263.光
意外な攻撃者に焦るひな菊と事務長。
大罪人は女だけではなく、実はもう一人いたのです。女はさっきまで全員居場所が分かっていましたが、その影でこっそり社長室に迫っていた奴が……。
しかし、ついに襲われる側にとって祝福の光が差し込んできます。
夜もこの話も、大詰めが近づいてきました。
野菊は戦力として使え、そして顔が割れている女の大罪人たちを竜也と陽介、平坂親子のいるホールに差し向けていた。
しかし、白川鉄鋼にいる大罪人はそれだけではない。
それに、大罪人は女だけではない。
よく知られておらず、そして姿で大罪人だと分かりづらい男を、野菊はひな菊に差し向けていた。
もっとも、すぐ襲えと命じた訳ではない。
来る本命の攻勢のために、戦いの場を整えるよう命じていた。
事務長とひな菊は、始めは何が起こっているか分からなかった。
ボロボロの着物をまとったちょんまげ姿の太った男の死霊が、ハンマーを振るってドアを壊している。
そのうち、事務長が気づいた。
「こいつ、ドアの鍵を……。
私たちが逃げ出した時、障害となるものを壊しているのか!?」
ドアの鍵が壊されたら、もうそのドアは閉めて時間稼ぎにも使えない。おまけに多くの部屋が開放されたら、どこにでも普通の死霊が入れるようになる。
こちらの逃げ場はなく、逆に奇襲され放題になってしまう。
明らかに、目的を持って破壊活動をしているのだ。
「あ、あれも……普通の死霊ではないというのか!?」
青ざめる事務長の隣で、ひな菊が呟いた。
「あれって、もしかして……白菊姫のために水を止めた悪代官?」
白菊姫の物語を詳しく聞いていたひな菊には、心当たりがあった。白菊姫と共に人々を苦しめ、共に野菊の呪いで死んだ男。
唯一、男でありながら大罪人たり得る人物。
それに気づくと、ひな菊と事務長はぎょっとして顔を見合わせた。
大罪人には、野菊が乗り移って神通力を使うことができる。こいつが近くにいるという事は、ここはもう安全ではないのだ。
「え、い、嫌ああっ!!」
ひな菊は、一瞬でパニックになってまた泣き出した。
「泣くな、ここに気づかれる!」
事務長が慌てて口を押さえると、ひな菊は必死で声を抑えようとし始めた。しかしこの状態では、冷静に逃げるのは無理だろう。
「くそっ安全なルートは……!」
事務長は監視カメラの映像をどんどん切り替えて状況を把握しようとするが、そこでまた恐ろしいことに気づいた。
「な、なぜ映らない?
ここは、さっきは映ったはず……」
ついさっきまではっきり見えた場所が、見えなくなっている。
いや、よく見ると映らない訳ではない。とても暗くて見えにくいだけで、わずかに他の場所から差し込む光が見える。
その光が、見ている前でフッと消えた。
「あいつ……電気を消しながら移動しているのか!」
事務長は、総毛だった。
これでは、自分たちがここから動けない間に視界が失われてしまう。どこに死霊が潜んでいても、分からなくなってしまう。
外から見れば、社長室のある建物が下からだんだん闇に沈んでいくように見えただろう。
事務長は、自分の命がやすりで削られているような恐怖を覚えた。
(くっ……ここにいれば追い詰められる!
かといって、今さら飛び出しても、もう……)
とにかく逃げ出したくて、たとえ怪我をしてでもと窓から外をのぞいて……気づいた。
「やった、もうすぐ夜明けだ!」
窓から見える山の形……そのふちが、わずかに白み始めている。地平線に近づいて来た太陽が、その光を届け始めているのだ。
それを見て、ひな菊と事務長の心に希望が灯った。
明けない夜はない……ついに、恐怖の夜に終わりが見えて来たのだ。
その光を目にした途端、事務長は決めた。
これから時間が経てば経つほど、外は明るくなる。電気が消えていても、外からの光で見えるようになる。
ならば慌てずにここで待って、あの大罪人を引きつけてから逃げよう。
もしかしたら他の大罪人も来るかもしれないが、見えない状況で逃げるよりはいい。見えない状況で逃げる勇気など、事務長にはない。
それに、今回の大罪人はひな菊と陽介……二人いるのだ。二人狩らねばならない分、こちらに向く手が少なくなるはずだ。
少しでも希望が見えると、人はどんどんいい方に考え出す。
ひな菊も、助かるかもしれないと思えて涙が止まった。
ここは事務長さんが守ってくれている。事務長さんはパパに忠実だから、自分を見捨てることはあり得ない。
パパもここに向かっているし、パパさえ来ればもう安心だ。
何たってパパは銃を持っているんだから、死霊にだって負けない。
希望を持って笑顔になるひな菊に、事務長が声をかけて来た。
「ところでお嬢様……社長の隠し金庫を少し探ってよろしいでしょうか?
私にも銃を持たせていただければ、もっと安心なのですが」
ひな菊は、二つ返事でうなずいた。信頼できる大人に強力な武器があれば、もっと安心だからだ。
ひな菊の許可があればと、事務長は隠し金庫を開けて漁り始める。
だが、お目当てのものが見つからない。弾丸が1ケースある以外は、ひな菊と亡き妻の思い出の品が入っているだけだった。
こっそり持っていける金目のものすら、ほとんどない。
「な、何だこれは……」
事務長は、呆けたように呟いた。
これでは、もし竜也が来なかった場合自分も逃げられないじゃないか。こんな目に遭わされているのに、何ももらえないじゃないか。
事務長の目から、希望の光が消えた。




