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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
266/320

266.二人ぼっち

 ようやく再会できた竜也とひな菊。

 それを喜び合うも、他に味方は誰もおらず……孤立無援の親子。

 そうなった原因がそもそも自分たちにあると、二人は気づかない。


 そしてそんな二人に待っているのは、村人たちなど比ではないどこまでも過酷な逃避行。それでも挑もうとする二人の運命は……。

 静かになった社長室に、ひな菊の泣く声が響く。

「うっうえーん!パパ!パパぁ~!!」

 まるで一瞬で赤ん坊に戻ったように、ひな菊は父の広く大きな背中にすがりついて泣いた。だらだらと涙を流し、これまでの寂しさを吐き散らすように。

 そんな娘の顔を、竜也の大きな手が撫でる。

「ごめんな、ひな菊。怖い思いをさせたな。

 ……だが、分かってくれ。ひな菊を守れるのがパパしかいなくても、パパの体は一つしかないんだ」

「うん……あたしもよく分かった」

 ひな菊はしゃくり上げながら、床に血だまりを作って転がっている事務長に目をやった。

 竜也の、絶対に従うべき社長の大事な娘を守るという大任を与えられながら、勝手な期待を勝手に破られて手を返した事務長。

 これまで会社に一番忠実だった、こちらから縛らなくても本性を見せつけてもついてきた人すら、この有様だ。

 ひな菊は、父の言葉を実感をもって反芻した。


 自分を守ってくれるのは、パパだけ。

 他の人はみんな、自分勝手で何を考えているか分からない。


 ひな菊が小さい頃から、竜也はずっとそう言っていた。母は逆に、そんなことはないし竜也こそ何を考えているか分からないと愚痴っていたけれど。

 ひな菊は最初、パパが側にいてくれないのが寂しくて怒れて、母の言うことが正しいと思っていた。

 しかし母の死により、信じられる人はパパしかいなくなった。

 銃で撃たれて冷たくなった母の遺体を怒りのこもった目で見ながら、自分の言うことに従っていれば良かったのにとパパは言った。

 ひな菊は母を失ったのが悲しくて恐ろしくて、自分もそうなりたくなくてパパにすがった。

 パパだけがこの世の誰よりも正しくて頼れるから、自分もパパのようになろうと努力した。

 世の中と人間はそんなんじゃないと言う人もいたが、とんでもない。今夜のこの有様を見て、ひな菊はやっぱり信じていいのはパパだけだと思い知った。


 ……そうして人々が去ったり手を返したりすることが、そもそも二人が人を信じなかった結果なのだと、忠告する者はもういない。

 みんなみんな、聞いてもらえず突き放されて傷ついて去っていった。

 その結果、二人は本当に二人ぼっちになってしまった。


 だが、それでも二人がその因果に気づくことはない。

 誰も彼もに見放されたことで、二人はより一層お互いにすがった。結果だけを見て、他人の全てを拒絶し、ますますお互いしか見えなくなった。

 特に竜也は、何が何でも自分とひな菊を守ることしか考えられなくなった。

 それ以外のことなど、どうでも良くなってしまった。

「大丈夫だ、ひな菊。

 おまえだけは、絶対に分からず屋共に殺させはしない。

 必ずここから逃げて、どこか知らない土地でやり直そう」

 竜也は、今しがた人を殺したとは思えない愛情に満ちた穏やかな顔で言う。だってもうひな菊しか愛せないのだから、持てる愛の全てが詰まっている。

 そんな竜也に、ひな菊は小声で謝る。

「ごめんね、パパ……会社も新しい工場も、こんなになって。

 あたし、パパの足引っ張ってばっかりだね……人間だけじゃなくて、あんな怖いものまで敵にまわしちゃって……」

 竜也の背中に、震えるひな菊の指が食い込む。

「あ、あたし……こんなあたしだから……もう、パパしかいないの!

 ごめんなさい……謝るから、次はちゃんとするから、お願い見捨てないで!!」

 ひな菊の叫びに、竜也は深くうなずいた。

「ああ、大丈夫だ……絶対におまえを見捨てたりしないよ。

だってパパにももう、おまえしかいないんだ。会社も新しい工場も、おまえを守れないなら意味なんてない。

 おまえより大事なものなんて、パパにはないよ」

 竜也はひな菊に向き直り、ひしと抱きしめた。

 お互い以外の全てを失ったがゆえに、お互いだけを思い合う悲しい親子の姿がそこにあった。


 とはいえ、いつまでも感傷に浸ってはいられない。

 竜也にもひな菊にも、もうお互い以外味方がいない……現世の人間も黄泉の死霊も、全てが敵なのだ。

 夜明けまで、何としても生き延びねば。

 そのうえ、夜が明けても逃避行は終わらない。

 夜明けとともに死霊は消えるが、人間はむしろ自由に動けるようになるのだ。数と組織力を考えたら、むしろそちらの方が脅威だ。

 そのうえ竜也は今夜、二人も人間を殺してしまった。これはもう言い逃れできない犯罪、警察も敵に回るだろう。

 死霊から逃げるのはもちろんのこと、夜明けまでにできれば村からも脱出したいところだ。

「大丈夫だ、パパはいろんなところにお金を預けてあるし、隠れ家も用意してある。

 でも、そこに着くまでちょっと頑張らなきゃいけないが……できるな?」

「うん、あたし頑張るよ!

 パパと一緒なら……どこへだって行く!」

 ひな菊は、涙を拭いながらうなずいた。

 パパが自分を守ってくれるのはもちろんなこと、パパと一緒に逃げられるのが内心嬉しかった。側にいられるなら、どんなものを見ても耐えられる気がした。

 そしてこれをクリアすれば、しばらくパパと二人で隠れる生活が始まるのだと思うと、積年の寂しさが埋まる気がした。

 竜也はそんなひな菊に、小型のネイルハンマーを手渡す。

「パパの体は一つだから、おまえも危なくなったら戦うんだ。

 銃の弾にも限りはある、とにかく車までたどり着くことだけを考えろ」

「うん!あたし、もうパパを悲しませたりしない!」

 ひな菊は、受け取ったネイルハンマーを力強く握りしめた。

 ……こうして竜也が側にいて不安と苛立ちを取り除いてやれば、ひな菊は心も広くなるし我慢もきくし勇気だって出るのだ。

 もし竜也が初めからこうしていれば、ひな菊は道を誤らなかったかもしれない。

 だが、もうそれを論じられる時は過ぎた。

 これから捨てられる社長室の床に、事務長がまき散らした数少ない思い出の品や写真が虚しく散乱していた。


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