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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
297/320

297.壁を越えて

 ついに、白川親子の再会を阻む者はたった一人になります。

 喜久代とひな菊、鏡に映したような二人の行く末は……。


 感動の再会ができたとしても、それが愛の奇蹟でも、二人のその道が恨みで舗装されていることを忘れてはいけない。

 上からゴーン、と重い音がした時、竜也と喜久代は思わずお互い動きを止めた。

「ひな菊……やったのか?」

「さァ……どっちかシラ?」

 ここからでは上の戦況は全く分からないため、どちらがどうなったとも分からない。それにお互い、目の前の相手以外を深く考える余裕はないのだ。

「確かめタイなら、あたしを越えテ行かなくチャ!」

「言われなくとも!」

 二人はすぐにまた、階段での攻防に戻る。

 竜也は一秒でも早くひな菊の所に行きたいが、喜久代は地の利とその焦りを利用して竜也を通すまいと粘り続ける。


 しかしすぐに、三階への階段から足音が聞こえて来た。

 一歩ずつしっかり踏みしめて下りてくる、規則正しい足音。引きずったりたたらを踏んだりする乱れは、ない。

 それに気づくと、喜久代が忌々し気に顔を歪めた。

「あンの馬鹿巫女が……しくじったネェ!!」

「ひな菊、無事だったか!」

 一方の竜也は、一気に晴れやかな顔になった。

 どうやら娘は、自力で宝剣を持った敵をどうにかしたようだ。早く助けねばと焦っていたが、どうやらその必要はない。

 むしろ、自分とひな菊で喜久代を挟撃できる。

「くっ……せメテ、娘の方ダケでも!」

 喜久代が竜也から目をそらし、廊下の方に身を翻す。

 だがこれで、喜久代は竜也を攻撃し続けられなくなった。竜也は迷いなく、階段へと踏み込んで見えなくなった喜久代の後を追う。

 喜久代のせいで足場が悪いが、行けなくはない。

 何より、ここで大人しく娘を待つなんてできる訳がない。せっかく娘が来てくれたのだから、絶対に死なせるものか。

 思ったより遥かに頑張った娘を助けるべく、竜也は罠を端に寄せつつ急いだ。


「パパぁ!」

 二階に下りて呼びかけたひな菊の視界に映ったのは、愛しいパパではなかった。

 黒地に色とりどりの菊模様の艶やかな着物をまとった、中学生くらいと思しき死霊の少女。それが胸元から黒いネットのようなものをはがし、床に散らす。

「通さないわヨォ!」

 だがひな菊は、モップでそれを掃いて除けた。

「うるさい!あたしは……パパのとこ行くの!!」

 すると少女は、哀れむような視線を向けてきた。

「行ったッテ……どうせ応エテもらえナイのよ。

 あの父サンは絶対、またアナタを置いて行く……アナタがどんナニ望んでモ!ずっと側にナンて、叶わナイのよ!

 アナたは、ここで……終わるノガ、幸せナの!!」

 少女は、ひな菊を抱きしめようとするように両手を広げた。

「さァ……あたしと、イラっしゃい」

 その暗い誘いを、ひな菊は全力で拒んだ。

「嫌よ!あたしは、パパと行くの!!」

 信じる者と信じない者、二人の娘の思いが交錯する。

 ひな菊はただパパに会いたい一心で、喜久代に突撃した。これがパパへの最後の障壁、これさえ破ればと。

 だがその足が、つまずいたようにもつれた。

「やりィ!」

 その隙に噛みつこうとする喜久代の後ろから……重い銃声が響いた。

 ズダーン 「がっ……!」

 喜久代が呻き、その体から力が抜ける。ばたりと倒れたその背後には、ひな菊が求めてやまない人の姿があった。

「よく頑張ったな、ひな菊」

「パパぁ~!!」

 ひな菊は、ようやく会えた最愛の父の腕に飛び込んだ。


 ひな菊と竜也は、ひしと抱きしめ合った。

 お互い思い合っているのにしたことがうまくいかなくて、たくさんの人を死なせて、誰からも恨まれる村の仇になって。

 守ってくれる人愛してくれる人がお互いしかいなくなって、それでも引き裂かれてそれぞれ人ならざる敵に襲われて。

 何かが少し違えば、どちらがやられてもおかしくなかった。

 それでも、親子はこうして再会できた。

 これは、愛し合うゆえの奇蹟と言っていいだろう。

「良かった、ひな菊……おまえを失うなんて、耐えられないよ」

「うん、パパ……あたしも。これからは、一緒だよね」

「ああ、もう誰の手にもおまえを渡したりしない。さあ、人間どもが動き出す前にさっさとここから逃げよう。

 夜明けまで、もうあまり時間がないぞ!」

 疲れた体に鞭打って、二人は立ち上がった。

 ぐずぐずしていては、別の敵に逃げ場を塞がれてしまう。そうなれば、せっかく生きて再会したのが水の泡になってしまう。

 すぐにでも車に向かおうとして……竜也は一つだけひな菊に尋ねた。

「ところでひな菊……噛まれたり、奴らの血が目や口に入ったりはしてないな?」

「うん、大丈夫」

「良かった……なら一気に遠くまで逃げるぞ。行こう!」

 二人は明るくなり始めた廊下を、手を取り合って歩き出した。


 二人が歩んだ後に、ぽつぽつとほんの小さな血痕が続いていた。しかし二人とも、前と足下だけを見ていてそれに気づくことはなかった。

 二階の廊下に、棘を上に向けた画びょうが貼りつけられていたことも。

 一体誰が、何のためにそんなことをしたのか……。

 答える者は誰もおらず、捨てられた竜也の城には愛に退けられた者たちの死体が転がるのみであった。

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