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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
284/320

284.本営防衛

 現代の白川鉄鋼でもあった、ホラーのテンプレ祭り!

 戻ってきた味方はもう味方じゃない、しかも人間としてまだ生きていても……。

 そして普段ならまともに戦える戦力を落とすには、酒を飲ませればよい。作者の大好きな三国志にも書いてある。


 さらに、これまでの記録になかった敵が……野菊はこの戦いを思い出して、誰が活躍してくれたと言っていましたか?

 しばらくして、間白家にトラックがやって来た。

 しかし、どうにも様子がおかしい。トラックはずいぶん荒い運転で、間白家を囲む鉄条網に突っ込むように止まった。

「何事なの!?

 ……まあ、治安維持隊の皆さま!」

 トラックから出てきた仲間の姿に、喜久代は少し安堵した。

 だが彼らが光の下に来ると、喜久代はぎょっとした。

「きゃっ……ひ、ひどいお怪我を!」

 やって来た治安維持隊たちは、皆どこかに怪我をしていた。手とか足とか命には別条なさそうなところだが、服にかなり血が染みている。

「すぐ手当の準備を。おばさま方、お湯を沸かしてください!」

 喜久代は慌てて受け入れようとしたが、はっと思い出して尋ねた。

「その傷……まさか死霊につけられたものではありませんよね?」

 死霊に噛まれた死んだ者は死霊になる……喜久代の頭の中に、そのことがよぎった。もしこれが本当なら、家に入れたら危険かもしれない。

 だが治安維持隊たちは、首を横に振った。

「いや、これはな……犬だ。犬にやられたんだ!」

「村の奴ら、俺たちに猟犬をけしかけてきやがった!」

 それを聞いて、喜久代は治安維持隊たちを家に上げた。

「まあ、何て卑怯なやり方を!

 そんな傷、早く消毒しないと病気になってしまうわ。他の方々は大丈夫なの?家にある薬で足りるかしら」

 喜久代は思わぬ被害に慌てたが、一番大事なことに気づいて尋ねた。

「それで、死霊はどうなったのです?

 野菊を倒して、邪悪な化け物共は消えたのですか?」

 無線からの連絡はまだないが、さっきまで現地にいた隊員たちなら知っているはずだ。その答えによって、戦いが終わったかが分かる。

 どうかいい報告でありますようにと祈りながら、喜久代は返答を待った。


 しばし、沈黙が場にたちこめた。

 治安維持隊たちはひどく困ったような、時折ひどく怯えたような顔になって、お互い顔を見合わせている。

 何か言いたくないことがあるのか……喜久代も集まってきた軍人家族の女たちも不安になった。

「あの……まさか、戦いはまだ終わっていないとか?」

 たまりかねた喜久代が言うと、治安維持隊の一人がしどろもどろと答えた。

「いや、それがな……我々にも分からんのだ。

 親玉の野菊を倒したら、化け物共はどこかに去っていった。黄泉に帰ったのか他のどこかへ向かったのか……暗いし人の妨害もあって、追いきれなんだ」

「そうそう!それで、もしかしたらこっちに来るかもとの判断でな……。

 俺たちでも、手当てしてもらえば射撃はできるから……その、用心にな」

 どうにも要領を得ない答え方だ。

 ……が、戦いが終わったと断言できないことは確かだ。少なくとも治安維持隊はそう判断したから、連絡がてら負傷者をこちらに向かわせたのだ。

 喜久代はきりっと引き締まった顔になり、軍人家族の女たちに言った。

「やはり、まだ警戒を解くには早いわ。

 居間で飲んでいるおじい様たちに、お酒をやめさせて、人数は減らしていいので配置に戻らせてください。

 おばさま方も、手当てが終わったら武器を取って警戒を!」

 喜久代の言葉に、女たちは青ざめた顔でうなずいた。


 それでもまだ、喜久代は勝てると思っていた。

 主戦力の老兵たちが酔っているとはいえ、この家に備えた火力と防備は健在だ。負傷してはいるが、本職の追加戦力も来てくれた。

 化け物は残っているが、地上の指揮官を失ってはまともな動きはできまい。

 化け物を重火器で踏みにじれることは神社で証明済みだし、治安維持隊が神社で減らしたならそれほど残っていないはず。

(落ち着いて……このまま夜明けまで守り切ればいいのよ。

 それさえできれば、この村はもうあたしたちのもの!)

 喜久代はそう思って、自らも小銃を握りしめた。


 ……という読みが間違っているのは、もはや明白だ。

 怪我をした治安維持隊たちは、嘘をついている。死霊に噛まれ、呪いを受けたと神社で証明されておいて、我が身可愛さに嘘をついた。

 だって、正直に言ったら助けてもらえないから。

 自分たちは死霊に噛まれたが、まだ生きている。傷はすぐ命に関わるものではない。きちんと手当てをすれば、夜明けまで生きられるはずだ。

 戦友を危険に晒すとか、そんな気遣いはない。

 元より、自分以外どうなってもいいような連中なのだ。

 そのうえ自分たちの失態を隠すために、神社前で大勢の村人を死霊化させたことも、自分たちが対処できず逃げて来たことも言わない。

 不手際と誤算の全てを棚に上げて、後はここにいる本職でもない者たちに守ってもらえばいいと思っている。

 だが喜久代は、それに気づかなかった。

 自分たち軍人に連なる者は皆高潔だと思い込んで、疑うことをしなかった。


 そうして警戒を戻して待つこと数十分、ついに間白家に死霊が現れた。

「おい、これが聞こえるなら近づくな!立ち止まって名乗れ!」

 鉄条網の内側から老兵が呼びかけても、その人影は返事もせずによろよろと近寄って来る。酔っ払いの老兵にも、これが何であるかはすぐ分かった。

「チッ本当に来よったぞ。

 全く、指揮官がやられたならさっさと逃げ帰らんかい!」

 老兵は忌々し気に舌打ちして、機銃で撃った。

 ガガガガッと激しい音が、夜の湿った空気を震わせる。

 ……しかし、なかなか倒せない。酔いのせいでうまく狙いが定まらず、弾数で押して当てても頭には当たらない。

「な、何じゃ……こなくそっ!

 早よ往生せいや!!」

 結局、老兵が弾帯を一本使い切っても、死霊はまだ這いずって動いていた。死霊は人間より遥かに精密に狙わないと止められない……誰もその脅威を本気で考えていなかったのだ。


「何ですって、死霊が!……は?たった一体に、そんなに弾を使ったの!?」

 開戦の報告に、喜久代はついに来たかと思った。

 同時にもたらされた戦況報告に、酔っぱらった老兵共を恨んだ。さっきは自分を心配性と馬鹿にしておいて、この体たらくは何だ。

 喜久代がにらむと、老兵たちは青ざめて苦笑いした。

「は、はは……そう目くじらを立てんでくだせえ。

 まだ弾はたっぷりありますで」

「そうそう、それに、治安維持隊の方々がだいぶ減らしてくれたはず……なっ!」

 老兵にポンと肩を叩かれると、隊員は真っ青な顔でうなずいた。

 喜久代も、それなら大丈夫だろうと頭を切り替えた。今やるべきは味方を責めることではなく、死霊と戦うことだ。

「分かったわ……でもこれからは、もっと引き付けて撃つのよ!

 それから、怪我をした隊員さんたちも防衛に加わってください。動かないで陣地の中から撃つだけなら、できますよね?」

 喜久代は迅速に、命令を下す。

 この状況判断と指揮能力は、さすがに喜兵衛の血筋を思わせた。

 こうして、間白家に寄って来る死霊のせん滅戦が始まった。

 酔っぱらった老兵を一部、女子供と交代させ、怪我をした治安維持隊も動ける者は手伝わせる。死霊は十分近づいてから、いっそ鉄条網に引っかかってから頭を狙う。

 それでも不慣れ故弾薬の消費は多かったが、喜久代たちは着実に死霊を倒していった。

 ……が、倒しても倒しても死霊は現れる。むしろ、時を経るごとに増えてくる。そして、大半は防空頭巾や国民服をまとっている。

「この服装……まさか、集落が襲われているの!?」

 喜久代はここでようやく、一つの読み違いに気づいた。だが、この期に及んではもう逃げ出すことはできなくなっていた。


 それに、間白家を狙うのは普通の死霊だけではない。

 これまで誰も対峙したことがない特別な死霊が二人、虎視眈々と間白家を狙っていた。

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