289.復活の恐怖
ついに、野菊が喜久代たちに迫ります。
そこで明かされる真実……野菊が復活するということを、喜久代たちは想定していませんでした。
でも、神社が残した記録を見れば、本当はもっと前に気づけていたのです。
自分たちに都合よく考えた末に立てた、喜久代たちの目標は本当は……。
「今の!!」
喜久代は、魚を見つけた猫のように反応した。ここからでは遠くてよく見えないが、確かに光るものがあった。
白菊姫は、お姫様だ。頭に飾りをつけているかもしれない。
(お願い……当たりであって!)
喜久代は素早く光ったところを再び見つけて照らすと、望遠鏡でのぞいた。丸く切り取られたような視界の中に、頭に光るものを載せた女の姿が映る。
「……んん?」
喜久代は、違和感を覚えた。
女が頭に載せているものは、妙に高い形をしていた。あれは櫛やかんざしではなく、冠の形だ。
それに、着物の色が違う。白菊姫は黒地に白菊模様と聞いていたが、あの女の上半身の着物は白っぽい。そして下半身は、赤っぽく見える。
これでは、姫ではなく巫女だ。
(……え、巫女?)
おそらく外れだと分かったのに、早く辺りを探さないといけないのに、喜久代はその女から目を離せなかった。
だって、思い当たることがある。
そもそも初めから黄泉の将について得ていた情報の中に、巫女があったじゃないか。野菊は、巫女だ。
(そんな……でも、倒されたはず……)
喜久代の頭の中で、狂ったように警鐘が鳴る。
野菊を倒した、無線の向こうで治安維持隊はそう言った。
しかし、それが本当だとどうして分かる。
間違えて油断したところを、本物にやられたのかもしれない。あるいは、醜態を悟られたくなくて嘘をついたのかもしれない。
信じたくなくて、でも疑わざるを得なくて見続ける喜久代の目と、死霊の巫女の白い目がばっちり合った。
巫女にもそれが分かったのか、手近にいた死霊を盾にしてしまう。
「あっ……!」
撃てる好機を逃したことに気づく喜久代に、時間切れの悲鳴が届いた。
「うわああぁ!!」
はっと辺りを見回すと、少年が尻餅をついて後ずさっているところだった。
そのすぐ目の前に、這いずって少年に手を伸ばす死霊。ついに、死霊が鉄条網を越えて内側に落ちてきたのだ。
「も、もう!?ううっ……」
喜久代は耐えがたい恐怖に苛まれながらも、物見やぐらから下りてそちらへ走った。
「こっちよ化け物ぉ!」
少しでも気を引くように大声で呼びかけ、動きを止めたところで撃つ。そうして助けた少年を、どうにか奮い立たせようとするも……。
「や、やめろ来るなぁ!だ、誰か弾を……おごおおぉ!!」
別方面で、老人の断末魔が聞こえた。
気が付けば、やぐらに上った辺りから機銃の音が聞こえていなかった。弾切れを起こしても、恐怖ゆえに頼もしい銃座から離れられなかったのか。
「ダメえっもう、防ぎきれない!!」
さらに別方面から、おばさんが逃げてくる。向こうで何があったかこちらからは見えないが、状況から考えられるのは一つだ。
「喜久ちゃん、どうするの!?どうすればいいの!!」
もはや片手で数えられるほどに減った仲間が、喜久代にすがる。
しかし、喜久代だってどうしていいか分からないのだ。
こんな数の死霊相手に、この人数で立ち向かえる訳がない。守るにしても、あと五時間以上……あまりに多勢に無勢だ。
(家に逃げこむ?でも、こんな数じゃ壁や扉がもたない!
外へ逃げる?でも、それには鉄条網を上らないと……!)
逃げ場が、ない。
何も言えない喜久代の襟首を、おばさんが掴んで揺さぶる。
「ちょっと、何とか言いなさいよ!
あたしらは、あんたの言う通りにしてこうなったのよ。あんたに力を貸して、あんたのせいでこうなってるのよ!
さっさと、助かる方法を出しなさいよぉ!!」
いくら責められたって、答えなんか出る訳がなくて……。
その不毛な争いに水を差したのは、落ち着いた女の声だった。
「やめなさい、それじゃその子が何も考えられないでしょ」
喜久代もおばさんも、はっと我に返って動きを止めた。今の声は、自分たちの仲間内では聞いたことのないものだ。
誰が……と声の方を見て、二人は全身の毛が逆立つかと思った。
鉄条網を越えようとする死霊の向こうから、巫女が胸から上だけを出してじっとこちらを見ている。
それが誰か思い当たった瞬間、喜久代は撃っていた。
だが、巫女は喜久代が銃を上げるや否やすっと身を引っ込めてしまう。放たれた銃弾は、別の死霊の肉を削っただけだった。
「チィッこの……!」
焦る喜久代に、また声がかかる。
「ずいぶんなあいさつね、せっかく死霊を止めてあげたのに」
そう言われて初めて、死霊が歩み寄ってこないことに気づいた。鉄条網は越えるものの、喜久代たちに手を出さずあくまで取り囲むだけ。
だが喜久代は逆にぞっとした。
こんな芸当ができるのは、黄泉の将以外にあり得ない。つまり、そこにいる死霊の巫女は間違いなく黄泉の将。
「あ、あんた……野菊なの!?」
「ええ、分かってるじゃない」
喜久代の問いに、巫女……野菊はさらりと答えた。
「何でよ!?あんた、神社で倒されたんじゃ……!」
「ええ、そうよ。あんなすごい鉛弾の嵐は初めてだったわ。人間はここまで進歩したんだって、びっくりした。
でも……私が受けた呪いは永遠の罰なのよ。
そんなんで、解放されると思った?」
瞬間、喜久代は気が遠くなりかけた。
永遠の罰……それは終わらない、終わらせることができないということ。たとえ倒されても、地獄の罪人が何度も殺されるために生き返るように、蘇るということ。
喜久代の求めた戦果は、その前提から間違っていたのだ。
(倒せない……そんな、嘘……!)
喜久代は、虚無に放り込まれたような心地だった。
自分は何のためにこの戦いを起こしたのか。邪教を払って村人たちを心服させるため、黄泉の将を倒し災厄を終わらせる。
そして安心安全になった村で、英雄となって父を迎える。
なのに……その目標自体が、初めから達成不可能なものだった。
野菊は、倒しきることができない。
一時的には倒せても、また復活してしまう。
禍根を断つことが、そもそもできない。
「何よ……そんな罠、聞いてない……!」
焦点の定まらない目で呟く喜久代に、野菊は呆れたように言う。
「罠ってあなた……きちんと神社の一族は知ってるし、記録にも残したでしょうに。それを都合よく見ないふりしたのは、あなたでしょ。
私だって、終わらせられるならそうしたいわよ。他の誰かに頭を割ってもらって、もう村人を傷つけずに済むなら、それが一番。
でもね、この呪いと契約はそういうものじゃないの」
野菊は、冷たく無慈悲に告げた。
「だからね……私を倒して村に平穏を、なーんて考えて時点で負けていたのよ。
あなたたちは、初めから」
その言葉に、喜久代と仲間たちは足下の地面が抜けたようだった。
息詰まる暮らしと意のままにならぬ日々の中で、いい突破口を見つけたと思ったのに。これさえやれば、自分たちは幸せになれると思っていたのに。
そのために意気上げて準備をしてきたのは、何だったのか。
呆然とする喜久代たちを、野菊は恨みを込めて断罪する。
「自分たちの身勝手で、こんなどうしようもない戦いを引き起こして。あまつさえ、それで何の罪もない村人たちを巻き込んで踏みにじって!
黄泉も私も、絶対に許さないわ!一片の希望もなく、悔いて死になさい!!」




