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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
285/320

285.伏兵

 苦しくなる間白家の戦況と、そこに襲い来る強敵。


 野菊が倒されたことで意識が戻った、現代でも強力な戦力となっていたあの親子です。

 こいつらがこの形で戦えるようになったのはこれが初めてなので、迎え撃つ喜久代が予測できる訳がなかった。

 でも喜兵衛から話を聞いているので、一応正体を知ってはいるのです。

「よくモ……よクモうちの工場ヲ……!」

「軍人共ォ……図に乗りヨッテぇ!」

 間白家から少し離れた暗がりから、二人の死霊が戦いの様子を眺めていた。一人は矢羽模様の着物にはかま姿の少女、もう一人は喪服をまとった大人の女だ。

 この二人は死んでいるにも関わらず、恨めしそうな顔で言葉を発していた。


 この二人こそ、前回と前々回の大罪人、司良木クメとクルミである。

 野菊が倒されたことで、この二人には人であった頃の意識が戻った。

 そうしておぼろげな記憶をたどって司良木家と工場があった場所に戻って来て……そこに別の家が建ち、銃を持った者がたむろしているのを見た。

 クルミは思った……こいつらが、父の会社を追い出し家を潰したんだと。

 クメは思った……こいつらは、自分たちを痛めつけた軍人共の仲間だと。


 二人は、会社と工場の仇を取って家を取り戻すことにした。


 知能を取り戻した二人は、他の死霊のようにやみくもに突撃したりしない。闇の中から、じっと侵入の隙を伺う。

「ホラ……ごらん、あソコに足場がある」

 クメが指さすのは、さっき治安維持隊が乗っていた鉄条網にめり込んでいるトラックだ。

 クルミも、次々と鉄条網に引っかかっては倒されていく死霊を見て笑う。

「ウフフ……あそこトあソコは、もう登って越えラレそう!」

 どんどん増える死霊を鉄条網に引っかかってから倒すため、今や鉄条網にはたくさんの死体が引っかかっている。

 それだって、固まって重なれば足場になる。

 鉄条網は、いくら敵が来ても有効とは限らないのだ。

「デハ、私は……アチラから……」

「二手に分かれマショウ……お母サン、ご武運ヲ!」

 クメとクルミは、こっそりと動き出した。この異常な動きは、明るい間白家の中からは見えなかった。


 間白家の戦況は、だんだんと傾きつつあった。

 倒しても倒しても、死霊は後から後から現れる。あんなにあった弾薬の箱は、どんどん空になっていく。

 当たり前だ、銃や爆弾を使えば使うほど大きな音が響きわたり、それでさらに多くの死霊が集まってくるのだから。

 喜久代も女子供も、息を切らして小銃を手に走り回っていた。

 今のところは死霊はみな鉄条網で止められているが、その鉄条網にはおぞましいほど死体が張り付いて死霊を撃つ邪魔になってきた。

 場所によっては、死体が何体も折り重なり、気が付いたら死霊が鉄条網の上から落ちてきそうになっていた。

 それを防ぐために老兵たちが交代で竹槍を使って死体を外しているが、一時間もすると体力が尽きて中に引っ込んでしまった。

「くっ……こんな時に、役立たず!」

 喜久代は毒づくが、老兵の体力のなさはどうしようもない。やむなくおばさん方にその役目を代わらせ、自分は少年たちと共に死霊を撃つ。

 そのうち、寄って来る死霊が途切れ始めた。

「皆、もう少しよ!この波を超えれば休める!」

 喜久代は、仲間たちを鼓舞して走り回る。

 大将として指揮だけしていれば、あまり動かず銃だけ撃っていればと思ってまとった美しい着物は、もう泥だらけだ。

 それでも、勝てばこの汚れだって勲章だ。

 喜久代は額の汗を拭い、父との未来を信じて銃火を閃かせた。


 その時、背後で悲鳴が上がった。

 振り返ると、少年の一人が何か長いものに刺さって倒れていた。

「何、どうした……はっ!」

 その出所を探ろうと顔を上げた喜久代は、息をのんだ。鉄条網にめり込んだトラックの運転席の上に、何者かが立っている。

 わずかな風にはためく袖で、そいつが着物姿だと分かった。

 次の瞬間、そいつは烏のように飛び立った。


 喜久代は、反射的に銃の引き金を引いていた。

 しかし、その狙いが定まり弾が当たるより、そいつが飛びかかって来る方が速い。黒い着物の袖を翼のようにはためかせて、そいつは長いものを振りかぶる。

「くっ……!」

 喜久代は、間一髪で避けて転がった。

 返す刃で銃弾を撃ち込むが、頭に当たらなければひるみもしない。

 それに気づいて落ち着かねばと後ずさると、そいつはすっと背筋を伸ばして立ち上がった。前かがみの普通の死霊とは違う、凛とした気迫さえ感じられる佇まい。

 そいつは、竹槍を手にしていた。

 さらに、明らかに技を感じさせる動きで構えた。

(なに……一体何なの、こいつは……!?)

 これが普通の死霊ではないと、喜久代には分かった。だが同時に、目の前のこれが何なのか判りかねていた。

 こんな風に知性ある動きをする死霊は、野菊以外記録にない。

 かといって、野菊とは思えない。野菊はさっき倒されたと連絡があったし、まとっている着物も違う。

 うろたえる喜久代に竹槍を向けて、その女は吼えた。

「喜兵衛はドコだ!?

 仲間タチの仇……取ってヤロうぞ!」


 その瞬間、喜久代の脳裏に昔話が蘇った。

 まだ幼い頃、祖父の喜兵衛がこの村に住むようになった理由を話してくれた。その中に出てくる、クメという復讐に狂って災厄を起こした女……。

 その女は死んだとき、娘のために喪服をまとっていたという。

 そして、武術だけは喜兵衛が感心するほどの薙刀使いであったとも。

 喜久代は、銃口を向けたまま問う。

「おまえは、司良木クメか?」

 喪服の女はうなずき、獰猛な笑みを浮かべた。

「いかニモ、私コソは司良木クメ!

 おまエ、喜兵衛を知ってイルねェ……あの忌々シイ軍人の仲間!その命……仲間ノ仇……恨メしい村の兵……もライ受ける!」


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