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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
271/320

271.反転

 ついに黄泉の将と化した聖子とまみえるひな菊。

 ひな菊が信じず守らず切り捨てた結果がこれだよ!


 ただし、聖子は性能的には黄泉の将でも本人の戦闘経験と性格が……ある意味いい勝負ができる相手。

 気づいた途端、ひな菊は悲鳴を上げていた。

「いやああぁ!!!」

 腰が抜け、尻を押し上げるような不格好で後ずさって逃げようとする。しかしその足の間に、宝剣がズガッと突き刺さった。

「ひぃ~ながぁ~悪いんだぁーっ!!」

 聖子の恐ろしい顔が、ぐいっと迫って来る。

 ひな菊の目からどっと涙があふれ、鼻水がぶっと噴き出す。

 聖子は死臭混じりの息がかかるほど顔を近づけると、ひな菊を階段に押し付けるようにのしかかって当て擦るように言った。

「ねえ怖い?気持ち悪い?嫌?

 でも、残念だねぇ~……私がこんなになったの、あんたのせいだからぁ!!」

 至近距離で化け物に怒鳴られて、ひな菊は意識が飛びそうになった。

 だが聖子は乱暴にひな菊の髪を引っ張り、頭を階段にゴンゴンぶつける。

「寝ようとしてんじゃ、なぁーい!!

 あんたのせいで、私はもう安らかに眠ることさえできない!なのに自分だけ静かに終わるなんて、許さない!!

 ほら泣け!喚け!恐れおののいて許しを請いなさいよぉ!!」

 聖子はひたすら暴力的に、ひな菊の心を折ろうとする。

 化け物になってしまった自分を見せつけるように、それすらひな菊を怖がらせるのに利用し、歪んだ復讐心をぶつける。

 だってもう、聖子は人としての何も気にする必要がない。

 人望を失い立場を失い親を信じる心さえ失い、命も人の姿も魂の安らぎも失った。

 結果、聖子の心は完全にタガが外れた。

 自分をこんな目に遭わせた奴を最高にみじめにブッ壊してやりたい。グチャグチャに踏みにじって、自分以下に堕としてやりたい。

 だが、支配者たる野菊には逆らえない。咲夜や罪なき村人たちをそうするのは、野菊が許さない。

 もはやその負の奔流の向かう先は、ひな菊しかないのだ。


「いやっ!助けて!お願い放してぇ!!」

 鬼と化した聖子を前に、ひな菊は夢中で許しを請う。

 これでは聖子の思うままだと、心のどこかが叫ぶも、恐怖に打ちのめされた心はひたすら目の前の化け物から逃れようとする。

 だって、ここを越えればきっとパパと暮らせるのに。

 そんな当たり前のささやかな幸せが欲しいだけなのに。

 たった一筋の希望を取り上げられそうになって、怯えて慌てふためくひな菊を、しかし聖子は許さない。

「ダメぇ~!放さな~い!

 だってさ、さっき私が一緒にいさせてよって言った時、あんた許してくれなかったよ。

 許してくれてたら、きっと私助かってたね。今頃あんたと一緒に、手を取り合って逃げてたかもね。

 でも、あんたがそれを潰した!だから私は、あんたを潰す!!」

 聖子は地獄の獄卒もかくやという表情で、ひな菊を責める。

「だいたいねえ、あんたが禁忌を破らなきゃ、私が罰なんて受けなかった!

 呪いなんておとぎ話にして、私は楽に暮らせてた!

 なのに、あんたが……全部、あんたのせいでぇーっ!!」


 ひな菊はガクガク震えながら、友だった化け物の責めを聞いていた。

 聖子の言うことは間違っていない。聖子の死の原因を作ったのは自分。死霊を呼び出したのも聖子を安全な場所から追い出したのも、自分。

 生きていたら、心強い味方になったはずだったのに。

 これから歩む道がどんなに暗くても、支え合って強く生きていけたかもしれないのに。

(ご、ごめん、聖子……こんな、ことって……)

 切り捨てた時は、聖子がこんなに大切な存在だなんて気づかなかった。いくら悔いて戻りたいと願っても、もう遅い。

 希望の味方は、反転した。

 恐るべき神通力を操る、絶望の敵に変わった。

 自分の未来を摘み取られた恨みで、ひな菊の命を刈り取りに来た。

 自分がもう少しよく考えて、心を広く持って、味方を大事にしていれば、こうはならなかった。

 遠のいていく希望と迫りくる絶望の落差に、ひな菊の心が折れようとした時……。


「ひな菊!!」

 暗く重たい空気を震わせて、大切なパパの声が響く。

 恐怖と絶望にもうろうとしていたひな菊の目が、ぱちっと開いた。なくなったと思っていた希望が、まぶしく輝いた。

「負けるな、ひな菊!!

 足掻け!生きろ!立ち向かうんだ!!

 パパだって、絶対に負けない!どっちも負けなければ、すぐ会える!!」

 ひな菊を思う父の、唯一にして最大の味方の激励。

(パパが、すぐそこに来てる!)

 そうだ、希望は失われた訳ではない。パパも自分も生きているなら、ここを越えればまた一緒になれる。

 パパもどうやら何かに足止めされているようだけれど、すぐ近くにいる。愛娘をまたその腕に抱こうと、手を伸ばそうと頑張っている。

 なら、自分がここで諦める訳にはいかない。

 ひな菊はぐっと歯を食いしばり、かろうじて手放さなかったネイルハンマーを握りしめた。


「あぁ!?竜也……まだ生きてんの?」

 しっかりと前を見れば、聖子は廊下の方に顔を向けている。もうひな菊は戦力にならないと高をくくって……その油断が命取りだ。

「えやああ!!」

「ぐっ!」

 ひな菊は、ネイルハンマーを力いっぱい振り抜いた。頭を割るには至らなかったが、不意を突かれた聖子は衝撃に耐えられず倒れる。

 その足首めがけて、ひな菊は引き出しの角を叩きつけた。

「この!やったわ……あぇっ?」

 聖子は痛がる様子もなく立ち上がろうとしたが、ぶたれた方の足がうまく動かずふらついている。

 痛みは感じなくても、損傷すれば動きが悪くなるようだ。

 黄泉の将は、無敵ではない。

 ひな菊は、しっかりと希望の灯った目で聖子を見据えた。

「あたしとパパの幸せ……あんたなんかに、絶対壊させないんだから!!」

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