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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
282/320

282.想定外

 身勝手に人を巻き込んだのと油断で、意図せず死霊を増やしてしまった治安維持隊。

 それでも彼らは、生き汚く足掻こうとします。


 その結果、村には未曾有の惨劇が……。

 ここで起こったことは、現代のタエと二郎の別れ辺りと、白川鉄鋼と隣町の無線会話辺りで語られています。

 現代の老人勢の若い頃もちょろっと。

 とはいっても、治安維持隊がここで全滅した訳ではなかった。

 彼らも一応訓練を受けた警察組織の一員で、武器も持っている。自分に噛みついてきた死霊を射殺し、あるいは斬り払って全力で逃げ出した。

 そして、すぐ側の安全地帯に逃げ込もうとしたが……。

「な、何で入れないんだ!?」

「おい、開けろ!入れろーっ!!」

 神社の境界で見えない壁に弾かれるように、そこから中に入れない。呪いを拒む結界は、噛まれた治安維持隊たちをも拒んだのだ。

 治安維持隊たちは口々に呼び掛けて、それでも反応がないと脅しに銃を撃ち込んだが、平坂家が出てくることはない。

 だって、出て行ったらそれこそどんな目に遭うか分からないのだから。

 無法者が入って来られないなら、わざわざ姿を見せることはない。

 この現実に、治安維持隊たちは愕然とした。


 自分たちはもう、人にも天にも守ってもらえない。

 神国日本を守る選ばれし戦士として当然のことをしていたはずなのに、気が付いたら神に仕える者に見捨てられ、呪われていた。

 聖なる結界で排除される、穢れた存在になってしまった。


 背後から、人と獣の中間のような唸り声が聞こえてくる。

 治安維持隊たちは、戦慄した。

 もうここに、自分たちの安全地帯はない。自分たちを守ってくれる者はいない。いるのは、自分たちを食らって黄泉に引きずり込む化け物だけ。

「ひいいっ嫌だ!!死にたくない!!」

 治安維持隊たちは、あっという間に恐慌を起こして散り散りに逃げ出した。

「どけどけぇ!儂が先だ!!」

 隊長はたった一人、一番速く走れるジープに乗って逃げ出してしまった。

 隊員たちはガソリンの少ないトラック、あるいは徒歩で、どこでもいいから助けを求めて村の集落に向かった。


 ……その結果、何が起こったか。

 助けを求めて村の集落に向かった隊員のうち傷が深かった者は、間白宅にたどり着く前に力尽きて死霊に変わった。

 そして、軍服姿のまま助けではなく餌を求めて家の戸を叩いた。

 さらに逃げる隊員たちを追って、神社前で発生した死霊が集落に入った。彼らはほとんどが、さっきまで村人として生きていたのだ。

 そんな死霊を相手に初見で正しい判断ができる者は、多くない。

 助けようとして思わず近寄ってしまい、噛まれる者が続出した。

 なにしろ、死霊は禁忌を破った者を狙うと記録が残っているのだ。村人たちは、無関係な自分たちは大丈夫だと信じていた。

 それがまた、被害を拡大させた。

 村にはあっという間に死霊があふれ、これまでにない地獄と化した。


 村人たちは混乱し、恐慌を起こし、逃げ惑った。

 しかし逃げた先でも、噛まれた者が紛れているとそいつが死霊となって惨劇が始まってしまう。

 それを防ぐために、近しい者を殺さねばならない者もいた。

「お、お願い……私のためだから……殺して!

 でないと、あんたも……弟たちも……食いたくないのぉ!」

 ある猟師の家では、噛まれた母親が我が子に殺してくれと懇願していた。母親はもう息も絶え絶えで、銃も持てなくなっていた。

 頼まれた息子はそんなことはできないと泣きじゃくり、逃げるように別室に閉じこもって……しばらくして、後悔した。

 聞こえてきた、弟の絶叫と激しく泣く声。

 戻ってみると、目を白く濁らせた母親が弟の腹を裂いて食っていた。

 必死で銃を取って母親の頭を撃ったが、時すでに遅し。瀕死の弟の頭も、撃たねばならなかった。

 たった一人になった息子は、血みどろの家で慟哭した。

「な、何で……儂らがこんなにならにゃいかんのだ!?

 黄泉は、村を守ってくれるんじゃなかったんか!!

 死霊共……野菊……これからは、もう騙されねえぞー!!!」

 この時、沢村田吾作は、黄泉を憎み自らの手で村を守ることを決意した。


 命を落とさなくても、思うに任せぬ道に引き込まれる者もいた。

「タエちゃん……脱いでくれないと、入れる訳にいかんだ」

 裸電球の下で、うら若き少女が頬を赤く染めながら服を脱いでいく。それを、年上の少年が目を皿のようにして見ていた。

 噛み傷があったら死霊になるから、全身にないことを確認しないと一緒に隠れられない。

少年の言ったことは、正しい。

 少年はしばし鼻息を荒くしてタエの体を見ていたが、やがてちょっと前かがみになってタエの手を引いた。

「大丈夫だ、入れ。安心せいよ……守ってやるから。

 責任取って、幸せにしたるからな……こんな所で死なせたりせん!」

 少年の興奮を隠しきれない声を聞きながら、タエは涙をこらえていた。

(ああ……もう私、二郎さん以外のお嫁に行けねえ!

 嫌だよう……田吾作さん、ごめん……でも、生きたいんだよぉ!)

 この時代、女が裸を見られたらもう縁は結ばれたも同然。タエはこの時、畑山二郎の嫁になることが決まった。


 惨劇は、村の中に留まらなかった。

 ジープで逃げ出した治安維持隊の隊長が、隣町まで行って病院に駆け込んだのだ。そして身分を盾に治療しろと強要し、そこで死霊と化した。

 しかし治安維持隊の隊長相手に手荒な事はできず、病院内で噛まれる者が続出。病院は死霊の巣窟となった。

 本来対応するはずの治安維持隊がいなかったため、その病院は焼き払うしかなかった。

 この後しばらく、この地区の病人は病院が遠くて苦しむことになった。


 何もかも、これまでにない大惨事。

 軍人たちも村人も野菊も、予想だにしなかった惨禍。

 だって、野菊が頭を撃ち抜かれて死霊の統制が外れたのは、これが初めて。何が起こるか分からなくては、備えようがない。

 治安維持隊と軍人たちは、進んだ時代の火力でパンドラの箱を開けてしまったのだ。

 その報いは、元凶となった喜久代と軍人家族にも降りかかろうとしていた。

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