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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
295/320

295.離れ離れ

 ひな菊の方に場面が移ります。

 変わり果てた聖子に襲われたひな菊は、ただ恐怖に引きずられて逃げていました。


 しかしその先に逃げ道はなく、パパからも離れてしまう一方。そのうえパパが来ない感覚に、ひな菊は嫌というほど覚えがあって。

 ……それでも、パパの愛の証はそこに散りばめられていました。


 ひな菊は、死から逃れたい一心で足を動かしていた。

 凶悪な死神のようになった聖子は、自分をいたぶってしかし確実に殺そうと迫って来る。今もその、引きずるような足音が後ろからついて来る。

「ひぃ~なぁ~観念しなさいよぉ。

 そっちに逃げ場なんかないわよぉ!」

 現実を突きつける言葉から耳を塞ぎ、ひたすら逃げる。

 だって逃げれば、少なくとも刃が届くのを遅らせられる。それに社長室の方には、今動く敵はいなかった。

 少しでも安全な方に、足が動いて止まらない。

(やだ、怖いよ……助けてよパパぁ!)

 一人では心細くて、暗がりが怖くて、本当はパパから離れたくないのに……聖子から逃げるほどにパパから離れていく。

 もう、自分を守ってくれる人は他に誰もいないのに。


 やっとのことで社長室に戻ると、倒れたままの悪代官を踏み越えて中に入り、へこみだらけの扉を閉めて鍵をかける。

 ちょっとした時間稼ぎにしかならないのは、分かっている。

 聖子も呪いの炎をまとった宝剣を使う以上、扉があっても神通力で破ってくるだろう。

 それでも、その時を少しでも遅くできれば。せめてそうやって時間を稼いでいる間に、夜が明けてくれたら。

 そうすれば、少なくとも黄泉からは逃れられる。

 だがその先を考えると、また暗澹たる気持ちになる。

 夜明けまでここから出られないということは、人間から逃げられないということ。自分たちを恨む人間の手によって、自分は結局パパと引き離されるのだろう。

 そして、矯正の名目で、パパの役に立とうとしたことを間違いだったと認めさせられるのかもしれない。

(うぅ……嫌だよぉ……パパを、好きな気持ち……取られたくないよぉ!!)

 どう考えてもそれを守る道が見つからなくて、ひな菊は一人泣いた。


 そうしている間にも、扉の外で引きずるような足音が近づいて来る。

 聖子はひな菊の反撃で片足首をひねっており、動きは鈍い。だが死霊ゆえ痛みを感じないため、歩けなくはない。

(やだ、来ないで!!お願い、早く夜が明けてよ!!)

 ひな菊は一分一秒でも早く夜が明けるように必死で祈りながら窓の外を見るが、そんなものが通じる訳がない。

 空は山の端が少し紫色を薄めてきた程度で、太陽の眩しい朝焼けの色はまだ届かない。何度目をつぶって開けても、ほとんど変わらない。

 なのに聖子は近づいて来る。

 ゆっくりとしか動けないのに、ゆっくり流れる時間の中では思った以上に速い。すぐにでも、扉の前までやって来そうだ。

 このままでは、確実に夜が明けるまでに自分がやられる。


 この気が狂いそうな恐怖に、ひな菊はひたすら泣いてパパに助けを求める。

「うえええぇん!!パパ!!お願い助けてよパパぁ!!」

 だが、いくら泣いてもパパは来ない。

 そのどうしようもない怒りと寂しさに、ひな菊は既視感を覚えた。いや、既に慣れ親しんだ諦めが胸に広がる。

(そっか……パパは、いつもそうじゃん)

 思い返せば、小さい頃はいつもこんなだった。

 ひな菊がいくら泣いても怒っても、パパが応えて側にいてくれることはなかった。

 ママと一緒に誕生日や何かの行事の飾りをたくさん作って、電話口でこんなに頑張ったんだと涙混じりに伝えても、だめだった。

 最近は諦めてそういうことをしなくなったけど……今日も同じなだけじゃないか。

「ひっぐっ……パパぁ……」

 ひな菊は、いつも通りのパパが来ない予感に愕然とする。

 報われない。救われない。応えてもらえない。

 それなのにパパを求め続ける自分が、いっそみじめにすら思えてきた。それでもそれを認めることは、あんなに大好きなパパを諦めることで……。


 せめて他の逃げ道をもう一度探そうと思い立ったところで、足元でがさりと音がした。

「もう、こんな時に……!」

 腹立ちまぎれに懐中電灯で照らすと、それが写真だと分かった。

 よく見るとそこに映っているのは、幼い頃のひな菊。そして今は天国に行ってしまった、それまではよく側にいてくれたママ。

 辺りを見れば、他にも散らばっている。

 どれもこれも、ひな菊とママの写真。

(そっか、これ……さっき事務長さんが金庫から……)

 ひな菊はこれが、パパが大事に金庫にしまっていたものだと思い出した。

(パパ……やっぱり、あたしたちのことは好きなのかな)

 好きじゃないなら、こんな風に大事にはしないはず。そう思うと、ひな菊は少しだけ報われた気分になった。

 そうだ、パパは自分が嫌いだから来ないんじゃない。

 来たくても、来られないんだ。

 今はいつもとは違う。パパだって自分と一緒になりたくて、そのために階段の下で一生懸命戦っているんだ。

 これからは二人で生きようって、そのために必ず生きてここから逃げようって、言ってくれたじゃないか。

 見捨てないで、自分だけで逃げ出さないで下にいるじゃないか。

「分かった、パパ……今度こそ、死ぬ気で頑張ってみる!!」

 パパが自分を愛している証は、確かにあった。

 だからそれを失わないために、何としても自分でパパのところに行くんだ。

 そうだ、パパは自分を何不自由なく過ごさせるために、自分の側にいなかった。でもそれだけじゃ肝心な時に守れないって、今度こそ分かってくれたはず。

 こんな時こっちから行って胸に飛び込んだら、きっと認めてくれるはず。

(パパ……絶対ここから逃げて、ずっと一緒にいようね!)

 ひな菊はパパが大事にしていた家族写真を、お守りのように数枚ポケットにしまい込んだ。自分が、どんな恐怖にも折れないように。

 それから、何か武器がないかと部屋の中を見回した。

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