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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
303/320

303.終焉

 一夜の災厄、ついに終結。

 死がはびこる村に、終わりの朝日が昇る。

 それで解放される者、奪われる者……大罪人と守り手たち、それぞれの結末。


 そして野菊は、最後まで新しい事を試していた。タイムリミットを迎えた死霊たちは、どうなるのか……囚われた者に、希望はあったのか。


「ぐっ……お、おのれ……!」

 竜也はせめてもの仇を討たんと、拳銃を野菊に向けた。

 しかしその瞬間、まばゆい光が竜也の目を射た。


 夜明けだ。

 野菊の肩の向こうの山から、眩しく輝く朝日が昇る。暗く陰鬱な空気を塗り替えるように、村を光で覆っていく。

 死の夜が終わり、生者の日々が戻ってくる。


 途端に、周りにいた死霊たちがぴたりと動きを止めた。立ったまま、ぞろぞろと一方向に向き直る。

 その先に何があるのか、野菊には分かっていた。

「ああ、黄泉の神様たちが呼んでいるのね」

 死霊たちが向いている先は、白菊塚。この世と黄泉を結ぶ口。

 たちまち、死霊たちがそちらに向かって歩き始めた。その歩みはだんだん速く、引きずられるようになり、最後には塚に向かって吸い込まれるように吹っ飛んでいった。

 野菊は車に刺した宝剣を支えに耐えながら、それを見送っていた。

「ふーん、こうなるんだ……日の光を浴びても、消えられる訳じゃないのね。

 ま、分かっただけでも結構」

 今の野菊は隙だらけだが、竜也は撃つどころではなかった。

「ひ、ひなっ行くな……おまえだけは!!」

 竜也は、見えない力に引っ張られる娘の体を必死に抱きしめていた。

 死霊化したひな菊もまた、塚に向かって引っ張られていた。シートベルトがひとりでに外れ、鍵をかけたはずの車のドアが開き、ひな菊を連れ去ろうとする。

 その力はどんどん強くなり、ついにひな菊は竜也の手からもぎとられた。

「ひいいぃなああぁ!!!」

 竜也の絶叫とともに、ひな菊は引きずられていく。

 それを見届けると、野菊もまた宝剣を車から抜き、見えない力に身を任せた。

「じゃあね、せいぜい後悔して生きなさい」

 死と呪いが全て去った後には、死人のような顔の竜也だけがぽつんと残されていた。


 日の出とともに、村の各所で同じことが起こっていた。

 生者を食おうと徘徊していた、もしくはまさに家の戸や窓を叩いていた死霊も、全てが黄泉の口に吸い込まれていった。

 ついでに、噛まれてまだ死んでいなかった人も引きずられていった。

 どうも呪いが体内に入った時点で、そうなった者は黄泉のものになるらしい。

 あと少しで大切な人は助かると必死で介抱していた人たちは、いきなり奪われた未来に愕然として、竜也とひな菊にあらん限りの呪いを吐いた。

 後には、頭を潰されて黄泉から解放された死体だけが残されていた。


 その様を、咲夜たちは役場の屋上から見ていた。

「すごい……これが、黄泉の力……!」

 ここから塚の方を眺めていると、村中からものすごい勢いで人の形をしたものが集まり、穴に吸い込まれていくのが見える。

 その中に一体、どれだけ昨日まで生きていた人が含まれるのだろう。

 そう思うと、胸が締め付けられるようだった。

 ぐっと唇を噛みしめる咲夜の横で、浩太がぼそりと言った。

「もしかしたら野菊様は、試したかったのかもしれない……日の光を浴びたら、普通の死霊は解放できるかどうかを。

 ……自分たちも、解放されるかどうかを。

 分かってないことはやってみて、結果が僕たちにも分かるようにしてくれたんだ」

 その指摘に、宗平たちは深い感謝を覚えた。

 野菊はこの夜、今までやったことがない行動をいろいろ試し、いろいろ明らかにしていた。それは野菊自身のためであり、村人たちのためでもある。

 不確定な部分があれば、人はそれにすがろうとする。結果、助かるはずの人が助からなくなることもある。

 野菊は、その余地をできるだけ削ってくれたのだろう。

「ありがとうございます……そのお志を無駄にせぬよう、これからも守って参ります」

 宗平はそう呟き、昨夜と共に塚に向かって手を合わせた。


 その頃、もう一人の大罪人も逃れられぬ別れを迎えていた。

 陽介の後を追った、司良木クルミである。

 クルミは陽介を追い、必死で呼びかけた。村人たちに謝り、母を引き留めるようにと。陽介自身の、少しでも良い未来のために。

 だが陽介はもはや聞く耳持たず、全力で逃げ、抵抗した。倉庫の天井に吊られた器具によじ登り、上から物を落として攻撃してきた。

 それに身を打たれながらも、クルミはひたむきに呼びかけたのだが……。

「ああ……もう、ダメ……!」

 クルミは、抗えぬ力が自分を捕らえたのを感じた。

 夜が明け、自分がここにいられる時間は終わった。これから陽介がどうなろうと、もう自分には手を出せない。

「ひっ……ひぐっ……ごめんナサ……!」

 泣き出すクルミに、陽介は辛辣な一言を浴びせる。

「ほら、結局何もしてくれねーじゃん!

 てめえのやったこと、けじめつけて謝るとか言っといて……大噓つき!!」

 その瞬間、クルミは目の前が真っ暗になった。

 そうだ、自分は何もしていない。陽介が呼びかけに応じなくても、自分が人々に謝ることはできたはずなのに。

 やると言っておいて、やれたことをやっていない。

 自分はまた他人のことにばかりかまけて、自分を省みることをしなかった。そのせいで、何一つできずに終わってしまった。

「ご、ゴメンなさ……お願い、生きテ……あなたは……あああァ!!」

 最後まで情けなく謝りながら、クルミは塚に引きずられていった。

 それを見送る陽介の目は、空洞のようにうつろだった。

「ほら見ろ……結局誰も、助けてなんかくれねえんだよ」

 家計を助けてくれたひな菊も、いがみ合いながらも自分を育ててくれた両親も、もう誰もいない。

 倉庫の入口から差し込む眩しい朝日が、陽介のぽっかり開いた胸の穴を突き抜けた。

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