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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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29.奇妙な一致

 ひな菊の父である白川竜也を始め、大人の対応は子供たちの心をささくれ立たせるものでした。

 ひな菊と咲夜と浩太、それぞれの大人との確執が、さらに事態を悪化させていきます。


 また、ひな菊は追い詰められたことで、白菊姫と自分の共通点に気づいていきます。ひな菊が求める、逆転の一手とは……。

 大人たちの心配をよそに、村は意外に平穏だった。

 一番心配されていた村の菊祭りへの寄付についても、白川竜也がそれを引き揚げることはなかった。

「学芸会など、所詮子供の遊びでしょう。

 それにわざわざ目くじらを立てるほど、私は子供じゃない。

 それに、白菊姫が悪役というのはあくまで一方面からみた評価でしょう。人物の評価など、時代や世相によって変わるもの。

 私はひな菊がそれを演じる事に、何の恥もないと思っていますよ」

 竜也は確かにひな菊を大事にしているが、ここで強硬に報復するほど子供ではなかった。

 竜也としては、これからもこの村で工場を経営していく以上、こんな事で村の住民に反感を増幅されたくないのだ。

 むしろ今回の件で恩を売っておいて、それを取引材料としてもっと経営環境を良くしたいとも考えている。

 その方が、将来のひな菊のためにもなるからだ。

 そんな思惑により、村では順調に菊祭りの準備が進んでいた。


 だが、父のその判断に一番不満だったのは、当のひな菊だった。

「なんで……それじゃ、アイツらの思い通りにするってこと!?

 どうしてよ、パパはいつだってあたしを守ってくれたじゃない!パパは恥ずかしくなくても、村の泥まみれの奴らがあたしを笑うのよ!!

 こんな事……パパは良くてもあたしは嫌なの!!」

 ひな菊は、頼りにしていた父親にも見捨てられたようでみじめだった。

 幼くてまだ世の中のことを何も知らないひな菊に、父の考えている大人の政治的駆け引きなど分かるはずもない。

 竜也はそんなひな菊を物で釣ってなだめようとしたが、今回ばかりはひな菊の傷の方が深かった。

 むしろ子ども扱いされたと、余計ひな菊を怒らせてしまった。

 竜也はそれでも子供の駄々こねだと放っておいたが、ひな菊の恨みは想像をはるかに超えて膨れ上がっていた。

(何よ何よ、いつもいい顔してこんな時だけ手の平返して!

 やっぱり大人なんて頼りにならない……あたしが、自分で何とかしてやる!!)

 父が去った自室で、ひな菊はぎりっと唇を噛みしめた。


 学校では、相変わらずひな菊へのバッシングが続いていた。

 それはひな菊がこの期に及んで、白菊姫の役を他の誰かに押し付けようとしたり、仮病で練習をサボろうとしているからだ。

 この行為は、これまでひな菊に不満を持っていた子たちの格好の攻撃材料になった。

 浩太などは、以前ひな菊と話していたセリフで徹底的に追い詰めてきた。

「言っただろう、僕は君を姫姿で舞台に立たせるために努力を惜しまないって。君がそれを都合よく解釈しただけじゃないか。

 それに、今から役を捨てる?そんな事は許さないよ。そういう信用できない事した奴が、これから意見を通せると思うかい?」

 さらに、咲夜が正義ぶった態度ですさまじい攻撃をかける。

 その一方的に悪を断罪するような口ぶりははたから見れば度が過ぎていたが、今まで不満を溜めこんでいた子たちは止めるどころか乗っかるばかりだ。

 そんな咲夜の執拗な攻撃は、私怨のウサ晴らしでもあった。

 親まで自分を押さえつけようとするなら、学校だけでも自分は英雄になってやる。そして我慢を強いる親を見返してやるんだ。

 浩太も、同じような胸中だ。

 親が兄しか見ないなら、自分は別の恵まれた奴をとことん叩いてやる。そうすれば親も自分を見てくれるかもしれない。

 奇しくも、ひな菊と咲夜と浩太は似たような状況になっていた。

 親がとる大人の対応に反発し、ますます意固地になって勝つことにこだわっている。

 多感な思春期に入り始めた子供たちに、親の諌めが必ずプラスに作用するとは限らないのだ。

 親の思いとは裏腹に、対立は悪化するばかりだ。

 咲夜と浩太は己を認めさせるために必要以上にひな菊を攻撃し、ひな菊は何としても自分で敵を叩き潰そうと反撃の手を探している。

 この状況に、大樹だけはかすかな危惧を抱いていた。

(おいおい、大丈夫かこれ……何かヤバい事になったりしないよな。

 学芸会、本当にできるんだろうか?

 ま、最悪できなくてもそれで人生が終わるって訳じゃないけどさ。あー……まあ、学校行事ぐらいで済めばいいか)

 大樹はそれでも咲夜と浩太を止める気になれず、逃げるように下校するひな菊を見送った。


 もはや取り巻きすら信用できず、ひな菊はとぼとぼと一人歩いていた。

 自分の味方は誰もいない、自分が正しいと心から思ってくれる人がいない。村の全てが敵になったような疎外感が、ひな菊の心に満ちていた。

(……もしかして、白菊姫もこんな気持ちだったのかな?)

 ひな菊は、ふと思った。

 美しくて、あんなに村の産業に貢献したのに、最後は一揆を起こされ没した白菊姫。言う事を聞いてくれたら幸せにしてあげるのに、なぜか村中に憎まれている自分。

 ひな菊は、白菊姫に奇妙なシンパシーを覚えた。

(……そっか、白菊姫もきっと、悪くないって認めてもらえなかったんだ。

 だから白菊姫は、悲劇の姫でいいんだ!)

 自分の今の状況と重ねて、ひな菊は白菊姫をかわいそうに思った。

 そうとも、白菊姫が悪者でないなら、自分が恥じる事はなくなる。父が言っていた事の意味が、少し分かった気がした。

 だが、現状はそうはいかない。

 村の住民たちは白菊姫を悪者として語り継いでいて、一揆のことも正当な罰だったと評価している。自分がそうじゃないと叫んでも、おそらく聞く耳を持たないだろう。

(そこを、何とかできれば……!)

 反撃の糸口が、見えた気がした。

 しかし、具体的にどうすればいいかはまだ分からない。

 話を聞けそうな友人とも、絶交してしまったし……。

(そう言えば、白菊姫も野菊に裏切られたんだっけ)

 また自分と白菊姫の重なるところに気づいて、ひな菊は目を潤ませた。

 白菊姫は野菊に裏切られて殺されたが、自分も同じ神社の跡取りである聖子にはめられた。聖子は平坂神社の娘なのに、白菊姫が悪者で最後はどうなったのかなど、全く教えてくれなかった。

 ひな菊が追及してもあたふたして言い訳するばかりだったので、あいつとはもう絶交だ。知っているのに言わないなんて、あんな奴友達じゃない。

 だから結局、一人で考えるしかないのだ。

(……白菊塚に、行ってみよう!)

 ひな菊は自然と、そう思った。咲夜たちはそこから作戦を思いついたと聞いたし、自分に似た境遇の白菊姫を知れば何かヒントが見つかるかもしれない。

 夕闇の中長い影を伸ばして、ひな菊は始まりの地へ急いだ。

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