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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
294/320

294.同罪

 話が現代に戻ります。

 竜也とひな菊を合わせまいと阻む、喜久代の内心とは。


 似ている醜いものを見ることで、己を省みられることはある。

 かつて破滅した女も、今破滅しつつある親子も。

「本っ当……嫌にナルわねェッ!

 当たり前の愛モ、与えズふんぞり返っテル男はぁ!」

 己の救いようのない過ちを思い出しながら、喜久代は竜也を妨害する。自分が最期にやられたように、周りのあらゆるものを罠に変えて。

 自分の内にある呪いを使えば、銃などより強力な武器がいくらでも作り出せる。日常が変貌してあらゆる方向から牙をむくような、恐ろしい罠が。

 自分だって求めようと過ちを犯してこんな事になったんだから、同じ悲しみを生み出した奴は同じかもっとひどい目に遭ってしかるべきだ。

 そんな思いに突き動かされて、喜久代は戦う。

「ウフフフ……許せなイ!絶対に、許さナイ!!

 今さら娘を抱きシメなんて……サセないんダカラぁ!!」


 喜久代にとって、竜也は自分の父に被って見えた。

 そしてひな菊の苦しみは、自分のもののようによく分かった。

 娘が当たり前の愛をいくら求めても、決して与えようとしない。一緒にいられない悲しさを物や金でごまかそうとし、娘を自分の都合のいいように歪めていく。

 それで黙って従う娘が、幸せだと信じて疑わない。

 どれだけ、人の心を馬鹿にしているのだろう。

 今、竜也とひな菊を見ていて、最期に野菊に言われた言葉がようやく分かった。

 実の父なのに、こんなにも娘を自分の都合でしか考えない男がいるんだ。他ならぬ自分の父も、同じだったんだ。

 とてもよく似たこの親子を見て、喜久代はようやく自分と父を省みることができた。

 自分がやったことは、この哀れな娘と同じだと。

 この父のために頑張った娘は、父の被害者なんだと。

 そう思うと、とてつもない怒りがこみ上げてきた。

 認められたくて足掻く娘を、見捨てられたくなくて怯える娘を、この父はどこまで無下に扱えば気が済むんだ。

 しかもそれを、全く悪いと思っていない。

(……なら、悪かったって分からせて、全身全霊で後悔させてやるわぁ!)

 自身の悔しさと生前自覚できなかった恨みを、喜久代は竜也に向けていた。


「ぐっ……くそっ……そんな、事が!」

 喜久代が自分に向ける気持ちに気づいて、犯した過ちがひな菊に似ていることに気づき、竜也は明らかにうろたえていた。

 竜也は、喜久代の事件の全貌を知らない。

 喜久代が、ここで全てを語る事もない。

 だが喜久代は、確かに見てもいないひな菊の言動をぴたりと言い当てた。同じ気持ちが分からない人間に、こんな事ができるものか。

 それに喜久代は、ひな菊を哀れんでいる。

 もっと言えば、それゆえに自分とひな菊を引き離そうとしている。

 かつての喜久代の行動も、老人たちが愚痴のように言うのを聞きかじった程度だが……父の帰還を求めたと考えてそれほど矛盾はない。

 寂しくて、父に振り向いてほめてもらうために、何かしたくて……それがエスカレートして何らかの破綻を起こした。

 頭のいい竜也は、何となく分かってしまった。

 そして、それがひな菊と同じだと突きつけられて……愕然とした。

 それでも、竜也は諦めずに立ち向かい続ける。

 ひな菊が自分の愛を受け取れておらずこんな事になってしまったからこそ、これからも二人で生きて埋め合わせをしてやりたい。

 幸いと言っていいのか、これからしばらくは派手な動きはできないのだから。

 その間はひな菊の望むようにしてやって、将来のために歪みを正さねば。

「私はなぁ……戻らなかったおまえの父とは違う!

 私は少なくとも、ひな菊の側にいた!人づてではあるが、きちんと見ていた!放ったらかしのおまえの父とは、違う!!

 私とひな菊は、幸せになるんだ!!

 それが叶わぬ痛みが分かるのに、邪魔するか!?」

 娘への唯一の道に立ち塞がる悪魔に、竜也は吼える。

 この女も結局は、ひな菊を同じ不幸に引き込みたいだけなのだ。まだやり直せる自分たちを阻むとはそういうことだと、怒りを燃やして。


 だが喜久代はそれを聞くと、さらなる怒りを返してくる。

「ハァ……?寝言は寝て言エェッ!

 おまえハ、娘ノ側にいた……なノニ……いつデモ側にイテやレタのに……他人任せにシタ、薄情者がァッ!!」

 竜也がひな菊の側にいた、というのがさらに喜久代の胸を抉る。

 だって竜也は、ひな菊と同じ家に住み毎夜帰っていたのに、ひな菊にあんな思いをさせているのだ。その気になればいくらでも一緒に時間を過ごせたのに、だ。

 これが怠慢でなくて何なのか。

 自分は父が遠くにいたから、帰って来るまではと耐えられていたのに……手が届きそうなのに振り払われ続けるひな菊の気持ちはいかばかりか。

 こんなの、毎日が拷問だ。

 そしてこれまでそんなことをし続けていた竜也が、再起の望みを捨てていないのに変われるとは思えない。

 どうせのど元過ぎれば退屈して、再起の道が見えたらまた娘そっちのけになるんだ。

 喜久代は、ひな菊にそんな思いをさせたくなかった。

「どうセまた捨てルなら……娘を、あたしニ渡しナサい!

 同じ気持チの妹とシテ……永遠に可愛がってアゲるわ!!」

「そんなことはさせん!!ひな菊は、私の何より大切な……」


 しかし竜也が足止めされている間に、愛しの娘の足音は近づくどころか離れていく。悲鳴と助けを求める声も、遠くなって。

 どうやら、聖子に追い詰められてまた三階に戻っていくらしい。

 どんなに会いたいと望んでも、親子の距離は無情に離れていく。

 もしやこのまま、本当に顔も見られないままひな菊と永遠に別れてしまうのではないか……そんな思いが竜也の頭をよぎった。

 竜也とて、他人から見ればそうは見えないが、ひな菊を深く愛してはいるつもりだ。

 それを、傷をなめ合いたいだけの性悪女に渡してたまるか。

 竜也は、そこだけは本物の思いを込めて叫んだ。

「生きろ、ひな菊―!!!」

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