280.鉄の嵐
神社を封鎖する治安維持隊VS野菊の戦い。
そして、治安維持隊の本性は……戦時中の軍人な時点でろくなもんじゃない!
それでも火力が伴っているのは痛い所。
予想だにしなかった近代の火力の前に、野菊は作戦半ばで……これが全ての元凶だった。
血みどろの人々が折り重なる平坂神社で、治安維持隊たちは早くも勝利の祝杯を挙げていた。
「ハハハッ大戦果だ!これで給料が上がるぞ!」
「ああ、これだけの反体制派を倒せば表彰ものだぞ。
軍の言うことを聞かなかったのは事実だし、死んだ奴らの罪状なんて後からいくらでも作れる。俺たちが倒したら、国敵なんだよ!」
まだかすかに響いている国民の呻き声もなんのその、トラックに隠してきた酒を開けて回し飲みしていい気分だ。
「あとは黄泉がどう出るかだが……ま、ここは大丈夫だろ」
「いざとなりゃ、すぐ神社に逃げ込める。
それに、禁忌を破ったのは喜久代だ。一番ヤベえ奴はあっちに行く」
「ああ、後はあっちで勝手にやってくれ。どっちが勝とうが死霊は一晩しかいねえんだから、俺らの戦功は確定だ!」
治安維持隊たちは、手を取ったはずの喜久代すら嘲笑う。
「にしても、馬鹿な女だぜ!ちょっとおだてて親父の誉れだって言ったら、一番危ないところを喜んで引き受けてよ」
「いっそあの女と他の軍人の家族共が死ねば、俺たちが村を支配できるぞ」
「夜明け前にこっそり戻って殺っちまうのも、ありかもな」
喜久代は心を束ねられる味方だと思っていたが、治安維持隊たちの本性はこんなものだ。
彼らにとって喜久代など、父のことに絡めればどんな嫌な役目も盲目で引き受ける、利用しやすい駒に過ぎない。
うまくいけばもっと使い、死んだらそれまで。
治安維持隊たちは、喜久代に災いを押し付けて美味しいところだけ持っていくつもりだった。
……が、そうは問屋が卸さない。
暗い参道に、再び大勢の人影が現れてこちらに向かってくる。
そしてその中心にいる、汚れた巫女姿に呪いの炎をまとう宝剣を携えた黄泉の将。天が見逃しても、黄泉はその罪人共を見逃さなかった。
「んん……また人が来やがるぞ」
「いいんじゃねえの、俺らの戦功が増える。引き付けて一気にやっちまえ!」
参道に現れた人影を見て、治安維持隊たちは即座に迎撃態勢に移る。少し酔っていても、職務と自分の戦功には忠実だ。
階段の横と参道近くの森に潜み、人が近くに来るのを待つ。
しかし近づくにつれ、様子がおかしいと分かった。近づいて来る人々は皆疲れたように足を引きずり、たまに低い唸り声が聞こえてくる。
「何だ、村人じゃないのか?」
「撃っちまえば同じだろ」
治安維持隊たちは、とにかく殺せばどうにでもなるとばかりに発砲する。しかし、参道を進む人々は倒れないし悲鳴も上げない。
「これはおかしい……照明!」
異常に気付いた治安維持隊たちは、さっきのように強力な照明を浴びせた。
光の中に、異様な姿が浮かび上がった。
そこにいた人々は、皆古めかしいボロボロの着物をまとっていた。今時、こんな格好の人間はいない。
そのうえ人々は、強い光に目を覆わない。むしろ一斉にこちらを向くと、その目が白く濁っているのが分かった。
何より異様なのは、手がちぎれたり腹から内臓がこぼれたりしている者がいることだ。本来立って歩くことなど……生きてもいられないようなのが、歩いている。
それを目の当たりにして、さすがの治安維持隊もぎょっとした。
「まさか、あれが死霊なのか!」
「何でこっちに来るんだよ、喜久代を殺しに行くんじゃないのか!」
自分たちの行いがこれを招いたことなど、この外道共は思い至らない。
「……まあいい、国敵は全て排除するまでだ。むしろここで敵の親玉を叩ければ、我らこそ真に村を救った英雄になれるぞ。
喜久代にも恩を売れる、無線で連絡しておけ。
迎撃開始ぃ!!」
治安維持隊は、機銃と榴弾砲で猛攻撃を始めた。
見た目は恐ろしいが、この死霊共が不死身でないことは分かっている。撃って倒せるものならば、恐るるに足りない。
すさまじい鉄の嵐に、死霊たちは吹っ飛び、手足をもがれて倒れていく。
隊長は、ギラギラした目で舌なめずりをして言った。
「巫女姿で剣を持った奴を探せ。そいつが親玉だ。
見つけたら、機銃で仕留めろ!」
階段に設置された照明と空で弾ける照明弾が、戦場を明るく照らし出す。
音と光に反応してぞろぞろと寄って来る大勢の中に、一人だけ動かない奴がいた。その手には、暗い炎のようなものをまとった剣。
「あれだ、撃てえぇ!!」
隊長の号令一下、何挺もある機銃が一斉に野菊に狙いを定めた。
横殴りの鉄の暴風雨のような銃弾の中で、野菊は身を守るので精一杯だった。
正面から向かわせた死霊たちは、あっという間に鉄の雨に打たれてボロボロになって倒れていく。自分を守るように配置した肉の盾も、見る間に削られていく。
(くっ……こんなに、飛んでくるなんて!これは、もう……喜兵衛の時の連発銃とかそんなものじゃない!
このままでは、私も……でも、ここで退く訳には……)
初めて経験する近代の火力は、野菊の身をもってしても危険を感じた。
そして、自分が慢心していたのだと思い知らされた。人の世の進歩には驚かされていたのに、自分はまだ昔のまま勝てると思っていたのか。
……かといって、ここで退く訳にはいかない。
ここで思った以上に戦力を失ってしまったので、何としてもここの敵をこちらの戦列に加えないと大罪人を討てる気がしない。
それに死霊を統制できる距離には限りがあるから、下がるに下がれない。
(あと少し……あと少しで、回り込んだ死霊たちが奴らに届き……)
しかしそこまでで、野菊の思考は途切れた。
途方もない数の機銃の弾が、野菊の頭を無残に抉り取った。




