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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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28.揺れる村

 咲夜たちの作戦は学校の枠を超えて、村中を騒動に巻き込んでいきます。


 そして、咲夜と浩太とひな菊、それぞれがそれぞれの理由で傷ついていました。

 責めても責められても無傷ではいられない不毛な戦い……お互いの苛立ちが、村を悲劇へと突き落としていきます。

 その日の夕方から、村は大騒ぎになった。

「聞いたか、咲夜ちゃんと浩太君がひな菊ちゃんをハメたらしいぞ!」

「こりゃ白川鉄鋼とひと悶着あるかもしれんな!」

 村民たちはある者はどうなることかとハラハラしながら、別の者は面白がるように噂をしながら成り行きを見守っていた。

 面白がっているのは主に立場が決まっている者、ハラハラしているのは二つの立場を持っている者だ。

 この村には、農家と白川鉄鋼の従業員という二つの大きな勢力がある。

 しかし、この二つはしっかり分かれている訳ではない。農業だけでは生活が成り立たず、白川鉄鋼で働いている者……すなわち兼業農家が存在する。

 他にも両方にお世話になっている販売店や、白川鉄鋼で働きながら農家に住処を借りている者など、両方の間で暮らしている者は意外に多い。

 そういう者にとって、今回の事件はいい迷惑だ。

 これでもし白川鉄鋼の社長が何か報復を行うなら、自分たちにも飛び火するかもしれない。

 自分たちとは何の関係もないはずの子供の遊びで、一歩間違えば自分たちの死活問題になるかもしれない。

 巻き込まれる側からしたら、たまったものではない。

 両者の板挟みになりそうな人々は、ひな菊だけでなく咲夜をも恨んで戦々恐々としていた。


 それに、こちらも日が迫っている菊祭りへの影響も懸念されていた。

 今年はひな菊が白菊姫を演じるということで、父の白川竜也が祭りに多額の寄付をしていた。おかげで今年は、振る舞いもイベントも豪華になるはずだった。

 しかし、今回の件でその寄付をいきなり返せと言われたらどうなるか。

 それを考えると、祭りの実行委員は頭が痛くなった。

 中秋の名月に合わせて催されるささやかな前祭りだけなら、竜也の寄付がなくてもやれるだろう。しかし菊の最盛期に合わせて行う本祭で、あれだけの金額を引き揚げられたら……。

 学校行事である学芸会のトラブルは、今や村の行事にも影を落としていた。


 当の白川鉄鋼では、ひな菊という名の嵐が吹き荒れていた。

「何よ、何でみんな咲夜と浩太の味方なのよ!?

 こんなのおかしい、一体誰のせいでこうなってんの!?」

 学校から帰って来てから、ひな菊はそればかり考えていた。

 今日学校で起こった悪夢は、ひな菊にとってとうてい受け入れられなかった。だって悪いのは浩太なのに、自分は被害者なのに、なぜ周りは浩太の味方になるのか。

 ひな菊には、どう考えても納得できなかった。

 だって自分が悪いという発想が、ひな菊にはないから。

 納得できないから、分からないから……ひな菊はますます必死になって理由を求める。浩太や咲夜が悪い事をしたのに自分より慕われる、裏のからくりを。

 背後にいるに違いない、世を捻じ曲げた犯人を。

「あんたたち、何か知らない?

 アイツらを裏から操ってる、真犯人を!!」

 ひな菊は目を血走らせて、取り巻きたちを尋問する。

 しかし、取り巻きたちは答えられなかった。当たり前だ、ひな菊の言うような裏の真犯人何ていないのだから。

 全ては浩太と咲夜の作戦を、ひな菊に対する村中の蓄積した不満が後押ししただけだ。

 だが、それを正直に告げた所でひな菊が素直に受け入れるとは思えない。逆に、告げた者が責められて吊し上げられるだろう。

 だから取り巻きたちは、苦肉の策でこう言った。

「さ、咲夜たちに白菊姫の伝承を話したのは、畑山さんちのバアさんだそうです!」

「何でも、白菊塚に白菊を供えちゃいけないって、そこからつながったとか!」

 ひな菊の疑いを引きつけそうな、ありのままの事実を話した。

 取り巻きの子たちは、ひな菊の怒りのしつこさと激しさをよく知っている。このままでは、自分たちまでありもしない真犯人探しに巻き込まれるに違いない。

 だったらもう、全ての元凶になった大人に怒りを押しつけてしまえ。

 そもそもそいつらのせいで自分たちがこんな事に巻き込まれたんだから、そいつが怒りを受けるのは当然だ。

 そんな私怨と責任逃れから出た情報に、ひな菊は不気味に笑った。

「ふーん、畑山さんちと白菊塚……ねえ?」

 ひな菊の頭の中は、ようやく見つけた真の敵をどうやって叩き潰すかで一杯だった。

 この無責任な誘導が村に何をもたらすことになるか、取り巻きたちは予想だにしていなかった。


 一方、作戦を成功させた側も無傷ではなかった。

 このひな菊を陥れる作戦のせいで、村の中に亀裂が走りトラブルの火種がまかれてしまった。関係のない多くの住民に、迷惑をかける結果になりつつある。

 その日の夜、咲夜は両親の前で正座させられていた。

「咲夜、おまえがやった事は、親としてほめられるものじゃない」

 父の宗平が、厳しい口調で言う。

「確かにひな菊はこれまでも横暴だったし、やり返したくなる気持ちは分かる。

 だがなあ、そうやってやり返すことで周りがどうなるかは考えなきゃダメだ。現におまえの作戦のせいで、村中の空気が悪くなりつつある」

 だが、それでも咲夜はぎりっと歯噛みして、低く言い返した。

「……じゃあ、他のどんな方法でやれば良かったの?

 それとも、お父さんたちも村のために私たちは我慢すべきだって思ってる?」

 その棘のある言い方に、父と母は困ったように顔を見合わせた。

 咲夜は、正しい事をしたはずなのに叱られたと怒りをたぎらせている。自分の気持ちを分かってくれるはずの両親ですら、自分を裏切るのかと。

 娘のそんな気持ちはひしひしと伝わってきて、父と母を大いに悩ませた。

 だが、母の美香はこれだけは言った。

「……あなたが話を聞きに行った畑山さんの家にね、今日ひな菊ちゃんが押し掛けて嫌がらせをしたそうよ。

 関係ない人にこういう災難をまき散らしていいのか、それだけは考えなさい」

 思わぬ被害を突きつけられて、咲夜は呆然と口を開けているしかなかった。


 浩太の方も、親に小言を言われていた。

「……あんたねえ、そういう事してお兄ちゃんに迷惑がかかったらどうするの?亮は来年受験だし、もし今年の大会に何か妨害が入ったら……」

 浩太の両親は、浩太より兄のことを心配していた。

 浩太には、亮という中学生の兄がいる。浩太と違って明るくて熱血でおまけに運動神経も良くて、陸上部のエースとして大会出場を期待されている。

 浩太はそんな兄のことを思うと、さらに暗く恨みを溜めた目で呟いた。

「ほらね、結局人はキレイで目立つもののためにしか動かないんだ」

 兄の大会に夢中の両親は、浩太がなぜこんな事をしたのか思い至らなかった。浩太は今日も、家の中でさえ一人だった。

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