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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
296/320

296.愛の反撃

 大切な人と愛の証を見つけたひな菊ですが、変わり果てた友はすぐ側に迫っていました。


 ……しかし、強い能力があれば勝てるとは限らない。

 今のひな菊には強い愛があるし……聖子とひな菊、ここ一番で踏ん張れるかの違いは何だったのか。

「ひぃなぁ~、そこにいるのは、分かってるわよぉ~!」

 扉の向こうから、聖子の恨めしい声が響く。

 ついに、ここまで来てしまった。

「ねえ、ひなぁ~……あんた、痛いのとか苦しいのとか、嫌いでしょ?もし今ここで土下座して謝るならぁ、楽に死なせてあげるわよ。

 死んだ後はぁ、永遠にこき使ってあげるけど!」

 聖子が、嘲るように呼び掛けてくる。

 しかしひな菊は、ぐっと奥歯を噛みしめて黙っていた。

 痛いのは嫌だが、素直にいう事を聞いたとて聖子が約束を守るとは思えない。さんざんいたぶって踏みにじって、結局痛めつけてくるのが目に見えている。

 元々いい加減な女だし、それがさらに恨みに狂っているのだから。

 ひな菊が何も答えず黙っていると、扉の向こうの声があからさまに苛立った。

「ちょっとぉ~、私にそーいう態度とっていいと思ってんの?

 それとも、怖くて声も出ない?

 でもぉ、いくら静かにしたって無駄ぁ!あんたがそこにいるのは分かってるし、こんな扉私には何ともないんだからぁ!!」

 ヤクザかと思うような脅し文句とともに、扉が震える。

 竜也が自分の身と悪事の秘密を守るために、特別に作らせた頑丈な扉。その一部がみるみる汚れていき、ポツポツとオレンジ色の光が灯る。

 一分もしないうちに、呪いの炎に侵された扉を貫いて宝剣の刃が現れた。

「さあ、何秒で壊れるかな~?」

 聖子はもったいぶるように、刃をじりじりと動かしていく。

 簡単に鍵だけ壊して入ろうとか、そういう考えではないらしい。あくまで、ひな菊の恐怖を煽って力を見せつけようとしている。


(……分かってる、あんたってそういう子よね)

 ひな菊は一度深呼吸すると、足音を立てないように素早く扉へ走った。そして刃が刺さったままの扉を靴でそっと支え、こっそりと鍵を外した。


 次の瞬間、ひな菊は全体重をぶつける勢いで扉を開け放った。

「いぃえええぇーっ!!!」

「ちょっあわわっぎゃあ!!」

 宝剣を握ったままの聖子は扉にぶつかられ、引きずられ、もんどりうって倒れた。その拍子に、宝剣が手から離れる。

 その右手めがけて、ひな菊はジャンプからの踏みつぶしをかました。

 足の下で、ゴリッと嫌な音がする。

 間髪を入れずに、ひな菊は聖子の顔面を蹴る。それはもうサッカーのロングシュートを決めるつもりで、足を振り切る。

「ぐべぇっ!?」

 聖子が少女にあるまじき醜い悲鳴を上げ、ばたばたともがいた。

 痛みを感じなくても、衝撃と心の動揺は防げないらしい。体の損傷による、機能と感覚の喪失も。

「えい!えい!うえぇい!!」

 ひな菊は叫びながら、執拗に聖子の顔を蹴る。

「うべっ!ぼほぉっ!……よくも、この……うああぁ!!」

 聖子が体に力を入れて突っ張らせ、途端に聖子の触れている床に臭いシミが広がる。全身から呪いを放出したのだ。

「ひゃっ危な!」

 ひな菊は慌てて下がり、社長室に武器を取りに戻る。

 その隙に、聖子はどうにか宝剣を拾って立ち上がった。

「よ、よくも……やってくれたねぇ~ひなぁ~!!」

 新しい武器を取って振り返り、ひな菊は息をのんだ。

 聖子の姿は、もはや有名な怪談に出てくるお岩さんのようだ。片眼が潰れて眼窩からこぼれ、唇も一部がはがれ、おまけに首もひねったのか変な角度になっている。

 だがひな菊は、怖いよりも手ごたえを感じた。

「はぁ……はぁ……やっぱり、聖子は所詮聖子ね!」

 おぞましい見た目になっているのは、聖子の体が大きく壊れてきているから。しかもひな菊自身の手で、ここまでやれた。

 聖子は決して、倒せない相手ではない。この見た目はその証だ。

「ふふーん、ずいぶんいい顔になったじゃない。

 汚いあんたには、お似合いよ!」

 ひな菊が罵ってやると、聖子は醜く崩れた顔をさらに怒りに歪めた。

「こ、このぉ……よくもぉ!!」

 聖子はひな菊に斬りかかろうとするが、踏み出すたびに不格好にふらついて進まない。おまけに、宝剣をしっかり構えることもできない。

 片足首をひねっているのに加え、首をひねってさらに視界が片方失われ、おまけに手首の骨が離れて先が動かせないからだ。

「ぐっくうぅ……何よ、これ……動け!動げえぇ!!」

 痛みはなくても、体が壊れればその分動けなくなる。

 聖子には、そんな簡単な事も分からないのか。

 結局、聖子は与えられた呪いの力と痛みのない肉体に酔いしれているだけだ。死霊の巫女の体で人間なんかに負ける訳ないと、舞い上がっている。

 おかげで防げる攻撃を防げないし、攻撃も宝剣頼みでそれ以外考えていない。

 同じ死霊の巫女でも、野菊とは月とスッポンだ。

「あんたごときがあたしに逆らうとか、無理なのよ!

 さっさと、あんたこそ謝りなさいよ!!」

 ひな菊は掃除道具や鉢植えを使って、聖子を翻弄する。痛みがなくても不自由な聖子は、ひな菊を宝剣で捉えることができない。

「こんな……何で!?私は、人間なんかに……」

「あんたなんか、元々メス豚よ!!」

 もはや聖子は、文鎮をぶつけられるだけでよろめいてたたらを踏む。

 そうしてもたれかかった背後には、開け放たれた窓。

 そこに押し付けるように、ひな菊は車輪付きの椅子を転がした。さらに自分も、長いモップを残った目めがけて突き出す。

「きゃあっな、何!?」

 周りが見えずやみくもに宝剣を振り回す聖子。その宝剣が、ガキッと窓枠に引っかかった。

「今!!」

 ひな菊は聖子の手を、ありったけの力で殴りつける。

 聖子の手から離れた宝剣が、窓の外に落ちていった。


「あ、あれ……剣……ぶえっ!?」

 剣を失いあっけにとられる聖子を、ひな菊はモップで殴り倒した。聖子は勢いよく床に叩きつけられ、また顔が歪む。

「う、うにゃ……なん……れ?

 わた……ひ……強い、のに……」

 聖子は、どうしてこうなったのか分からないようだ。何度も転んで頭をぶつけまくり、脳が損傷しているのかもしれない。

「フン、付け上がったからでしょ!

 いくら力があっても、これじゃ普通の死霊と変わんないわね。……潰してあげる!」

 床でのたうつ聖子に、残虐な笑みのひな菊が近づく。その両手で、何かの賞らしき重そうな盾を握って。

 それに気づくと、聖子は慌てた。

「ちょ……待っでぇ、おかじいよぉ……!

 何れ、わたひ負けうの?こ、こいつも……天罰……当たるべぎじゃ、ないの?らっで、こいつも……わたひと同じ、悪……!」

「同じじゃない!!」

 ひな菊は、聖子を見ろ押して言い放った。

「あたしは、あんたみないな薄情じゃない。

 あんたみたいに、自分のためだけに生きてない。

 あんたは親すら都合がいいかでしか考えないけど、あたしは違うの!あたしはきちんとパパが大好きで、そのために戦うの!」

 ひな菊の目が、汚物を見るように、冷たくなる。

「あんたみたいに、すぐ親のせいにしたりしないのよ。

 愛は悪に勝つ、知らないの?」

 その言葉をとどめに、ひな菊は聖子の頭に重い盾を叩きつけた。聖子の頭が陥没し、体がピクピクと痙攣した後動かなくなる。

 無様な死体に戻った聖子に、ひな菊は吐き捨てた。

「ざまあみろ。パパが悪いなんて……あたしには絶対言えないんだから!!」

 その言葉には、どこか嫉妬が含まれていた。

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