281.油断
野菊を倒して、それで戦いが終わると思ったか?
現代の戦いを見て来た皆様なら、もうお判りでしょう。
そのうえ、この戦場には死霊が容易に仲間にできるものが大量に転がっていました。戦力を増やすためにここに向かうという野菊の考えは、ある意味間違っていなかった。
真昼のように明るい参道で、野菊の体がぱたりと倒れる。握られていた剣は暗い炎を失い、からんと地面に落ちた。
治安維持隊たちの見合わせた顔に、勝利の笑みが広がる。
「やった……黄泉の化け物を、倒したぞ!!」
「俺たちが、村の救世主だああーっ!!」
治安維持隊たちは、拳を突き上げて歓声を上げた。
自分たちは、この村を邪な力で惑わす黄泉の使いを倒したのだ。神国日本を汚す、人外の国敵を討ち取ったのだ。
これ以上の手柄があろうか。
適当にいう事を聞かない非国民を殺しておこうと思ったら、棚から牡丹餅だ。
こんなすごいものを討ったのだから、どれだけの人間の首より価値がある。自分たちは、人間を超えたところにいる敵に勝ったのだ。
とてつもない優越感と全能感が、隊員たちを包んだ。
「よーしおまえたち、写真機を用意しろ!
我らが討った国敵を、写真に収めるのだぁ!」
隊長は、満面の笑みで高らかに命じた。
これほどの手柄なのだから、何としても上に提出できる証拠を残さなくては。もし夜明けとともに化け物の亡骸が消えてしまったら、手柄も消えてしまうではないか。
もし自分たちのおかげで黄泉がいたずらに人を引き込まなくなり、各地の戦況が良くなったら……この手柄はどの戦場のどんな戦功より大きい。
自分たちは、一気に幹部の仲間入りだ。
そんな都合のいい妄想で頭を一杯にして、治安維持隊たちは参道に下りた。
参道には体のちぎれた死体がごろごろ転がっているが、もう立って歩いている奴はいない。地面でのたうつ奴はいるが、もうまともに動けない。
自分たちは化け物でも歯が立たないのだと思うと、実に気分が良かった。
隊長は頭が欠けた野菊の体を抱き起すと、最高のニヤケ顔でポーズを取った。
「ほれ、もっと明るく照らさんか!
さあ撮れよ、栄光のぉ~一枚を~!」
その時、カメラを手にした隊員は気づいた。
「おい、誰だよ……今は隊長の番だから、勝手に入るなって!」
ファインダーに収まる野菊と隊長の後ろから、誰かが勝手に近づいてきて入ろうとしている。注意しても、お構いなしだ。
隊長も後ろから手を回してくる何者かに気づき、ニヤニヤ笑って振り向いた。
「何だ、心配しなくても全員分撮ってや……お?」
後ろの人と目が合った瞬間、体長は硬直した。
だらしなく開いた口に、白く濁った目。そして頭に開いた穴と、大量の血でベトベトになった半身。
「う、うわぁっ!」
隊長は反射的に、その手を振り払った。
しかし相手は逆に隊長の手を掴み、口に持っていって一かじり。
「ぎぃやぁあああ!!!」
隊長は絶叫しながらも強引に振り払い、死霊を蹴飛ばす。すぐに他の隊員が、銃で死霊の頭を撃った。
「大丈夫ですか、隊長!?」
隊員に支えられ傷口を押さえてもらいながら、隊長は半狂乱になって喚いた。
「おい、何でまだ死霊が動いてるんだ!?
親玉は倒したんじゃないのか!?」
隊長の足下で、野菊は転がったままピクリとも動かない。
だが、まだ周りでは動いている。地面をゆっくりと這いずって、近寄ってくるモノ……さらに、新たにゆらりと立ち上がる者。
「な、何だ……どうなって……ぎゃっ!」
驚いて周りを見回していた隊員は、突然脚に走った痛みに悲鳴を上げた。見れば、下半身がちぎれた死霊が脚にすがりついて噛みついていた。
それを皮切りに、治安維持隊たちから次々に悲鳴が上がる。油断している間に、すっかり囲まれていたのだ。
倒れても這って動ける死霊と、新たに死霊となった村人たちに。
「そんな、まさか……」
「は、放せよぉ!!」
治安維持隊たちは手にした銃とサーベルで死霊共を引き離すが、周りでは次々と新たな死霊が起き上がる。
その死霊たちは皆新鮮な血に塗れ、もんぺや国民服に防空頭巾……今の服装をしていた。
誰かが呟く。
「死霊に噛まれて死んだら、死霊になる……そうか!そんなあぁ!!」
治安維持隊たちは今の今まで、そのことを知っていながら全く気にしていなかった。自分たちが噛まれる前に、全て倒してしまえると思っていたから。
しかし、ここには他にも死霊が噛んで仲間にできるものがたくさん転がっていた。
他でもない、ついさっき治安維持隊たちに撃たれて動けなくなった村人たちだ。彼らが死霊に噛まれ、今ここで新たな死霊になったのだ。
そしてもう一つ、考えていなかったこと。
野菊を倒しても、死霊が消えるとは限らない。
普通の戦争でも、指揮官を暗殺しても前線にいる兵士たちがすぐ戦えなくなる訳ではない。指令がなくなって混乱する間、ちょっと攻めやすくなるだけ。
軍人家族や治安維持隊たちは村の支配にこだわって野菊を諸悪の根源だと思っていたが、死霊を生み出す力は黄泉の神々のものなのだ。
だったら、そこが無事なら野菊が倒れても死霊が消える道理はない。
さらに、死霊は人と違って、痛みで動けなくなったり逃げ出したりしない。頭が無事なら、手足をもがれようと動いて噛みついてくるのだ。
それを考えず戦いが終わったと考えたのは、浅はか以外の何物でもない。
「な、何だよ……逃げええぇ!!?」
まだ階段の横に潜んでいた隊員たちからも、悲鳴が上がり始める。野菊が回り込ませていた死霊たちが、背後から襲い掛かり始めたのだ。
野菊の指令がなくても、死霊たちは迷わない。だって治安維持隊たちは、大きな照明で辺りを照らし、戦うたびに大声や大きな音を立てるのだから。
そこに餌があると分かるから、そこに向かって餌に噛みつくだけ。
治安維持隊は完全に自業自得で、死霊たちの牙にかかった。




