣な一言を浴びせる。
「ほら、結局何もしてくれねーじゃん!
てめえのやったこと、けじめつけて謝るとか言っといて……大噓つき!!」
その瞬間、クルミは目の前が真っ暗になった。
そうだ、自分は何もしていない。陽介が呼びかけに応じなくても、自分が人々に謝ることはできたはずなのに。
やると言っておいて、やれたことをやっていない。
自分はまた他人のことにばかりかまけて、自分を省みることをしなかった。そのせいで、何一つできずに終わってしまった。
「ご、ゴメンなさ……お願い、生きテ……あなたは……あああァ!!」
最後まで情けなく謝りながら、クルミは塚に引きずられていった。
それを見送る陽介の目は、空洞のようにうつろだった。
「ほら見ろ……結局誰も、助けてなんかくれねえんだよ」
家計を助けてくれたひな菊も、いがみ合いながらも自分を育ててくれた両親も、もう誰もいない。
倉庫の入口から差し込む眩しい朝日が、陽介のぽっかり開いた胸の穴を突き抜けた。




