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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
277/320

277.敵は黄泉

 白菊姫と自分を重ね、白菊姫の敵を自分の敵だと思い込む喜久代。


 ついに、何の意味もない無謀な黄泉との戦いを喜久代たちは決行します。

 それに対し、村人たちはどんな目で事態を見ていたのか。

 そして今回影が薄い、村の本来の守り手は……クメの一件の余波は、まだまだ泉家に影を落とし続けていました。

 太平洋戦争もいよいよ暮れに近づいた秋に、喜久代はついに本営発表をした。

 ちなみに本営といっても正式な軍の本営ではなく、村を相手に戦争ごっことする喜久代たちが自ら呼ぶ本営である。

「今年の中秋の名月に、いよいよ作戦を行うわ。

 この村を浄化し、黄泉の使いと僕を村から排除するのよ!」

 喜久代のこの宣言に、軍人家族と治安維持隊たちは沸き立った。

 これが成功すれば、自分たちは村の真の英雄になれる。

 かつての喜兵衛でも成し遂げられなかった戦功をあげ、村人たちの感謝と尊敬を受けて、王のようになれる。

 海外に出る時売り払ってしまって返してもらえなくなった(当たり前だ)家と土地を、取り戻せるかもしれない。

 治安維持隊は内敵の鎮圧として上に報告し村が生まれ変わったところを見せれば、物資不足で削られた給料を上げてもらって報奨がもらえるはずだ。

 喜久代は何より、父の安住の地を平定して期待に応えられる。

 そうしたら、きっと父は帰って来る。

 その後は、何不自由ない村で父と仲良く暮らせる。


 皆が皆、都合のいい夢を見ていた。

 村でかつてあった悲劇も、自分たちの存在意義も、先人たちの意志さえも無残に歪めてはき違えて。

 村人たちの誰も望まないことを、誰もが恐れ多いと思っていることを、自分たちの役目であると独り善がりに思い込んで。

 これができれば幸せになれると、盲信し。

 まさにこの時の日本軍のごとく、無謀で愚かな戦いへと突き進む。


 それでも、それが過ちであると進言できる者はもう村にいなかった。

 声を上げていた村人たちは、喜久代たちが銃を向けて皆黙らせた。黙らない奴は、取り締まって牢にぶち込んだ。

 外に助けを求める声は、治安維持隊がその元から握りつぶした。

 良識のあった親世代や、両方から者を見て諫められる喜久代の母もういない。

 この暴走を止められる者は、誰もいなかった。


 喜久代は在りし日の喜兵衛を思い出し、周りの味方に状況を確認する。

「治安維持隊、武器は!?」

「はっ抜かりありません!

 かなり前からこの村が反政府主義者の根城になっていると上に報告してあり、その鎮圧ということで重火器を取り寄せております。

 連射で面制圧に優れる機関銃、威力の高い榴弾砲、夜戦用の照明弾もあります。弾薬はそう無理を言えませんでしたが、村を制圧するには十分かと」

「よろしい、よくやった!

 村人共の状況はどうだ?」

「はっ我々の作戦決行はすでに周知してあります。

 しかしこれまでの取り締まりが奏功し、抵抗や混乱などはありませんでした。我々が動いても妨害はないものと思われます!」

「そう……上々の首尾ね。

 では、決行までは引き続き武器の訓練と防衛戦の構築を!

 決行の日は手筈通りに!」

「エイ、エイ、オーッ!!」


 喜久代と治安維持隊が主導して、着々と準備が整えられていく。

 元々家を失った軍人家族が上がり込んだせいで駐屯地のようになっていた喜久代の家は、ちょっとした要塞のようになった。

 ものものしい重火器の数々が、隠そうともせずに貴重なガソリンを使ったトラックで運び込まれる。

 さらにそれらを設置した陣地が外に構築され、道行く人や畑で働く人を銃口が不気味ににらみつける。

「うふふ……どこからでも来てみなさい!

 人の英知の力で、跡形もなく消し去ってあげるわぁ!」

 喜久代は、最新の日本軍の教本を読みながら呟く。

 自分は村を救った英雄の孫だ。それにあの頃よりすっと強くなった武器の力が加われば、百人力だ。

 あの夜を境に、自分は祖父を超え父の誇れる英雄になるんだ。

 そうして父に認めてもらうことが、喜久代の唯一の生きる目的だった。


 そんな恐ろしい作戦が決行されるというのに、村は意外に静かだった。

 目を付けられたくなくて黙っているのも、確かにある。しかしそれ以上に村人たちは、この作戦に別の期待をしていた。

 むしろ、軍人たちが墓穴を掘ってくれたとすら思った。

「聞いたか……禁忌を破って死霊を呼び出すのは、喜久代が自らやるらしい」

「ああ、そりゃ終わったな。

 これで自滅してくれるなら、こんなありがたいことはない!」

 村人たちは、黄泉からやって来る野菊が喜久代を倒してくれると思っていた。

 何度も起こった災厄の記録によれば、死霊を率いる野菊は黄泉との契約に従い、禁忌を破った者を殺しに来るという。

 これまで、クルミもクメもそうして罰を受けて死んでいる。

 二度あることは三度あるというし、野菊には神通力もある。よもや野菊が負けることはあるまいし、これであの軍人たちは終わりだ。

 村人たちは、野菊と黄泉の力を信頼していた。

 人の力で止められない悪が村を襲っても、ここには野菊がいる。悪がそれに手を出しさえすれば、野菊が葬り去ってくれる。

 この村は白菊姫の一件から、何度もそうやって救われてきた。

 確かに強くはなったが所詮、人は人。神の尖兵に敵う訳がない。

 むしろ一部の村人は、喜久代や軍人たちがそれと戦おうとするよう仕向けるために、白菊塚を思い出せと叫んでいた。

「大丈夫だ、黄泉は正しく付き合う限りは俺らの味方だ」

「軍人連中は威勢のいいこと言ってるが、本当は死ぬのが怖いんだろうよ。平坂神社の結界を張るのは禁止していない。

 そのくせ倒せると高をくくって、陣地は自宅だ。

 儂らは結界の中から、ゆっくりあそこが滅ぶのを見てりゃいい!」

 村人たちは、そう言って陰で笑った。

 ……が、村人たちもまた、事態を甘く見ていたのだ。

 父に憧れて兵法を学ぶ喜久代が、なんの考えもなしにそんな甘いことをするものか。そして頼りにする黄泉は、本来生きた人間の味方ではない。

 村人たちは軍人とは逆に、過去だけに頼って安心していたのだ。


 もちろん、これに危惧を抱いた者もいる。

 平坂神社で、当代の巫女と夫はしわの寄った顔を寄せ合っていた。

「何ということだ……特別な力がありながら、こんなひどい事を止めることができんとは。これでは、野菊様に申し訳が立たん!」

 側で、大きなお腹をした娘巫女が悔しそうに涙を流す。

「すみません、私のせいでいう事を聞かされてしまって……!

 私がもっと早く、分散できる数の娘を生んでいれば……!」

 身重の娘巫女を抱えて、平坂神社は軍人たちに屈せざるを得なかった。逆らえば、必要な検診にすら行かせてもらえないのだ。

 しかも運悪く、娘は一人、孫世代は最初の一人が娘の腹の中。万一に備えて逃がす第二の後継者はおらず、ぐずぐずしているうちに分家にも連絡できなくなってしまった。

 もはや、できることは事態の成り行きを見守ることのみ。

「……きっと、大丈夫です。軍人たちは結界を張ることも許してくれました。

 それに、どうもここを戦場にするつもりはないようです。私たちはせめて村人を避難させ、命を守る使命を全うしましょう」

 娘巫女はそう言うが、当主の顔は曇ったままだ。

「だと、いいんだけど……何か嫌な予感がするのよ。

 あの喜久代という子は、見た目以上に周到で執念深い。それに陣地は自宅にあるけど、今時移動なんて車でどうにでもなるし……」

 当主はそう呟いて、平坂神社の正面から山を回るように作られた裏道を見下ろした。喜久代はいう事を聞いてくれた礼だと言ったし、治安維持隊がここを監視・制圧しやすくするためだとは思うが……どうもそれ以上の意味があるように思えてならなかった。


 そんな中、たった一人、喜久代を訪ねて声をかけた子供がいた。

「喜久姉、寂しいなら、僕と一緒になりましょう。

 喜久姉が今からでも手を引いてくれるなら、僕はずっと夫として喜久姉を愛します。ずっと側にいて、寂しい思いはさせませんから」

 喜久代を姉と呼ぶ少年は、泉家の一人息子、喜久代のはとこに当たる泉宗吉。

 祖父やおじたちを戦傷で失い、父も労咳(結核)持ちで長く側にいられなかった宗吉は、喜久代を突き動かす寂しさが多少分かっていた。

 だから、寄り添ってそれを埋めようとした。

 ……が、悲しいかな、宗吉はまだ十歳になったばかり。もし宗吉の方が年上で頼もしい、父性を感じさせる大人の男だったら成功したかもしれないが……。

「思い上がるな、ガキ!!」

 喜久代が宗吉にくれたのは、拒絶と容赦ないビンタだけだった。

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