表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
298/320

298.外の光

 ついに建物から脱出した竜也とひな菊。


 二人きりの逃避行の仕上げに向けて、二人は村でのことを振り返ります。

 同じことを繰り返して、だからきっと次もあると……その希望自体がフラグとなる。

 ホラーにおいて、一番気を抜いてはいけない……一番の難所は……。

 竜也とひな菊は、やっとのことで建物の外に出た。

 夜明け前のキンと冷えた空気が、爽やかに二人の頬を撫でる。しかしその風に含まれる腐臭は、むしろひどくなったようだ。

「まだ近くに敵がいるかもしれん、早く車へ!」

 バリケードを気づいた正門からは出られないため、裏口近くに停めてある社用車に向かう。竜也が乗る用の、特別頑丈な社長車に。

「これを、この手で運転することになるとは!」

 竜也は毒づきながら、運転席のドアを開ける。

「これほどの城を築いて、持ち出せるのはこれだけか……」

 竜也は自嘲のように呟いて、最後にもう一度家と工場を振り返る。


 竜也とひな菊が居を変えるのは、これが初めてではない。二人はこれまでにも、二度生活の場を移していた。

 一度目は、ひな菊の母親が殺された時。

 二度目は、ひな菊を守ろうと味方につけた反社とトラブルを起こした時。

 どんな事をしても家族を守ろうと、守れる力を手に入れようとするたび、何か見えざる手でも下されたように居場所を失ってしまう。

 いつの間にか味方が敵になって、そこにいられなくなる。

 竜也が守るべき人を手に入れてから、ずっとその繰り返しだ。


 そして二度あることは三度ある、今回がそれだ。

 今もまた二人は、家を追われ工場を失って逃げ出す。

 そんな二人を、工場棟の窓から社員や村人たちが幽鬼のような顔で見ている。さっさと死ねと、怨嗟の声が聞こえてきそうな目をして。

 彼らが自分たちを捕まえに来ないのは、今はまだ外に死霊がいるから。

 危険がなければ、あいつらは雇ってやった恩も納めた税金も忘れて自分たちを地獄に引きずり込もうと襲ってくるだろう。

(もういい、そんな奴らはこっちから願い下げだ!)

 竜也は悔しさを噛みしめながら、車のエンジンをかけた。


「パパ……大丈夫、あたし寂しくないよ。

 友達はいなくなっちゃうけど、あんな奴らよりパパの方がずっといい!」

 助手席に乗り込んだひな菊が、そう言って竜也の手に細い手を重ねてくる。パパの邪魔にならないように軽く触れる、しかし決して離れようとしない手。

 ひな菊だって、寂しいし心細い。

 もうこのまま夜が明けて日が昇っても、昨日までみたいに学校に行けないんだ。チヤホヤしてくれた取り巻きの子たちには、二度と会えないんだ。

 それでも、ひな菊にはパパといられる方が良かった。

 今回もまた、学ばされた……いくら物をばらまいて従わせても、所詮心から味方になってくれる人なんていないんだ。

 陽介はどうしようもない馬鹿だったし、聖子はとんでもない性悪だ。

(あんな奴ら、破滅して当然よ!

 でもあたしとパパは違う、きちんと大切な人を愛して進めば幸せになれるんだから)

 ひな菊はこの二人を、蔑んで切り捨てる。

(咲夜たちだって、先はたかが知れてるわ!

 こうなった原因はあんたにもあるんだから、せいぜいあたしの分まで責められるといいわ。あんたたちがどうなろうが、もうあたしには関係ない!)

 それに、村から離れればもうあの忌々しい咲夜たちに関わらなくていい。

 それだけで、ひな菊の心労はだいぶ軽くなる。

 これからは、パパと二人きりでパパ以外のことなんて考えなくていい。

 他のものはたくさん失ったけど、思っていたのと全然違う結果だけど、ひな菊はようやくパパとの時間を手に入れた。

 自分の愛が報われたんだと、ひな菊は温かい気持ちになった。


 ……というのが、ひな菊の幸せの絶頂だったのかもしれない。

 竜也とひな菊は、自分たちの通じ合いもしない独り善がりな愛が毎回多くのものを奪っていくとまだ気づけないでいた。

 自分たちがどれだけ多くの同じような切なる願いを、幸せを破り捨ててきたか、それをまるっきり無視していた。

 そんな親子に訪れるのは、三度目の正直な裁きのみである。


 この村での思い出を積み上げたものを振り切るように、竜也は車のアクセルを踏み込む。

 もう東の空には、朝焼けの赤みが差している。

 死霊はもうすぐ消えて、人間の朝がやってくる。

「かなりとばすぞ、しっかり掴まっていろよ!」

 正直、この時間になって何事もなく逃げ切れるかは分からない。

 警察や機動隊が村の出口に検問を敷いている可能性は高いし、そこが日の出とともに開くかは分からない。

 だが、やりやすい状況もある。

 救急隊の無線で隔離を言い渡されてから、この村の情報はほぼ外に伝わっていないはずだ。事が事だけに、しばらく情報封鎖が続くかもしれない。

 その間、自分たちは大掛かりな捜索を受けずに済む。

 村を出てしまいさえすれば、逃げ隠れする時間の余裕はある。

(やれやれ……逃げるのは、前ので最後にしたかったが……そうもいかんな。

 しかし、前の教訓を生かして財産を分散させて隠しておいて良かった。これで村から出てしまえば、しばらく身を潜められる。

 やはり、どれだけ万全を期しても不運には備えておくものだな)

 ハンドルを回しながら、竜也の考えはもう村の外に飛んでいた。

 資材搬入口に向かう通路に、死霊の姿は見えない。そのいつもと変わらない光景が、だんだん明るくはっきりと見えてくる。

(また、多くを失った……だが、一番大切な者だけは守り切った!

 生きてれば、また光の下を歩ける日は来る)

 そう己を励まして、竜也は裏口の門へと向かう。

 今回の教訓も決して無駄にしない、次は絶対にもっとうまくやると、もっとひな菊を安全にすると心に決めて。


 ……しかし、これほどの恨みを背負った身に次はあるのか。

 悪意と呪いでできている黄泉の神々が放つ網は、天の網よりずっと目が細かいのだ。

 竜也が裏口への曲がり角を曲がった途端、その恐ろしい断罪の網が竜也たちの眼前に広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ