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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
262/320

262.悪の忠犬

 竜也が前線で振り回される中、ひな菊を守っていた事務長さんの話。

 白川鉄鋼で初の死霊が出た辺りでちょろっと出て来ていましたが、竜也に似て強引で冷酷な人物でした。


 そんな彼から見て、竜也とひな菊の関係はどう映っていたのでしょうか。

 そして、いまのひな菊と竜也に対する感情は……。

 事務長は、かれこれ一時間以上、泣きわめくひな菊をなだめていた。

 竜也に付き従っていろいろ感情の絡む案件を冷静に処理してきただけあり、この不毛な状況でもひな菊に当たったりはしない。

 むしろ、リスクの低い役目で時間が過ぎるなら安いものだ。

 ひな菊は事務長に、解決を求めていない。

 ただ感情のやり場がなくて、あふれたものをぶちまけているだけ。

 難しい判断も危険な賭けもなくただ受け流していればいいなら、こんな楽な仕事はない。しかも、これで社長から一定の評価がもらえるなら。

「大丈夫ですよ、お嬢様……社長があなたを見捨てることなど有り得ません。

 社長の全ては、あなたのためなのですから」

 社長が戻ってきた時にひな菊があまりひどい事になっていないように、時々ひな菊の望む言葉をかけて慰めてやる。

 もっともこれに関しては、お世辞ではなくどこまでも本当のことだが。

(やれやれ……社長は本当にこの子のためばかりだ。

 他人の感情にはあんなに疎いのに、あんなに気にせず突き進めるのに……この子のことだけは動かせませんね)

 事務長は、心の中でため息をつく。

 事務長は竜也の剛腕を見込み、竜也の下でのし上がってきた。他人を意に介さぬ竜也を、冷酷な頭脳で支え、何より勝利を欲する竜也の喜ぶことを捧げてきた。

 事務長は、竜也の傲慢で強引なところが気に入っていた。こういう者こそ経営者にふさわしいと思っていた。

 しかしその原動力が他人のためとは、歪なものだ。

(……ですが、おかげで私が助かる面もある。

 皮肉なものですね)

 事務長は竜也が喜ぶ悪辣なことを自分で考えてよくやるが、やはり本当の修羅場を知らないからか、詰めが甘く失敗することもあった。

 ついさっき、石田を殺し損ねて役場に奪われたように。

 だが、それでも竜也は事務長を切り捨てなかった。貴重な味方だし、何よりひな菊を預けられる存在だから。

 ひな菊は事務長にとって、竜也の判断の不安材料であると同時に、自分の生命線でもあった。


 ゆえに、事務長はひな菊を守らねばならない。

 逆にひな菊さえ守っていれば、竜也は自分を見捨てられないはずだ。

 ……ただし、それは竜也が身を預けるべき大船である限りだ。

 事務長は今夜の禍で、竜也がそうでなくなっていくのをひしひしと感じていた。夜明けは近づいているが、竜也は確実に追い詰められている。

 特にさっきの五度目の放送……あれで竜也の負けは決まったようなものだ。

 もうこれ以上竜也についていっても、栄光は望めまい。

 むしろ竜也の側にいれば、自分も村に災いを招いた悪党の一味として断罪され、刑罰を受けるだろう。

(引き際を考えねばならないか……。

 しかし、もう既に逃したような気もするが)

 事務長は、自分に迫る危機もひしひしと感じていた。

 敵は人間だけでなく、得体の知れない化け物もだ。しかも化け物共は手加減を知らず、捕まれば食い殺されてしまう。

 そんな化け物が、今や工場のどこに潜んでいるか分からない。

 もはや、逃げたくても逃げられないのだ。

 かといって、今さら社員や村人たちに合流するなんてできやしない。そんな事をすれば、捕まって警察に突き出されてしまう。

 これまで竜也と共に犯してきた罪はもちろんのこと、竜也に気に入られようと独断で犯した罪もあるのだ。

(……ああ、やはり私は見通しが甘いのか。

 かくなる上は、社長を待って共に逃げるしかなさそうだ)

 腕の中にいるこのお嬢様がやらかしさえしなければ、と憎く思うところはある。

 しかし、今はこのお嬢様だけが自分の生命線だ。竜也が自分を切り捨てられないようにつないでくれる、命綱だ。

 社長がこのお嬢様を見捨てられない、それだけは確かに分かっている。

 事務長はそれだけを信じて、じっと社長室で待っていた。


 とはいえ、何もしない訳ではない。

 ひな菊が泣き疲れてソファーに横になると、事務長は壁の隠しパネルを開いてパソコンのケーブルをつないだ。

すると、パソコンの画面に監視カメラの映像が映し出される。

 この社長室はパニックルームでもあり、竜也が基本的に人を信用していないのもあって、ここから工場中の監視カメラ映像を見られるようになっている。

「さてと、敵の様子は……?」

 事務長は監視カメラの映像を切り替えながら、工場内の様子を伺う。

 ホールには、倒れたクメとのろのろ出ていく喜久代。クルミはさっき、倉庫の方に走っていくのが見えた。

 それから放送で、白菊姫は役場にいることが分かっている。

(となると、この辺りに大罪人はいない。

 近くに大罪人が来る前に、ここを脱出するべきか?)

 これまでに分かったことを踏まえて、事務長は思案する。

 さっきの放送で一番驚いたのは、野菊が白菊姫の体に乗り移って活動していたことだ。ならば野菊は、他の大罪人の体も使えるかもしれない。

 だとしたら、ここに籠っていても、大罪人に乗り移った野菊が神通力で壁や扉を破って奇襲をかけてくるかもしれない。

 そうなる前に、逃げ道のある場所に移動すべきか……。

 考えはするものの、事務長にはどちらがいいのか判断がつかない。

 とりあえず近くに大罪人の女どもがいないことに安堵し、しばらくは大丈夫だろうと社長を待っていると……。


ガーン、と激しく何かを殴る音がした。

「ひっなっ何!?」

 驚いて跳ね起きたひな菊が、また事務長にしがみついてくる。

 音はガンガンと連続で響き、明らかに普通の死霊が出す音ではない。事務長は慌てて、近くの監視カメラ映像に切り替えた。

「……これは!」

 映ったのは、手にしっかりとハンマーを握った、ちょんまげ頭の太った男の死霊であった。

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