30.白菊塚
物語の原点になっておきながら今まで詳しい描写がなかった白菊塚の、詳細が明らかになります。
そして、馬鹿馬鹿しいと憤るひな菊にある人物が声をかけます。
白菊塚は、村の外れの菊畑が広がる一角にあった。
小さな祠と石碑が立ち、白菊塚についての簡単な説明が記されている。
<この菊原村を菊の一大産地に押し上げる元となった、数多の美しい菊を作り出した武家の姫、白菊姫。
大飢饉の折に村の田畑を潤す水を止め、それを恨んだ村人たちの一揆に散る。この塚には、白菊姫と多くの村人たちの亡骸が葬られている。>
それを読んで、ひな菊はふしぎに思って首を傾げた。
(姫と村人を、同じところに埋葬したの?……変なの)
白菊姫も姫というくらいだからそれなりにいい家のお嬢さんで、死んだら先祖伝来の墓とかに入れられるのだと思っていた。
もしくは、一人だけ大切に葬られるか。
なのに、この石碑に書かれている内容はどういうことだろう。このままの意味では、白菊姫は飢饉で死んだ農民と一緒くたに葬られたことになる。
そんな事が、あるのだろうか。
(何でだろう、敵同士なんだよね?
白菊姫と農民たちはお互いを憎み合ってたはずだし、そんな相手と一緒にお墓に入るなんて嫌。残った村人たちがやったにしても、意味が分かんない。
あたしだって、咲夜たちと同じお墓に入るなんて嫌だし)
ひな菊は、白菊姫がそうされた時の気持ちを想像して憂鬱になった。
名前は白菊塚になっているが、これでは白菊姫と農民たちの共同の墓ではないか。それに、残った村人たちからしたら、白菊姫よりむしろ犠牲になった仲間の魂を強調したいはずなのに。
(……この先に、その答えがあるのかな?)
ひな菊は喉が詰まるような気持ち悪さを覚えながら、石碑の文章を読み進めた。
白菊姫の身に起こったことは浩太の脚本で知ったつもりになっていたが、どうも事はそう単純ではないらしい。
それに、咲夜たちが白菊姫について調べようとしたきっかけも、まだ見ていない。自分には、そちらの方が重要だ。
(確か、白菊塚に白菊を供えちゃいけないって……)
取り巻きからの情報を思い出して、ひな菊は夢中で石碑を読み進めた。
(99)
しばらく読み進めると、石碑の終わりの方に目的の記述があった。
<……以上が、この塚の由来である。
しかし名前の由来についてはもう一つ、別の理由がある。それは、この塚に白菊を供えてはならない、そのことを忘れないためだ。
一揆において白菊姫とその家族を殺したのは、飢えて死んだ村人たちの死霊であるとも言われている。その死霊を率いたのが野菊であり。復讐を終えた後に野菊は白菊姫を含んだ全ての死霊をここに封印した。
ただし、白菊姫の命日である中秋の名月にこの塚に白菊を供えると、死霊たちは怒りと悲しみを思い出してここからあふれ出ると言われている。>
そこまで読んで、ひな菊は少し背筋が寒くなった。
「死霊って……何よこれ、ホラーじゃん」
内容は予想以上に怖かったが、現実感のなさがそれを和らげた。
死霊なんて、本当にいる訳がない。これはきっと全国各地にある、伝説に由来する史跡もどきの一つだろう。
だが、これで咲夜たちが興味を持った理由は分かった。
咲夜とその仲間には、農家の子が多い。その中には菊を育てている家もたくさんあって、そのせいでこの伝説をよく耳にしていたのだろう。
白菊を自分の家の畑で育てている子も、かなりの数いるはずだ。そういう子は間違って白菊を供えてしまわないように、親が口を酸っぱくして言い聞かせてきたのだろう。
そして、おそらくそれが村の伝統として浸透している。
伝説の主人公である、白菊姫の悪いイメージとともに。
それをよく知っていたからこそ、咲夜たちはひな菊を貶める方法として、村中から悪く思われている白菊姫を演じさせようとしたのだ。
その流れが分かると、ひな菊はムカムカと気分が悪くなった。
「じゃあ何、あたしはこんな昔話のせいで村中から馬鹿にされてんの?
冗談じゃないわよ!!死霊だか妖怪だか知らないけど、今時そんな非科学的なモンはいる訳ないって決まってんの!
そんなものの信仰のために、あたしが……許せない!この!この!!」
ひな菊は苛立ちをぶつけるように、石碑を何度も蹴りつける。
だが、その後ろから雷のような声が響いた。
「やめんか!!」
ひな菊が驚いて振り向くと、そこには猟銃を持った男が怖い顔をして立っていた。
(100)
ひな菊は、思わず後ずさった。
もう日が落ちてだいぶ闇が濃くなりつつある中、その男の影は鬼のように不気味だった。背負っている猟銃といかつい表情が、さらに圧迫感を際立たせる。
それでも、ひな菊は強気な口調で尋ねた。
「何よ、あんたには関係ないじゃない。
てゆーか、あんた誰?」
「わしか、猟師の沢村っちゅうもんだ。
先日おまえが派手に騒ぎに来た、畑山さんの古い友だ。あの時は、畑山がずいぶん世話になったらしいの」
それを聞いて、ひな菊はぎくりとした。
畑山と言えば、咲夜たちに白菊伝説を語った老人だ。先日はめられた事に気づいて激昂したひな菊は、畑山家にも仇だとばかりに嫌がらせをしていた。
もしやその報復かと、ひな菊の背に冷や汗が伝った。
だが、沢村田吾作は銃を向けることはなく、静かに言った。
「まあ、騒いだのは子供のやる事だからな。
しかし……白菊塚の伝統をそうやって足蹴にするのはいただけんな。これは神の力を借りて下された罰の跡、呪いは今も残っとる。
あんまり死霊と神さんを怒らせると、どれだけ犠牲が出るか分からんぞ!」
それを聞いて、ひな菊はますます訳が分からなかった。
この老人にとって、このくだらない伝説はそんなに大事なのか。いるはずもないものの怒りで犠牲とか、そんな風に脅して何の意味があるのか。
ひな菊には、頭がおかしいとしか思えなかった。
もうこんな馬鹿な話に付き合いたくなくて、それから内心この異様な圧迫感から逃れたくて、ひな菊は尻尾を巻いて逃げ出した。
道路に面した方は塞がれているので、姿を隠すように祠の後ろに回り込む。だがその次の瞬間、ひな菊は足を滑らせて転んだ。
「きゃっ!?……いたた、何よこれ……」
顔を上げて、ぎくりとした。
祠の後ろにある屋根の下には、地の底に下りるような斜めになった穴が口を開けていたのだ。
田吾作の持っていた懐中電灯が照らすと、その穴は意外に浅かった。しかし、その穴の入口には黒く武骨な鉄格子がはまっていた。
尻餅をついたままのひな菊を見下ろし、田吾作が低い声で言う。
「……黄泉への穴だ。ここから死霊があふれ出る。
信じる信じないじゃない、死霊はいるのだ」
話の内容は、相変わらず信じられるものではない。
しかし、田吾作の恐れをにじませた目と重い口調はとても嘘を言う者のそれではなかった。その異様な空気に気圧されて、ひな菊はしばらく立ち上がることもできなかった。




