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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
260/320

260.二面性

 竜也の残虐性と、部下を引き付けるできる男以上の慈悲。

 その二つの根っこは同じでした。

 たとえ優しい心を持っていても、相手を敵と味方に明確に分けた時点で一部は反転するという。


 ひな菊のクラスメイトへの接し方も、思い出してみよう! 

「……まあ、そんな訳で社長は今みたいになったのさ。

 俺は雇われる時に、さっき最後まで抵抗してた班長にこの話を聞いた。

 で、おまえも妻子を守りたい気持ちがあるなら、ここで社長に尽くして報いろと。あの時の班長、目がマジだったぜ」

 小山はそう締めくくって、バリケードの下の血痕に目をやった。

 そこは、最後まで降伏を拒んだ元犯罪者のリーダーが亮の足にしがみつき、亮が足を切断したところ。

 その班長がどうしてそこまで竜也に忠誠を誓うのか、理解できなかったが……。

「もしかして……その班長さんや他の皆さんも、ご家族を?」

 美香の問いに、宗平たちははっとした。

 竜也は妻を失い、娘を守るために犯罪に手を染めた。小山は家族のためと本人なりに思ってやったことが罪になり、家族と引き離された。

 この二人の共通点は……。

 小山は、切ない笑みでうなずく。

「ああそうだ……俺らは、家族思いの同志さ。

 みんな細かい事情は違うが、大切だと思って行動してたはずなのに家族を失って……離れ離れになっちまってる。

 竜也社長は、そんな俺らの気持ちに寄り添って雇ってくれた。

 だからみんな、社長のために死ぬ気で働けたのさ」

 小山の言葉には、竜也への感謝と敬意がにじんでいた。

 あんな本性を目の当たりにしても、それは捨てきれないらしい。

「そんな……!

 でも、私たちのことは親子ともども殺そうとしたのよ。家族が大切って気持ちが分かるなら、そんなひどいこと……!」

 咲夜は、混乱して言い募る。

 小山は、そんな咲夜をうらやましそうに見つめて言った。

「あんたは、失ったことがないから、他の奴を自分に重ねて考えられるのさ。一度失う辛さを知ると、自分の大切なものを他になんて重ねられない。

 かけがえのない自分にとっての唯一だけ守る、それが社長の行動原理なんだよ」


 その言葉に、その場にいた大人も子供も押し黙った。

 泉親子はともかく、他二組の親子は身に覚えがありすぎる。

 高木親子は亮を大切に思うあまり、弟の浩太を平気で犠牲にしようとした。亮への無謀な希望のために、ここにいる全員を死なせるところだった。

 坂巻親子は、つい今しがた康樹を失ってその心痛に打ちのめされた。その時、自分たち以外への理不尽な嫉妬を覚え、大樹だけは何を置いても守りたいと思ってしまった。

 竜也の過ちは、他人ごとではない。

 竜也ほど強引でなくても、失う痛みと恐怖は人の良心を麻痺させる。

 それを実感すると、ここまでひどい目に遭わされても竜也を一方的に責めるのは気が引けてしまった。


 さらに、さっきまで黙っていた他の降伏したならず者も口を開く。

「……社長は、自分に賛同して従う人には優しいよ。

 僕らみたいな世間的に許されない人間にも、手を差し伸べてくれた。……離れていった家族にも、支援を届けてくれてるんだ」

「社長は、嫁や子供とつながれなくなった俺らに代わって……俺らからの送金をそれと分からせずに届けてくれた。

 俺らの気持ちを……汲んでくれたんだ。

 だから社長のためなら、何でもできた」

 明かされた事情に、宗平たちはやるせない思いで一杯だった。

 竜也は、自分の独断ではあるが味方と判断した者には、とても誠実で慈悲深い一面もある。あるいは、味方を増やすためにそうしたのかもしれないが。

 今夜これだけ邪魔者を容赦なく潰そうとしながら、不幸な親子に手を差し伸べて救う善行もしていた。

 この二つの相反する行動は、どちらも娘への愛情から生じている。

 そして恩恵を受けた者に心からの感謝と敬意を抱かせ、大切な人とのつながりを守るのと引き換えに他人のそれを壊させた。

 たとえ自分たちまで悪魔に堕とされようと、小山たちにとって竜也は確かに救い主だった。


 しかしそのお涙頂戴な空気を、田吾作は一刀両断する。

「……だからといって、奴の罪は消えんよ。

 奴のそんないびつなやり方をいくら他人が諫めても、奴は耳を貸さんかったのじゃろ?いくら根が善意でも、それでは身勝手でしかない。

 自分の都合に沿わん奴を潰すしか考えん時点で、それは悪じゃ!」

 田吾作は、小山の目をしっかりと見据えて言う。

「おまえも、この状況で薄々気づいたんじゃろう?

 それで恩ある社長を見限り、儂らに手を貸した」

 小山は、歯切れ悪そうな顔でうなずいた。

「まあな……四度目の放送の後あんたらを殺せって言われた時点で、こりゃヤベえかもって思ったよ。

 別れた妻と子を影ながら支えてもらった恩はある。けど、このまま俺が社長の味方で終わったら……社長の悪事がバレてあいつらとのつながりが明るみに出たら、俺はまたあいつらをどん底に突き落としちまう。

 そうなりたくない一心でさ……ああ、俺もまだあいつらが大事なんだ」

 小山はそう答え、祈るように目を閉じた。

「分かってる、社長はやりすぎだ。

 多分、仲良くする道を選べなかった時点で、こうなる運命だったんだろう。

 裁くのが人間か人外かって違いはあるが……いや、社長自身は大罪人じゃないから両方かもな。お嬢は多分、人間が裁く間もないだろうが」

 最後の一言に、咲夜はまた重い気分になった。

「ひな菊……お父さんにそう育てられなければ……」

 ひな菊すら被害者のように思って涙をにじませる咲夜に、浩太が淡々と言う。

「でも、ひな菊だってお父さんと同じだよ。

 咲夜や他の農家の子たちだって、最初からひな菊を毛嫌いしてた訳じゃない。これまで何度も仲良くしようと出された手を蹴り続けて、こうなったんだ。

 むしろお父さんがあんまり側にいなかったなら、隠れて違う道を行くことはできたはず。

 ……それでたくさんの人を殺した罰は、受けてもらわなきゃ」

 今さら理由が分かったとて、これまでしたことと結果は変えられない。

 咲夜は心の中で哀れな仇敵に別れを告げ、宗平たちと同じように明朝からのことを考え始めた。

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