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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
283/320

283.終わり?

 終わったと思ったら終わってない、ホラーのテンプレです。


 喜久代ちゃんはそれでも勘が良かった方ですが、共に守る者たちは一気に気が緩んでしまい……。

 そして露呈する、軍人家族たちの喜久代に対する扱い。

 それでも父と軍人を信じたい喜久代は、状況を確認しようとしますが……ホラーにおいて、便りがないのは……。

 喜久代は車で屋敷に戻ると、死霊を連れた野菊が現れるのを今か今かと待っていた。しかししばらく待っても、何も来ない。

 代わりに入った治安維持隊からの無線が、状況を知らせる。

「えっ……治安維持隊の方に野菊が現れた!?

 いいわぁ、そこで仕留められるなら仕留めて!」

 自分の手でやれないのは残念だが、武器がある所に現れたなら問題はない。そこの対人用の火力で葬り去るのみ。

 程なくして、治安維持隊が野菊を討ち取ったと報告が来た。

「あらら……意外とあっけないのね。

 これで終わりかしら?何だか、拍子抜けねえ」

 この知らせに、軍人家族たちの気は緩んだ。

 村人たちはあんなに畏れていたが、今の火力の前では所詮この程度だ。ずいぶん大げさに準備をしたが、取りこし苦労だったか。

 これで勝敗は決した。

 黄泉の勢力はこの村から除き、自分たちは真の英雄になった。もうこの村に、神国の使徒である自分たちに逆らえる者はいない。


(ああ、良かった……これで安心してお等様を迎えられる)

 喜久代も安心して、少し外の空気を吸おうと縁側に出たところで……気づいた。

「あら?」

 見上げた月は、不気味な赤に染まったまま。吹き抜ける風は、さっきより生臭さが濃くなったような気さえする。

(本当に……終わったのかしら?)

 喜久代の頭の中に、警鐘が鳴った。

 野菊を倒したのに、呪われた風景が変わらない。まだ村には、黄泉の気配がある。

 そうだ、野菊は化け物を操っていても黄泉の手下にすぎない。野菊を倒しても、黄泉そのものに打撃を与えた訳じゃない。

 それに気づくと、喜久代ははっと身を翻した。


「まだ武装を解かないで!

 夜明けまでは、不測の事態に備えて……って、何してるの!?」

 喜久代が警戒を解かないように伝えに行くと、軍人家族たちの一部はもう酒盛りを始めていた。

 勝利の祝いとばかりに、主戦力の老人たちは一升瓶を回し飲みしている。

 喜久代が駆け寄ると、老人たちは赤ら顔で笑った。

「心配せんでも、治安維持隊は終わったっつったんだろ?

 なら、何も心配あるめえ!」

「でも、まだ月と風が……!」

「月ぃ?風ぇ?んなもん噛みつきゃせんて!」

 すっかり勝った気分の老人たちは、取り合わない。それどころか、不安そうにしている喜久代をからかって言う。

「あんなぁ、何でも大げさにやりゃいいってもんじゃねえぞ。

 こんなに大掛かりに準備しといて、こっちゃ戦いもせずに済んだじゃろうが!」

「ハッハッハ、喜久代ちゃんは心配性だなぁ~!

 大将だか姫君だかは、んな落ち着かんじゃいかんぞ。おまえも一杯やらんか、親父殿への報告の前祝いじゃ!」

 諫めに来たはずなのに逆に杯を向けられて、喜久代は戸惑った。

「い、いえ……あたしは、まだ子供だし……お国の法は守りますわ」

「そーかそーか、真面目ちゃんだね。

 ……が、あんまりお堅いと嫁の貰い手がないぞ!」

 老人たちの意地悪な言い方に、喜久代は内心ムッとした。

 さっきまでは自分を大将として、あんなに自分を立てて言うことを聞いてくれたのに、この変わりようは何だろう。

 この人たちは、自分を軽く見ていたのだろうか。

 それとも、勝って浮かれているだけか。

 ここにいると今まで信じて来たものが信じられなくなりそうで、喜久代は逃げるように奥座敷に引っ込んだ。

「無線で、変わったことがないかあちらに聞いてみます!」

 とはいえ喜久代も、これで終わったと確かめて信じたかったのだ。


 喜久代はざわつく胸を押さえて、無線で治安維持隊に呼びかけてみた。しかし、いくら呼びかけても応答がない。

「……おかしいわ、どうしたのかしら?」

 それでも軍人家族たちは、いいように解釈して笑っている。

「こりゃ、向こうも酒でも隠しとって一杯やっとるかもしれんぞ」

「いや、もしかしたら非国民共が意外に多かったのかもしれん。邪教の親玉を潰されて、慌てふためいた信徒共が、押し寄せたか」

「まあ……でも、それは有り得るわね」

 人間と戦っているかもしれないと考えると、喜久代は少し安心した。

 そうだ、黄泉との戦いは終わっても人間との戦いは終わったか分からない。むしろ、根絶やしにしなければならないのはそちらか。

「少し、こちらから弾薬を持って行った方がいいかしら?

 ああ、あたしとしたことが主戦場を見誤るなんて……」

「なに、連絡がなきゃ大丈夫だろ。便りがないのは元気の証じゃ!」

 喜久代はどこかすっきりしなかったが、軍人家族たちの言う通り様子を見ることにした。状況が分からないのにむやみに動いても、現場を混乱させるだけだ。

 少し離れた集落にも、特に変わった様子はない。

 ならば、このまま安全な所に籠って夜明けか無線の応答を待とうと。


 ……そうしている間にも、神社と集落では死霊がどんどん増殖していた。

 通信手段が乏しいうえ軍人たちが何をするか分からないこの状況で、村人たちはこの家に助けを求めようとしない。

 そんな因果応報で、喜久代たちは集落の異変に気付かなかった。

 赤い月の下で、鮮血に身を染めた死霊たちが、ゆらゆらと間白家に向かう。

 戦時下の灯火管制で集落が暗い中、間白家だけは敵を見やすくするために明るくなっているからだ。


 喜久代の主戦場の読みは、間違っていなかった。

 ただ仲間が起こした想定外で、戦いの性質が大きく変わってしまっていた。

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