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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
27/320

27.嵐

 ついに明かされた真実に、ひな菊は我を忘れて怒り狂います。

 そうしてまき散らす身勝手な要求が、もっと自分の立場を悪くすることも気づかずに。


 咲夜たちが張ってきた伏線が、今ひな菊を陥れます。

「いーやーーー!!!」

 夕方の気だるい空気を引き裂いて、学校中を叫び声が突き抜ける。

 迫ってくる学芸会に向けて自分たちの劇を仕上げつつある他のクラスの子たちは、思わず耳を塞いだ。

 その声は、一階にある職員室にまで届いた。

「何事だね?ちょっと見て来たまえ」

 教頭が顔をしかめて、咲夜たちのクラス担任に言う。

 担任の先生は、苦々しい顔をしてコピー機から顔を上げた。彼や一部の先生には分かる、これはひな菊の声だ。

 今回の学芸会は割と平穏に進行していると思ったのに、この期に及んで何かトラブルが起こったというのか。

 担任の先生は苦虫を噛み潰したような顔で、コピーするはずだった書面を手に教室に向かった。


 教室では、ひな菊が狂ったように喚き散らしている。

「いや、いらない!!そんなの着たくない!!

 早く持って帰ってよぉーっ!!」

 ひな菊の目の前にあるのは、今しがた届いたばかりの荷物だった。品名の欄には、着物と書かれている。

 ひな菊は受け取ってたまるかと言うように、拳を握りしめていた。その包を親の敵のような目でにらみつけ、全身で拒んでいる。

「やだ、もうやめるこんな劇!!

 だってあたし、ハ……ハメられたんだもん!

 白菊姫なんかやらない、だからこんな着物もういらない!さっさと持って帰ってよ、早くったら早くー!!」

 そんな事を言われても、宅配便のおじさんは困り果てるばかりだ。

「いや、でもここに届けてくれって指定があるんだよ。

 君が受け取ってくれないと、僕の仕事が終わらな……」

「うるさいわね!!クレーム入れてクビにするわよ!?」

 大人がまっとうな事を言っても、ひな菊はますますかんしゃくを起こすばかりだ。自分がこう言うことで他の誰がどれだけ困るとか、もうそんな事は少しも考えられない。

「おいおい、一体何があったんだ?」

 そこに、担任の先生が入ってきた。

 ひな菊は先生にすがりつき、涙ながらに上目遣いで訴える。

「ねえ、先生、あたしだまされたの!浩太に言われたから白菊姫の役をやってあげようって思ったら、白菊姫が悪役だったの!

 バカにしてるよね?釣っておだてて叩かれ役にするなんて……ひどすぎるわ!

 あたしは、だまされていじめられてこうなったの。だから、こんなのはやめて当然だよね?今からでも、劇変えてーっ!!」

 哀れっぽく言っているが、明らかに理不尽な要求だ。

 これまで背後の権力に屈して少々のことは通してきた先生も、さすがにうなずかなかった。

 理由は、先生が手にしている、さっきコピーするつもりだった書面だ。そのタイトルには『学芸会プログラム』と書かれている。

 先生は、青ざめた顔で首を横に振った。

「さすがに今からは、無理……かな?

 だってもう、プログラム組んじゃったし、他の先生方もそのつもりで動いてるし……もうコレ、配っちゃったクラスもあるし……」

 そう言って先生が見せたプログラムを目にして、ひな菊はさらに金切り声を放った。

「ひっいやああぁ!!!それ消してぇーっ!!」

 プログラムには、『主演 白菊姫:白川ひな菊』と印字してある。

 有頂天になっていたひな菊が、もっと注目されようと先生に頼んでいたものだ。先生は他の先生方に白い目で見られて胃痛に耐えながら、何とかそれを通した。

 そのことを思い出すと、先生は自分が泣きたくなってくる。

 そんな先生に助け船を出すように、咲夜が言った。

「ねえ、自分一人の気分でそういう勝手な事言って、いいと思ってんの?

 あんたさ、役決めの時、私が不正をしたから私はこらしめられて当然だって言ったよね。なのにあんたは、自分で決めた役を全校に迷惑かけても放り出すんだあ?

 これって、おかしくないですかー!?」

 その言葉を合図に、教室中から声が上がる。

「おーかしい!おーかしい!!」

 あっという間に、教室はひな菊への罵声に包まれた。


 ひな菊は、びくりと身をすくめて教室を見回した。

 咲夜支持派の子たちと、そしていつもは争いに加わらない中立の子たちまでもが、怒りの声を上げている。

 ひな菊支持派の子たちがひな菊を囲んで守りを固めるが、反論の声は鈍い。

 下手に声を上げて、この企みを知っていたようにとられるのが怖いからだ。目の前にいる敵派閥より、後ろにいるお嬢様の方を恐れている。

 ようやく自分の状況に気づいて慌てふためくひな菊に、大樹が迫る。

「なあ、学芸会ってのはクラス全員で完成させるもんだ。

 だから俺もおまえらのことは気に食わなかったけど、毎日遅くまで残って頑張ってきた。練習もしたし、おまえの仲間がサボってても道具作りを手を抜かずにやってきた。

 そのクラス全員の努力を、今さら無にするってのか?」

「え、だってそれは……浩太が悪い……」

 ひな菊の反論を遮って、そうだそうだと大声援が飛ぶ。

 当然だ。ひな菊が感情に任せて言った、今から劇を変えるというのはそういうことだ。

 これまで学芸会をいいものにしようと頑張ってきた、全ての努力と作業をなかったことにされる。そしてもう日が残っていないのに、新たな仕事を押し付けられる。

 咲夜支持派でなくても、こんなの許せる訳がない。

「今まではさ、私には関係ないと思ってたけど……やっぱあんたはダメだわ」

「うん、俺もこれからは咲夜に味方しよ。

 前はやらかしてたけどさ、おまえよりはマシそうだし!」

 ひな菊の見ている前で、中立の子たちがどんどん咲夜に流れていく。あれよあれよという間に、ひな菊支持派の方が少なくなっていた。

(え、あれ……何で……何でこうなるの?)

 ひな菊はパニックになったまま、怒りに沸くクラスを呆然と見つめていた。


 何が起こっているか、分からない。

 自分は浩太にだまされて、悪役をやらされそうになったのに。恥をかかされてかわいそうなのは、自分のはずなのに。

 気が付けば、自分が本物の悪者のようにされていた。


「浩太てんめええ!!!」

 最悪な状況の中、ひな菊支持派の中から陽介が浩太に特攻を仕掛ける。これまでも多くの子に暴力を振るってきたその腕で、何人かを突き飛ばして浩太の襟を掴み上げる。

「おまえなあ、ひな菊さんに何てことすんだ!!

 元はと言えば、おまえがひな菊さんをハメるためにわざと脚本を見せなかったんだろうが。それで全部ひな菊さんのせいにするとか、許せねえ!

 すぐ劇の終わりを変えろ、うんって言うまで放さねえぞーっ!!」

 陽介は鬼の形相ですごむが、浩太は落ち着き払っていた。

 当たり前だ、むしろここで陽介が拳を振るえばひな菊の株がもっと下がるのだから。それに気づいて、ひな菊もあたふたしている。

 そんな周囲の状況に全く気付かず、陽介が拳を引き絞った瞬間……

「やめなさい、浩太君を放すんだ!」

 ついに見かねた担任の先生が、陽介の腕を掴んだ。

「力で何でも言う事を聞かそうと思うんじゃない!

 それにこれは個人の問題でもクラスの問題でもない、学校行事の問題なんだ。学校全体で進める事を、一人の勝手で今さらどうにかできると思うなよ!!」

 先生の顔は陽介に向いていたが、後半の言葉は明らかにひな菊に向いていた。

 教室に入ってからのやりとりを聞いて、先生もあらかたの事情を理解した。そのうえで、浩太と咲夜たちが罠を張ったらしいのも分かった。

 だがそれ以上に、ひな菊の行動はやってはいけない事だ。

 ただでさえこれまでもひな菊に振り回されてきたのに、ここでまた折れたら自分の学校での立場や教師としての評価はどうなるのか……そんな恨みもあった。

 先生はつかつかとひな菊に歩み寄り、重たい口調で言った。

「確かに浩太君は君に脚本を最後まで見せなかった。

 でも、君がお姫様をやりたいって騒ぎ出したのは初日……脚本を見る前だったね?それに役が決まった日、君はみんなの前で約束したよね……途中で役を放り出さないって。

 君は間違いなく君の意志でやりたいと言ったんだ。

 なら、君が最後まで責任もってやりなさい!」

 先生の叱責に、クラスの過半数が歓声を上げた。

 たとえ笑い者になろうとも、今さら役を捨てる事は許されない。

 ひな菊は泣きじゃくったが、どうにもならなかった。先生に手を添えられて忌まわしい着物の配達票にサインし、逃げるように帰宅するしかなかった。

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