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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
261/320

261.孤独な花

 しばらく登場しなかった、ひな菊に焦点を当てていきます。


 前々回白川家の事情で説明したように、ひな菊はひどく満たされない想いを抱えていました。

 それに突き動かされるように、大切なパパを思って大胆な行動に出たのに……全てが裏目に出て結局パパといられないひな菊。

 果たして、パパと無事に再会できるのか。

 ひな菊は、社長室で事務長にすがって震えていた。

「怖い……怖いよ!パパは!?

 ねえ、本当に大丈夫だよねえ!」

 ひな菊の側には、敵はいない。血まみれの恐ろしい死霊も、ひな菊に敵意を向ける人間も、ここにはいない。

 だが、味方もたった一人。

 学校でちょっと前まで手を結んでいた聖子も、自分のために禁忌を破った陽介も、信用できないから追い出した。

 今側にいるのは、自分の気持ちを分かってくれないし本当にしてほしいことをしてくれたこともない大人が一人だけ。

 その状況が心細くて、ひな菊はますます取り乱し、事務長に意味もなく喚き散らしてしまう。

「ねえ……パパは、負けたりしないよね!?死んだりしないよね!?

 あたしは……守ってもらえるんだよね!?」

 誰よりも頼もしい父が離れてしまって、ひな菊は不安で仕方ない。

 それでも、パパを呼んでとはいえない。そうして自分の側に縛ることが一番パパの足を引っ張ると、ひな菊も分かっているから。


 いつも、そうだった。

 ひな菊がどんなに寂しくても、ママがそうでも、パパは側にいてくれない。

 ひな菊やママにはたくさんのお金をくれて好きなことをしていいと言うけれど、一番好きなパパと一緒の一時は本当に稀にしかくれない。

 それをパパに言うと、本当に面倒くさそうな顔をされる。

 何か困っていることを訴えて気を引こうとしても、パパじゃない別の人が来て気を引く手段を全力で解決しようとするだけ。

 たまに、ひな菊の気持ちを汲んでパパに訴えてくれる人もいたが……そんな人たちをパパはどんどんクビにした。

 ひな菊の側にいることが、パパのやりたい事じゃないから。

 ひな菊は大きくなるにつれてそれを理解し、父にしつこく訴えなくなった。


 パパは側にいないけれど、ひな菊のために一生懸命頑張っている。

 周りの大人たちはみんなそう言ったし、ひな菊もそれを受け入れようとした。

 それでも諦めきれなくて、パパにどうやったら喜んでもらえるか考えた。少しでもパパの役に立てば、パパが自分を見てくれると思ったから。

 それで、パパのことをよく知っている事務長さんに聞いてみた。

 すると、事務長はこう答えた。

「社長は、お嬢様が人をまとめて従えることをお望みです。

 社長が会社でしていらっしゃるように、お嬢様の言うことを聞く人間を増やし、お嬢様が村の頂点に座すことを目指していらっしゃいます。

 そのために、社長は村でいう事を聞かない輩と戦っているのです」

 それを聞いて、ひな菊は安堵した。

 パパが仕事ばかりしているのは、他の人の所に行ってばかりなのは、他ならぬひな菊のためだ。

 パパの気持ちはちゃんと、ひな菊に向いている。

 それでも直接ほめてもらいたくて、自分で人を従えられるところを見せてパパを安心させたくて……安心すれば、パパは今ほど頑張りすぎずに少しは側にいてくれるかなと思って。

 ひな菊も、パパの真似をして、頑張った。

 言う事を聞いて自分を守ってくれる人を少しでも増やそうと、露骨な飴と鞭で周りの子供たちを強引に味方にして。

 それに抵抗する咲夜たちが、邪魔で仕方なくて。

 でも咲夜たちの父がパパの敵だと気づいた時、それはチャンスに見えた。

 自分が咲夜を潰してパパの敵を苦しめたら、パパは喜んでくれるかもしれない。自分を役に立つ人間として、側に置いてくれるかもしれない。

 そのために、ひな菊は手段を選ばずに咲夜たちを潰そうとした。

 パパを立てる意味でも、パパの権力やお金を最大限に使って。

 そうして自分のやるべきことに熱中していれば、少し寂しさが紛れた。せっかくの旅行でパパが商談ばかりしていても、味方を増やすための土産物選びで時間を潰せた。

 パパの役に立つことをするなら、心だけでも一緒にいられる気がして……。


 今夜はパパのために、大きな戦果を挙げられるとウキウキだったのに。

 自分の敵だけじゃなくてパパの敵の面子も丸つぶれにして、パパと二人で喜びを分かち合うはずだったのに。

 そのために、いろいろ準備して……禁忌を、見事に破ってみせたのに。


 それで、こんな事になるなんて。


 伝説の禁忌は、おとぎ話じゃなかった。

 本当に死んだ人が動いて、他の人に噛みついて、パパの大事な社員や救急隊の人たちまで何人も死んで。

 パパにひどい事をしてしまったのに、自分は怖くて何もできなくて。

 おまけにパパの会社と家の土地も、自分のせいで取り上げられるかもしれなくて。そんな大人同士の契約に、自分はただ無力で。

 パパが何とかするために、必死で頑張るしかなくて。

 そのために、パパはまた自分を安全な所に残して行ってしまった。

 あんな恐ろしい化け物を見た後で怖くて心細くてたまらないのに、自分のせいでパパの側にいられない。

 パパにも安全な所で身を守っていてほしいのに、自分の尻拭いのために危険な所や怖い人たちの前に立たせてしまっている。

 自分は一体、何をやっているのだろう。

 そのうえ、自分のやったことを隠して守ろうと動くほど、それがうまくいかなくてパパも追い詰められていく。

 つい今しがたの五度目の放送……あれからどうやって巻き返せるのかなんて、ひな菊には想像もつかない。


 ひな菊は、ひたすら不安で怖かった。

 パパが側にいてくれないだけでなく……心まで離れてしまうことが。

「うええーん!!パパ……守ってくれるよね!?

 うっ……うっ……あたし、見捨てられたりしないよね!?」

 どんなに確かめたくても、ここにいないパパの答えはもらえない。ひな菊は孤独と静寂の中、事務長にすがって泣くことしかできなかった。

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