273.共感
会いたくても会えない苦しみに胸を締め付けられる竜也。
竜也にそれを味わわせる喜久代が、竜也の過ちを突きつけます。
喜久代ちゃんの背景が垣間見える。その背景は誰よりも……。
次回から、最後の過去編。
竜也はこれまで、こんなに娘の側に生きたいと思ったことはなかった。
娘のことは愛しくて大切だったが、側にいて無駄に時間を過ごすのは愚かだと思っていた。本当に娘の未来を思うなら、もっとやるべきことがいくらでもあるじゃないか、と。
だから竜也は、ひな菊が求めても側にいてやらなかった。
甘ったれた感情に流されて共に無意味に時間を使うなど、お互いのためにならない。自分はそんな凡人とは違うし、娘にもそうなってほしくなかった。
そのうちひな菊は自分で自分を満たそうとすることを覚え、あまり側にいてと言わなくなった。
竜也はそれを、成長したと受け取った。
これでいい、側にいなくても、むしろその方が将来のためにいろいろやれるじゃないか。自分と娘はそうして、凡人の手の届かない場所に行けると信じていた。
親子は初めからつながっているから、その愛が揺らぐことなどない。
親子の触れ合いなどいつでもできるから、他のこと優先でいいじゃないか。
……なのに、今こんなに望んでも会えないなんて。
娘が危機に陥って、早く助けたくてたまらないのに、ほんの少しの距離なのに、お互いの姿を見ることすらできない。
今こそ娘を抱きしめて安心させてやりたいのに、指先すら触れられない。
声すらも、ひな菊が離れていくせいで届かない。
不安で苦しくて自分が情けなくて、いくら己を責めても他人を責めてもどうしようもなくて。
あんなに簡単なことだと思っていたのに、たったそれだけのことができなくて。思わずこれまでの自分の考えを疑いそうになる。
そんな竜也の心を抉るように、喜久代が言う。
「あーあ、こんな事にナルなら……いらレル時に、いテあげレバ良かったねェ。
届くウチに……いっぱい撫でテ、抱いテ、可愛がれば良カッタねぇ。
そうシたら、きっとあの娘は幸せデ……変に暴走シテ、こんな事にナラなかったノに。今あの娘とアナタがこうナッテるのは……あなたのセイよ!!」
喜久代は柄にもなく、真剣な怒りを露わに言い放った。
その一言に、竜也は面食らった。
「何だと、どういうことだ!?
私はいつも……あんなにも、ひな菊のことを思って……!」
喜久代の言葉は、これまでの竜也の娘への愛を否定するも同じ。まるで、竜也が側にいてやらなかったせいで、二人が破滅したみたいじゃないか。
だが喜久代は、竜也を見下げ果てた目で見下ろして言い募る。
「馬鹿ねェッ!そんナノで、娘が満たサレルとでも!?
ドンなに一緒にイタくても、どんナニ伝えても叶わナイ……それがドレ程辛いか、今あなたも分かったデショう。
あの娘ハ、ずっとコンな気持ちでイタのよ!!」
喜久代の叫びに、竜也はぎょっとする。
「何!?だが……最近は、駄々をこねなくなった。
ひな菊だって、分かってくれたはず……」
「ンナ訳ないデショお!!
嫌ワレたくなくて……押し殺シタだけよ!あなたの側にト求めるホド……あなたの心が離れテいくノガ怖くて。
代わりニ、あなたに認められタクテ……認めラレて側にイタくて、禁忌ヲ破ったりシタんだわ!」
喜久代の声音には、哀れみが混じっていた。
だが竜也は、素直に認める訳にいかない。
だって、自分がひな菊を苦しめていた訳がないじゃないか。自分はあんなにもひな菊を思って、ひな菊のためにバリバリ働いていたのに。
それに、ひな菊がそんな馬鹿な子な訳ないじゃないか。ひな菊は自分の娘で、自分の気持ちを分かって成長してくれたはず。
こんな大罪人の娘に分かってたまるか。
きっとこの娘は、いつもこんな風に人の関係を悪いように言うんだ。こんな奴だから、禁忌を破ったりするんだ。
そう思って逆に喜久代を見下す竜也に、喜久代は一言。
「ねェ……何でコンナ事をって問い質シタ時……あの娘何テ答えた?」
瞬間、竜也の脳裏にひな菊との会話が蘇った。
(……あ、あたしだって工場の将来を考えてやったの!
あたしはただ、あたしもパパを手伝えると思って……)
思い出して、あれっと思った。
これでは、目の前の大罪人の言う通りじゃないか。ひな菊は本当に、自分に認められたくて側にいたくてこんな事を……。
(お願い見捨てないで!!)
ひな菊はこうも言った。
おかしいじゃないか。本当に父の愛が伝わって揺るがないと信じているなら、この言葉が出るはずがない。
すると、やはりこの女の言う通り、ひな菊は常に不安に苛まれて……。
「まさか……嘘だろう!?
なぜだ……こんな性悪な他人に、分かる訳が……!」
おぞましい合致に、竜也はめまいがしてたたらを踏んだ。
自分が何より大事にしていたはずのことが裏返って、信じていた世界がはがれ落ちて、ひっくり返る。
こんな事があっていい訳がない、あってはならない。
なのに実際に聞いたひな菊の言葉は、したことは、この性悪が邪推で言ったはずのことにつじつまが合って。
誰より愛していた自分よりひな菊を知っている者など、いるはずがないのに。
喜久代は、そんな竜也を前に呆れたように大きなため息をついた。
「分かるワヨ……だってあの娘、昔ノあたしト同じだモノ。
お父様の側にイラれなくて……どんなニ望んでも届かナクて……それデモ、少しデモ何かでつながりタクて……!
それデ、禁忌ヲ破った……!!」
喜久代の声は、悲しみに震えていた。
「何だと!?君は、この村に家があったんじゃ……お父さんは、どこに……」
驚いて問う竜也に、喜久代は鋭い声で答えた。
「満州よ!!
あたしダッテ、お父様と……信じタカッタぁ!!」




