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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
302/320

302.奪われる

 ついに決着、ひな菊と竜也の運命は!


 野菊は徹底的に竜也を追い詰め、できることを一つ一つ奪っていきます。

 足掻いても次々潰される希望に、さすがの竜也も冷静ではいられず、何もかもかなぐり捨てて救いを求めるも……それすら、野菊の手の内。


 救いようのない、お互いだけを愛し合いすれ違った親子の結末です。

 しかし、そんなものが黄泉の呪いに通じる訳がない。

 ひな菊の息遣いは、どんどん荒く引きつるようになっていく。固く握った手は冷たくなり、肌はろう人形のように白くなっていく。

 傷のある足は全体が紫色になり、もうひざ下まで紫色の斑点が浮き出ている。まるで、そこまで死んで死斑が出たように。

「パッ……バッ……ぐるじっ……いやらあ!

 死にたぐ、な……ないぃ!」

 どんなに竜也が励まそうとしても、ひな菊の体はひな菊が一番わかる。

 いくら生きたいと願っても、生きる力が体から抜けていく。心臓の音がどんどん遠のいて、体温が下がっていく。

 逃れられない死が、ひたひたと確実に迫ってくる。

 怖くて苦しくて止まらない涙に、血の色が混じり始めた。

「ひな、しっかりしろ……くそっ!」

 こうなっては、竜也も少しは認めざるを得ない。

 これは、希望とか生きる意志とかでどうにかなる問題ではない。人の力で、抗えるものではないと。


 となると、残された方法は一つ。

 竜也は、窓の外の野菊に思いっきり頭を下げた。

「分かった、認める!私たちが悪かった!!

 被害を受けた人たちには、謝罪する!全財産を渡して補償する!これからは、決して他人にこのような思いはさせない!

 だから頼む……ひな菊を、許してくれ!!」

 プライドも憎しみもかなぐり捨てた、謝罪。

 ひな菊を助けるには、もうこうするしかない。

 この呪いを操る野菊に掛け合って、許してもらうしかない。いや、少しでも心を揺らして呪いの進行を遅くしてもらえれば。

 そのために、できることはある。

 自分は罪を償えと言われれば、出せるものはある。これから皆の幸せにも貢献できる。ひな菊のためなら、何だってやってやる。

 野菊はただの死神ではない、村の守り神でもある。ならば村を豊かにできると言えば、少しは考えてくれるはず……。


 なーんて甘い考えは、通用しない。

 野菊は冷たく微笑み、竜也に言った。

「じゃあ、今夜死んだ人たちを生き返らせて。

 あなたの娘さんが禁忌を破る前の状態に、戻してみせて」

 どれもこれも、無理な話。人の力でできる訳がない。しかし野菊は、眉一つ動かさずにそれを突きつけてくる。

「……当然よね。お金で死んだ人は戻ってこないし、それで傷ついた人の心が癒える訳でもない。

 なのに、そんなんで罪が消える訳ないじゃない」

 取りつく島もない返事に、竜也は思わず叫んだ。

「無茶を言うのはやめてくれ!!

 私は私にできる限りで償うと言ってるんだ。

 それに……人の世ではなあ、罪はそうやって償えるんだよ!!それに則ってお願いしてるのに、なんで認めない!?

 ここは、この世だぞ!!」

 その言い方に、野菊はクスリと笑って返した。

「やめてくれ……か。

 でもあなた、やめなかったじゃない。

 どれだけ他人を巻き込んでも、騙して自分たちを守らせるのをやめなかった。それで殺された人たちがどれだけ死にたくないって叫んでも、真実を明かして解決しようとしなかった。自分を信じて従う人さえ、裏切って死なせた。

 そんなあなたを助ける理由なんて、ないわ」

 野菊は淡々と、竜也の希望を吹き消す。

「それに……補償はあなたが生きていても死んでいても同じこと。

 むしろ生きてたら、あなたはその子のために財産を隠そうとするでしょ。夜が明けたら、もう私は動けないって分かってるから。

 それが分かってて、やめる訳にはいかないわ」

 いつか白菊姫にもこんなことを言ったっけと思い出しながら、野菊は残酷な言葉を続ける。

 いつの時代のどいつにも、自分のしたことが分からない馬鹿には容赦しない。他人の大切なものを奪った奴には、同じものを払わせる。

 竜也は下手人ではないが、だからこそ思い知らせねばならなかった。


「あ……あああぁひな菊!!

 そんなっじゃあ……どうすればいいんだああぁ!!」

 いよいよ打つ手なしと知って狂乱する竜也に、野菊はきっぱりと言い切る。

「どうしようもない……あなたが他人にしたことよ」

 いくら許しを乞うても助けて求めても、何もしなかった。むしろ、自分たちの都合で切り捨てようとさえした。

 それで命を落とした作業着姿の死霊たちが、バンバンと車の窓を叩いている。

 竜也を信じて工場を守るために戦い、自分たちが何を守らされているかも分からず死んでいった無念の亡骸たち。

 それが大口を開けて唸りながら、死にゆくひな菊を囲んでいる。

 まるで、おまえも早くこちらに来い、と歓迎しているように。

 そのなじみの顔を前に、竜也はようやく戦慄した。


 今ひな菊が味わっている苦痛と恐怖は、ここにいる死霊たちが皆……いや、今夜死霊化した者たちが皆味わったんだ。

 ひな菊と自分は、それだけの人にこれを押し付けたんだ。

 だから逃れるなんてのはもっての外。むしろひな菊一人がここで死んでも、竜也まで死ぬことになっても、全然足りないんだと。


「はっ……がっ……ご、ごべんなざ……ヒュッ……ごべっ……!」

 そうしている間に、ひな菊は謝罪の言葉も出なくなる。

 呼吸はただわずかに息が漏れるだけに変わり、目はうつろになり、体中から力抜けてぐったりと動かなくなる。

 程なくして、ひな菊は眠るように目を閉じた。

 竜也は、必死でひな菊を揺り動かす。

「ひな……しっかりしろ……死ぬな!

 頼む……目を開けてくれ!!」

 その声にこたえるように、ひな菊はうっすらと目を開けた。周りの死霊たちと同じ、白く濁った死んだ目を。

 その瞬間、いくら人を殺しても平然としていた竜也の目から、涙が流れた。


「ひ、ひな……嘘だろう?」

 竜也は、呆けたような声で呟いた。

 目の前の現実が分からない。信じられない。

 ひな菊は自分の大切な一人娘で、唯一の家族で、決して失うまいと誓ったのに。自分はこの子の将来のために、生きているのに。

 この子にもう、未来がない。

 もうこの子は育たないし、笑わない。

 自分の生きる意味がない。喜びがない。楽しみがない。

 今まであんなに熱く燃え盛っていた心が、一瞬で永久凍土のように冷えた。抗おうとしても、何か考えようとしても頭が動かない。


「ひなぁ……ぐううぅ!!」

 竜也は、慟哭とともにひな菊を抱きしめた。

 呪われているとか噛まれるとか、もうどうでもいい。

 むしろ、噛まれてもいい。ひな菊のいない人生に、意味などないのだから。引き裂かれるくらいなら、いっそ一緒に……。


 しかし、目を閉じてその時を待つ竜也の耳に、バリンと乾いた音が聞こえた。

 腕の中のひな菊の体が、びくりと動く。

「自ら的を押さえてくれるなんてね、ご苦労様」

 妙に軽い言葉に目を開けると……野菊がいつの間にか車のボンネットに乗り、フロトガラスを破った宝剣をひな菊に突き立てていた。

「これでこの子は、永遠に黄泉のもの。

 こうする前に頭を撃てば、解放できたのに……できないわよね、大切な我が子を」

 竜也は弾かれたように拳銃を見たが、もう遅い。

 野菊により永劫の呪いを受けたひな菊は、もう解放できない。何度頭を撃たれても、苦しむために蘇るだけ。

 もはや哀れな娘には、安らかな眠りを与えることさえできなかった。

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