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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
279/320

279.選別作戦

 いよいよ、喜久代が禁忌を破って災厄が始まります。


 ところで、この災厄で起こったことは現代の二郎とタエの別れの辺りでちらっと述べられています。

 どうしてあんなひどいことになってしまったのか。

 喜久代が敵と見てせん滅しようとしていたのは、死霊だけではなかったからです。

 ぱさりと、純白の花弁が暗い地面に落ちる。


 途端に、村の空気が変わった。

 清浄だった秋の風が、生臭くむっとするような湿気を帯びる。薄黄色の優しかった月が血のように赤く染まり、村中を不吉な光で染め上げる。

 のどかな月夜は、一瞬にして背筋が粟立つような呪いの夜と化した。


 喜久代は思わず悲鳴を上げそうになったが、ぐっとこらえて穴の奥をにらみつけた。

「よくも、こんな汚らわしいもので村を汚染してくれたわね!

 でも、あなたたちの勝手も今夜でおしまい。ついでにあなたたちを崇める非国民集団も、一気に掃除してあげる。

 あなたのせいで信じた人たちがどうなるか、見てなさい!!」

 そう言うと、喜久代は死霊が出てくるのを待たずに踵を返した。

 そして近くに止めてあった自動車に乗り込むと、さっとその場を離れてしまう。

 喜久代の目的は、黄泉の勢力を討つことだけではない。だから、ここで出て来た死霊に鉄の雨を浴びせるようなことはしない。

 死霊には死霊で、使い道がある。

 喜久代は、チラリと集落の方を見て満足げに笑った。

「警報が鳴らない……うまくいっているわね!」

 この村には、禁忌が破られて月が赤く染まると村人を平坂神社に避難させる、という決まりがある。

 しかし喜久代は今日、意図的にそれを止めさせた。

 理由は簡単、この村で自分たちに従う者とそうでない者を見分けるため。

 警報を止めて、治安維持隊から平坂神社に行かないように命令しておく。それに従えば生きるに値する国民、従わなければ排除すべき非国民だ。

 死霊と野菊が禁忌を破った者だけを狙うというのは、記録ではっきりしている。

 だから自分が禁忌を破ったなら、他の人は逃げる必要がないはず。

 それを理解できない、もしくは知っていても恐怖を煽って避難させようとするのが、心まで黄泉に毒されてしまった邪な崇拝者だ。

 喜久代は今宵、そういった者たちをふるい分けてせん滅する気でいた。


 月が赤く変わった瞬間、村人たちは何が起こったかを悟った。

 こういう時どうすればいいかは、災厄の記録と共に語り継がれている。非難を促すための警報と手順も、定められている。

 しかし今回は、それに反する動くな騒ぐなという命令が治安維持隊から出ている。逆らえばどんな目に遭わされるか分からない。

 おまけに、定められた警報も鳴らない。

 それでも、昔からの言い伝えに従って避難しようとする者はいた。

「黄泉の神さんの力は、人間に止められると思っちゃいかん!

 野菊様が安全地帯を設けたのは、それが要ると分かっとるからじゃ。一回の災厄も知らん今の軍人たちに、何が分かるもんか」

 そう考えた者は、本当に正しかった。

 だが、今夜に限っては悪手だった。

 そう考えた者たちがこそこそと集落を出て平坂神社に向かうのを、止める者はいなかった。しかしそれは、軍人たちが何もしないという意味ではなかったのだ。


 逆に軍人たちに言われた通り、家にいて動かない者もいた。

「大丈夫だ、野菊様は禁忌を破った者だけを討ってくださる。

 何も悪い事をしとらんなら、恐れることはない。

 神さんがどんなに恐ろしい力を持っとろうが、本当に恐ろしいのは人間じゃ。どうにか戦争が終わるまで軍人どもに絞め殺されんようにするのが一番だ」

 これもまた、経験に裏打ちされた正論だ。

 だが、今夜に限ってはこれも悪手だった。

 黄泉は人の思う通りに動く存在ではないのだから、何があっても大丈夫なように安全地帯が設けられているのだ。

 それに対し、敵の敵だからと気を許してはいけなかった。


 正直、黄泉だけを相手にして塚の近くだけで戦いを終わらせるように備えれば、喜久代はそれなりに評価されたかもしれない。

 どちらに考えた人も、助かっただろう。

 しかし人の中に敵を見て、父や村に見せるための勝利を欲する喜久代の作戦は、事態を予想外の地獄へと叩き落す。


 村人たちの一部は、軍人たちの警告を無視して平坂神社に向かった。懐中電灯で照らす参道は、誰もおらず静かなものだ。

「ほら、何もないじゃないか。

 軍人どもは黄泉との戦争ごっこに忙しいんだよ。私らはここに避難して、勝手にやってるのを眺めてりゃいい」

 しかしそう高をくくって階段を上り始めた村人たちを、強い光が照らした。

 思わず目がくらんで足を止めた村人たちに、残忍な声が降ってくる。

「軍の命令に従わぬ非国民、お国のために粛清!」

 次の瞬間、けたたましい銃声が響く。

 階段にいた村人たちは、悲鳴を上げてばたばたと倒れていく。あっという間に石段が血に染まり、苦悶の声を上げる人々が折り重なる。

 治安維持隊が、参道の横で待ち伏せしていたのだ。

 そして、非国民であり邪神の崇拝者とみなした人々を、この世から排除すべく銃撃を浴びせた。

「う、うわぁっ逃げろ!!」

 参道に集まって来ていた他の村人たちは逃げ出そうとしたが、もう遅い。

 近くでドーンドーンと重たい音が響き、逃げ惑う人々の間に榴弾が降り注ぎ、炸裂して力任せに肉を引き裂く。

 それを逃れて森に逃げ込もうとする人々も、次々と機銃掃射で倒れていく。

「神国にぃ、黄泉などに動かされる者は必要なしぃ!

 正しき統治を乱す者はぁ、かつての無頼女と同じく排除して治安を守るものなりぃ!」

 常人なら目を覆うような虐殺を見下ろし、治安維持隊の隊長はうっとりと己の功に酔ってとうとうと声を響かせる。

 かつてクメと一味を倒し村を守った英雄と、同じつもりになっているのだ。

 同じ手段で神国の敵を倒し、村を守っている気になっているのだ。

 眼下で撃たれ悲鳴を上げているのは武器も持たない村人たちなのに、治安維持隊たちには敵にしか見えていない。

 実は村人たちからは見えなかったが、新しく神社の裏に回るように作られた道にトラックが何台も停まっており、そこが人を相手にする陣地になっていたのだ。

 これが、喜久代の村を浄化する作戦だった。


 その頃、地上に出て来た野菊は村の様子に愕然としていた。

「何なのこれは……人が避難していない……いえ、逃げ戻ってくる!?

 喜兵衛の子孫は、一体何をやっているの!!」

 自分は、最後の死霊が地上に出るまで出られない。もちろん出てすぐ力が届く限りの死霊は統制したが、取りこぼしがないかは分からない。

 そのために、安全地帯を用意しておいたのに。

「許せない……守るための銃を罪なき人に向け、従わぬ者は皆殺しなんて!

 こんなの、自分で直接手にかけなかった白菊よりひどい!!」

 肉体のない死霊で素早く神社の様子を探ると、野菊は全身が沸騰するような怒りを覚えた。

 村は、こんな事のために軍人を迎え入れた訳じゃないのに。あの時の身を守るための決断で、子や孫がこんなひどい事になるなんて。

「喜兵衛……あなたの判断が間違っていたとは言わない。

 実際、あなたは亡くなるまではよくやってくれた。

 でも、もう事態はあなたの手を離れた。その後のことは関知しないと言ってくれた。なら、後は私が始末をつける。

 あなたの孫の魂……黄泉がもらい受けるわ!」

 野菊は既に息絶えた村人たちの怨嗟を聞きながら、喜久代討伐を決意した。

 しかしその前に、平坂神社に足を向けた。

「あそこにいる者たちも同罪……ならせめて、喜久代を討つための戦力になってもらいましょうか。

 今回は、少し骨が折れそうだわ」

 喜久代が屋敷を要塞に変えているのを見て、野菊はそう思った。あれほどの銃や大砲があると、いくら死霊を差し向けても容易に突破できないかもしれない。

 だから先にろくな防備のない平坂神社の封鎖隊を襲い、戦力を増やしてついでに安全地帯を解放しようと。


 ……この決断を、野菊はずっと後悔することになる。

 いや、結局どちらに先に向かっても結果は同じだったかもしれない。

 だが、野菊が甘く見て油断していたのは確かだ。時代の進歩により過剰な火力を手に入れた人間と、暗く底意地の悪い黄泉の両方を。

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